いつも通りの朝。
のそりと重たい体を起こし、顔を洗って歯を磨く。心なしか食欲は湧かなかった。
その日は月曜で、次の撮影ではどんなブームをかましてやろうか、なんて現実逃避。
のそのそと着替えながら天気予報を見ようとテレビをつけると、星座占いが出ていた。
「・・・最下位やん。草」
別にこんな迷信を信じるわけではないが、夕方から雨なのも相まってなんとなく気分が沈む。
ずきんと痛んだ頭は気付かないフリをして家を出た。
電車もいつも通りぎゅうぎゅうで、遅刻しないよう体を捩じ込ませれば後ろにいたおじさんに舌打ちされた。でも、これもよくあること。
いつもと違うことといえば、この電車で人身事故が起きた。
一時間くらい密室に閉じ込められて、周りの人もイライラしてて。なぜか自分が責められているような、そんな感覚がして、気持ち悪い。逃げるようにスマホでエゴサする。
遅刻しているとは分かっていても怠い体は動いてくれず、重い足取りで会社へ向かった。
会社では後輩のミスを受け持って、代わりに上司に怒られた。しかも、遅延証明あるのに、遅刻したってまた説教されて。
終始申し訳なさそうな目でこちらを見てくる後輩の視線でさえ煩わしくて、そう思ってしまう自分にまた嫌気が差す。
罰として書類を増やされた。
仕事が終わった夜二十時。上司よりも3時間程長く居させられた俺は、一週間前からずっと楽しみにしていた焼肉屋へと向かった。
車内は退勤ラッシュの時間帯をとっくに過ぎていたからがらがらで、座ることができた。
座ることができたのはいいのだ。問題は、その焼肉屋が閉まっていたこと。
シャッターに張り出された紙が風でひらりと翻った。
そこは家族経営で、手作りのタレが人気の店なのだが、インフルが流行りだしたということで休業しているらしい。
おいまじか、とその場で座り込む。
でも、ちゃんと営業してるのか調べなかった俺が悪いし。この店は悪くない。ふらつく体に鞭を打ち、気を取り直して家に帰った。
「ただいま」
おかえり、なんて言ってくれる人はいないのだけど。
がちゃりと鍵を差し込んで開けたドアの向こうは真っ暗で、まるで飲み込まれそうで。
電気をつけて、早く寝ようと風呂を沸かした。
風呂では寝そうになって慌てて飛び出し、のぼせたせいか壁に頭を打ち付けた。ごん、と鈍い音が響く。
「・・・いたい」
痛い。
もう寝よう、とパジャマに着替える。
歯磨きをして、ハンドクリームを取り出した。
このハンドクリームはロボロが誕生日にくれたもの。いい香りでベタベタしなくて、みんなの顔が浮かんでくるよう。
布団へと向かいながらチューブの蓋を開けた、
その時。
がこんっ
「あだっ・・・・・・ぐ、ぅ」
疲れからか、くらり、と眩暈がして。足元にあった加湿器に躓いて盛大に転んだ。
そして、手に持っていたハンドクリームは。
「・・・・ぁ、」
転ぶ際に強く握ってしまったのだろう。チューブが乳白色のクリームに塗れて、床にべちょりと広がっていた。
どうしよう。
予想だにしない出来事に、頭が理解するのに時間がかかる。
あれはロボロが俺にくれたもので、大切で、思い出でで、やさしさで。
貰ったもので、毎日頑張れる香りで、なのに。
「・・・・・っひ、あぅ・・・・・ふ、ぅ゙」
理解した途端にぼろり、とあふれだした涙は止まらない。
こんな些細なことで泣いてしまう自分がまたいやで、頬を伝う雫は床に小さな水溜まりを作っていく。
こんな時に、隣で支えてくれて、ハンカチを差し出してくれて、大丈夫って声をかけてくれる人がいたら。
両親が脳裏を過って、思い出したくない過去が引き摺り出される。
泣いたせいか、思考の纏まらない頭が痛い。
涙でぼやけているせいか、ぐにゃりと視界が揺れた。
体に衝撃が走る。つめたくて、きもちいい。
肺を鷲掴みにされたような苦しさがやってきて、げほっと咳が溢れた。
ちかちかと視界が点滅して、そのまま意識が遠のいていく。
ごめんなさい。
無意識に発した言葉は暗闇に吸い込まれ、やがてそのまま何も聞こえなくなくなった。
◇
くぁ、とあくびを一つ。
モニターに向き直って、配信の切り抜きをしようとコーラを開けた。
自分の笑い声、視聴者のコメント、ゲーム中のアクシデント。編集していて、不思議と幸せな気持ちになる。
ふとぴこん、と着信音が鳴る。スマホを確認すれば「まじめにヤバシティ」の名があり、頑張ってるなぁと笑みがこぼれた。
俺が彼らと分かれて活動してるのは、単にvtuberがしてみたかっただけである。これからも親友であり仲間でもあり、大切な戦友。
ピンポーン。
軽快な音と共に扉の開く音がした。
「ろぼろぉー!来たでー」
「ばっかお前声でかいわ、身バレするて」
聞こえてきたのは、太陽を彷彿とさせるシャオロンと、夜空を閉じ込めたような大先生の声。
あいつら合鍵使いやがったな。
「邪魔するでー」
「邪魔すんなら帰ってー」
「あいよー」
流れるようにいつもの挨拶を交わして、リビングへと案内する。
今日は俺の家で、旧メンバー11人と飲み会の予定。旧メンバー、といってもずっと仲間やけどな。
他愛もない話をしながらメンバーが揃うのを待つ。
みんなが次々に部屋に乗り込んできた。
「もうだいぶ揃ったんちゃう?」
「もうあとゾムだけやな」
「誰かゾムから連絡来とる?」
トントンからの呼びかけに返事をするものはいない。
ゾムはこう見えて几帳面だし、遅れるなら連絡ぐらい寄越すはずだ。
ざわりと胸騒ぎがする。
テレビを見ながら数十分程度待ったがそれでも来ないゾムに、皆んな心配の色が伺える。
トントンが痺れを切らして家に見に行ってくると言うので、俺も行く、と手を挙げた。
俺とゾムは幼馴染のトントンやコネシマ、大先生よりも長い付き合いだから、彼の繊細な所はよく分かってる。
あいつ、無理してるんちゃうか。
嫌な予感に当たらないでくれ、と願いながらトントンの車に乗った。
◇
力尽きたんじゃ。
てことで♡でパワーを・・・(すまぬ)
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コメント
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