「さすがっす! さすがっす、知成さん!」
白のワイシャツに青のループタイを着け、サスペンダーのついた茶色のワイドパンツを履いた知成の部下、純一郎純一郎が飛び跳ねながら知成の周りをくるくると回る。焦茶色の癖のある茶髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、人懐っこそうな顔立ちをさらに幸せそうに微笑みながら、彼はこう言う。
「今まで契約したものすべて大成功に収め、この会社を繁盛させている天才! まさに敏腕社長! 本当にすごいっす! 尊敬しますっすう!」
「そんなおべっか並べてないで、さっさと仕事に戻れ」
「そんなあ……! 語らせてくださいよ〜! こんなすごい社長のもと働けてるおれ羨ましいでしょ! って!」
「それを俺に言ってどうすんだよ。しかも本人にな」
「だ、だ、だって、だって〜!」
純一郎は腕をぶんぶん振り回し、うなだれたように知成に抱きつこうと腕を上に上げる。が、知成が心底嫌そうな顔をしたためか、気まずそうにのそりのそりと振り上げた腕を下へ下ろした。
「でも、本当に知成さんはすごいっす。こんなこと、誰も真似できないですよ! あー! おれも知成さんみたいなキビキビ動ける素敵な人になりたい!」
「まあ、がんばりたまえよ」
なれるはずがないだろう、と知成は心の中で呟く。なんていったって、知成には普通の人とはてんでまるで違うのだ。
実は、知成には誰にも言えない秘密がある。それは、人の心の声が聴こえるということ。だから今、純一郎が思っていることも、すべて聴こえている。純一郎の心の声はだいたいが知成を褒める言葉ばかりであるから、褒められ慣れていない知成にとって純一郎と一緒に過ごすというのは、ある意味拷問と言っても過言ではないのである。一語一句、聞き逃すことなく聴こえている。ほら、今だって知成を見てもらえばわかると思う。あんなにも気恥ずかしそうに口をもごもごさせているのだから。
だから、どれだけ口の上手いやつでも、知成の前では嘘が丸裸になって通用しない。それどころか赤っ恥をかくばかりだ。今までにもそんなやつが何人かいた。そのせいか、知成を知る者は知成の前で下手なことは言わない。いや、言わせない。言わせたくもない。言ってしまった後で後悔しても、どうしようもない。その気持ちは、誰よりも友成がよく知っている。
「あ、そうだ、知成さん。急な話っすけど、橘橘家から縁談が持ち上がってますけど、どうします?」
「橘家だって?」
知成は勢いよく立ち上がる。椅子は勢いに負け、こてんと横たわってしまう。
「本当に橘家から縁談が来たのか!」
「そ、そうっすよ……?」
知成は口元のニヤニヤを抑えられない。なんて言ったって、橘家はここらで有名な名家であるからである。そこで、知成はハッと気がつく。もしやこの縁談がうまくいき、橘当主との仲も良好になれば、もっとこの商社が大きくなるのではないだろうか。日本で白河の名を知らない者はいないというほど名を馳せることができるのではないだろうか。という邪な考えが頭に浮かんだ。橘家には財力も地位も名誉もある。だから、知成の商社の一つや二つ大きくすることも可能であろう。
「……俺、結婚する」
「え」
純一郎の濁った声が響く。
「なんだよ。その、え、は。」
「と、知成さあん、結婚しちゃうんすか……?」
しんぼりと肩を落とし残念がる純一郎がなんだか気に食わなくて、知成は倒れた椅子を戻し、どしっと座って、
「なんだよ、その態度は。というより、俺のことは社長と呼べ、社長と」
と腕を組んで言った。
「だ、だって、おれの知成さんがおれの知成さんじゃなくなっちゃいますもん……」
「端から俺はおまえの知成じゃねえって。」
ぷくーと頬を膨らませて、
「……わかりましたー。じゃあ、せっかく知成さんに嫁いでくれるお嬢さんのために、かんざしが何か用意しておきましょうか?」
「どうしてわざわざかんざしなんか……」
「え! いやいや、だってお嬢さんですよ、若いお嬢さん! 女の子にはかんざしって決まってるんすよ!」
「そうなの……?」
「もーう、疎いんすから〜! そうなんすよ! それにやっぱり、自分が選んだものをつけてくれるってだけでも特別に感じますっすよねえ!」
「へえ……」
純一郎はムッと顔をしかめる。
「なんすか。めちゃくちゃ冷めてるじゃないすか」
「悪いけど、そんなに興味ない」
「はあ? じゃあ何で結婚しようと……」
「利益目的に決まってんだろ」
「夢がないっすねえ、下衆っす」
「ねえ、俺が社長ってこと知ってる?」
「もちろん! いっつも尊敬してるおれの社長っすよ!」
(知成さんがしてくださったこと、俺が忘れるわけないじゃないっすか)
少しだけ純一郎の目から目をそらす。
「……そうか。じゃあ、そんな純一郎くんに、この若手敏腕凄腕社長が仕事を任命してやろう」
「なんすか?」
「今すぐに女性が好きそうな華やかなかんざしを買ってこい。五円もあれば足りるか?」
「……ご自身で買いに行かないんすか?」
「俺は忙しい」
「ちぇー。」
「口答えしない」
「わかったっす、じゃあ、とりあえず行ってくるっす!」
と言った純一郎は知成から受け取った五円を握り締め、豪快に出て行った。バン! と荒々しい音が鳴り響いたものだから、知成は嫌そうに顔をしかめる。そろそろ静かに開け閉めできないか、このやろうと心の中で思うものの、なんだかんだそれが無性に楽しくて仕方がないから口をつぐんだ。
コメント
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うわぁああ相変わらず知成下衆くてすきぃいいい💞純一郎くんなんて可愛さだ………そろそろ本当に大型犬になってそう(?)