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「なんで部活ごときで勉強しなきゃいけないのー」
「お前、今まで部活動入ったことないのか?」
運転席に座る久次が、バックミラーごしに漣を睨む。
「吹奏楽部もサッカー部も、全ては勉強から始まるんだぞ」
「えーマジでー?」
言いながらそれを乱暴に鞄にしまうと、後部座席で足を組んで両腕を頭の後ろで合わせた。
「あー、だからか。クジ先生が美術の勉強してるの」
「……おい」
信号で車を停車させた久次がこちらを振り返って睨む。
「あ、ごめんごめん」
言いながら隣に座る中嶋を盗み見る。
彼は運転席に座る久次の後頭部をただ黙って見つめている。
(……反応なし。つまんねぇの)
「そう言えばお前、家で練習するときはどうやって音程取ってるんだ?」
視線を前方に戻した久次が聞く。
「どうやってって」
「ピアノなんてないだろ?」
それには興味があるのか、中嶋もちらりと瑞野を見た。
「…………」
まさか小学校で使った鍵盤ハーモニカを引っ張り出してきたとは言えない。
「て……適当にだよ、適当に」
「適当で練習なんてできるか」
久次がため息をつく。
「あーもういいや。これ、やる」
グローブボックスから何やらガサゴソと探ると、茶色の丸いものを取り出した。
「何?この黒ひげ危機一髪を輪切りにしたようなやつは……」
漣が受け取ると、久次は今度は大げさにため息をついた。
「調子笛だ。簡単に言えばドレミファソラシドの笛。D拭いてみろ。#Dじゃないぞ。ただのD」
言われた通りに唇を宛がう。
「――――♪」
「そう。その音がレ。ソプラノのソロパート、“愛し乙女 舞い出でつ“の最初の音」
「……ほお」
やっと笛の意味が分かった。
先日、楓と観たアカペラを競うテレビ番組で、歌の冒頭にリーダーがこれを使い、チューニングのごとく音程を取っていた。
「俺は新しいの買ったから、それやるよ。音程はズレてないはずだから」
言いながら久次は手をハンドルに戻した。
「……これって、ちゃんと洗ってある?」
漣が聞くと、久次はまたバックミラー越しにこちらを睨んだ。
「返せ。今すぐ」
「冗談だって」
漣は笑いながら、それを鞄に突っ込んだ。
「…………」
中嶋の視線が隣から痛かったが、気づかないふりをした。
「送ってもらってどうもありがとうございました」
棒読みで言うと、
「っとに、かわいくねぇな!」
の言葉と共に、久次が舌打ちをした。
「お母さんは帰ってきてないのか?」
言いながら駐車場を眺める久次の前に、漣は立ちはだかった。
「介護系の仕事でさ。夜勤があんの。たぶん出かけたとこじゃないかな」
「そうか。お前たちも大変だな」
久次は途端に感慨深い顔になりながら小さく頷いた。
「じゃ、いっぱい声だししたんだから、たくさん飯食えよ」
「へーへー」
「お疲れ様!」
久次は慣れた様子でハンドルを回し、バックすると、そのまま裏道から公道に出て行った。
「車あんなら、いつも車でくればいいのに」
思いながらそのバックライトが遠くなっていくのを見つめる。
後ろから声が聞こえてきた。
(……豚3号)
漣は心の中で呟きながら振り返った。