「さすがっす! さすがっす、知成さん!」
知成の部下、純一郎純一郎が言った。
「今まで契約したうち、すべて大成功に収め、この会社を繁盛させている天才! まさに敏腕社長! 本当にすごいっす! 尊敬しますっす!」
「はは、おべっかはよしてくれよ」
「いいえ! おべっかではありません! 事実です! まごうことなき事実です!」
純一郎は腕をぶんぶん振り回して、知成に抱きつこうとする。が、知成が嫌そうな顔をしたためか、のそりのそりと上に振り上げた腕を下ろした。
「でも、本当にすごいっす。誰にも真似できないことっすよ! おれも早く、知成さんみたいなキビキビ動ける人になりたい!」
「まあ、がんばれ」
なれるはずがないだろう。知成は心の中で思う。なんていったって、知成には普通の人とは違うのだ。
実は、知成には誰にも言えない秘密がある。それは、人の心の声が聞こえるということ。だから今も、純一郎が思っていることも、すべて聞こえている。純一郎はだいたい知成を褒める言葉ばかり思っているから、最終的には褒められ慣れてない知成はだんだんと恥ずかしくなっていくだけだが、きちんと聞こえている。一語一句、聞き逃すことなく。
どれだけ口のうまいやつでも、知成を前にすれば、嘘が丸裸になって赤っ恥をかく。今までもそんなことが幾つかあった。だから誰も知成の前で下手なことは言えない。いや、言わせない。言わせたくもないのだ。言ってしまった後で後悔したところで、どうしようもないのだ。その気持ちは、知成がよく知っている。
「あ、そうだ。知成さん、橘橘家から縁談がきてますよ。どうやらご令嬢の……とにかく縁談がきています。どうします?」
橘家といえば、ここらで有名な名家ではないか。知成はハッと驚く。もしや、この縁談で、もっとこの商社が大きくなり、この日本で名を馳せることができるのではないかと、邪な邪考えが浮かんだ。なんていったって、財産もたくさん蓄えているのだ。会社の一つや二つ大きくすることも可能であろう。
「よし、決めた。俺、結婚する」
「えっ」
純一郎の濁った声が聞こえた。
「なんだ、その、えっ、は」
「ええ、知成さん、結婚しちゃうんですかあ」
少しばかり残念がっている様な言い方が、冗談らしく聞こえて、わざと
「なんだその言い草は。というより、社長と呼べ、社長と」
怒った様な言い方をした。
「へえい。そうと決まれば、かんざしか何か用意しておきましょうか」
「どうして?」
「だって、名家のお嬢さんですよ、若いお嬢さんですよ! やっぱり女の子といえばかんざし! 自分があげたかんざしをつける女の子は、やっぱり可愛いじゃないっすかあ!」
「ああ、そう」
「なんですか、めちゃくちゃ冷めてるじゃないですか」
「興味ねえし」
「じゃあなんで婚約しようと」
「仕事の方面に興味があってね」
「つまらないっすね」
「君、俺が社長って知ってる?」
「もちろんっすよ! 尊敬してます」
(知成さんがしてくださったさまざまなこと、おれが忘れるわけがないじゃないか)
「……そうか。じゃあ、そんな純一郎くんに仕事を任命してやろう。この若手敏腕凄腕社長が」
「んふふ、なんすか?」
「今すぐに女性が好きそうな華やかなかんざしを買ってこい。五円もあれば足りるか?」
【当時の五円の価値を現在の価値に換算してみると、約二万円ほどになるといわれている。】
「わかんないっすけど、とりあえず行ってくるっす!」
純一郎は派手に扉を開けて閉めて出ていった。もう少し落ち着いて開け閉めできないのかと知成は思うが、毎度のことなので特に気にはならなかった。だが、気にこそはならないが、これから寒い季節になるのだから、気遣ってほしいなと心のそばで思うだけであった。
コメント
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純一郎くん、犬系でとても癒やされますね…!気持ちが真っ直ぐでとてもいい部下ですし!私は学生なのでこんな後輩ちゃんをもってみたいです…!
なるほど……!ここから恋愛に発展していくんですね……!! しかしながら純一郎くん可愛い…… 続きが楽しみです!! そして設定神です!!!