……そして現在に至る。
柔らかいはずのシリコンの手錠は、力を入れても全く外れなかった。
どうやら女性ものらしいそれは、寸分の隙間もなく、男にしては細い由樹の手首を押さえつけている。
「………ッ!!」
肉を掻き分け入ってくる感触に、由樹は両目を強く瞑った。
ベルトは外され、ズボンは膝まで下げられて、ボクサーパンツは履いたまま、洗面台に屈んだ状態でつき出されたそこに、無遠慮に紫雨の長い指が押し入ってくる。
「……本当にご無沙汰なんだなー。こっちは」
紫雨が今している行為とは裏腹に軽い声を出す。
「きつ。自分で弄ったりもしないの?ここ」
数ヵ月ぶりに暴かれるそこに、違和感しか覚えない。
裂けるように痛い。
内蔵が押し上げられるようで気持ち悪い。
一気に深いところまで入れられ、由樹は思わず自分の腕を噛んだ。
紫雨が無言で探るように、引いては差し込み、抜き差しを繰り返しながら、いろんな向きに調整して、内側を引っ掻く。
一際、痛いほどに熱い箇所に、指先が触れる。
身体が勝手に跳ねる。
指が止まった。
(……しまった)
こめかみから垂れる水滴を頭を振って飛ばしながら、由樹は鏡の中の紫雨を見た。
彼は囁くと、耳を舐め上げた。
そして指に力を込めると、そこを強く引っ掻いた。
相変わらずノズルと繋がれている手はびくともしない。
ピンポイントに与え続けられる刺激に、股間だけではなく、腰も、膝もガクガクと震え出す。
(……嫌、なのに……!)
広がる熱で、脳みそまで犯されそうになり、由樹は必死で声と欲を我慢するため、固定された自分の腕に口を押し付けた。
「すごい。中、痙攣してきた」
紫雨の少し掠れた声が耳元で響く。
「きもちーねー。新谷君?」
由樹は目を瞑った。
(見ちゃ、ダメだ……!)
今振り返っても、鏡を睨んでも、どちらにしろ彼の目をみたら……。
指が抜かれると同時にその手が由樹の濡れた髪の毛を掴み、強制的に振り返らせた。
目が合う。
紫雨の色素の薄い目が、由樹を見下ろす。
そのまま食いつくように唇が奪われる。
いつもの千晶の遠慮がちな唇とも、酔った篠崎の強引な舌とも違う。
「……ん。ふぅ……」
存在感がなくて、つかみどころがないくせに、まるでこちらのことを全てわかっているような、暴かれるようなキス。
唇を吸われ、舌を舐められ上げ、耳を撫でられるうちに、下半身から力が抜けていき、由樹はついにしゃがみこんでしまった。
「おいおい、だいじょーぶ?」
紫雨が笑いながら腰をもちあげる。
「嫌がる割に意外とよさそうじゃん」
笑いながら優しく頭を撫でる。しかし捻り上げた左手の力は緩まらない。
「もっと抵抗とか拒絶とか、ピーピーうるさいかと思った。そこは素直なのね」
抵抗して何とかなるなら、拒絶してやめてくれるなら、とっくにそうしている。
それらが無駄な場合、抵抗した分だけ痛い思いをし、拒絶した分だけ乱暴にされるのは、既に経験済みだ。
「それともなんだかんだ、男が恋しくなっちゃった?」
紫雨がまた指を差し入れてくる。
さっきよりも痛くて熱い。そして腰が痙攣するほどの快感が、うねる波となって否応なく襲ってくる。
由樹の反応に手応えを感じたのか、さっきよりも早く、そして強く責めてくる指の意図を感じ、由樹は左右に頭を振った。
紫雨の声が、快感のあまり白い靄のかかった脳に響く。
「篠崎さんは、落ちないよ。だって、ストレートだもん」
(知ってるよ、そんなの………)
「“女”がいること、君も知ってるんでしょ」
(だから、わかってるって)
波が責めてくる。
熱いものが上がってくる。
「彼女とも適当にやりながら、たまに俺ともヤって、世間体も性欲も、どっちも満たしていけばいいじゃん。そしたらみんなWin-Winでしょ」
(…………)
「ね、いいじゃん。そうし……」
「嫌だ」
由樹は腕に押し付けていた唇を開いた。
「えー?こんなに感じてんのに?もうイキそうじゃん」
指が早くなる。由樹を絶頂に導くために。
「……ッ!…そんなこと、できない……ッ」
紫雨が笑う。
「そこは器用になろうよー」
ますます指が激しくなる。
膝が震え、意識が霞む。
あの瞬間がくる。
でも言わなければ……。
わけがわからなくなる前に。
伝えなければ……!
「そんなの、千晶にも、あんたにも、失礼でしょうが!」
(何言ってんの?この子)
紫雨は思わず手を止めた。
(今、失礼だって言った?俺に対して?)
キョトンとした瞬間、捻っていた左手が外れ、その手は洗面台を掴んで突っ張った。
頭を上げた新谷はこちらを振り返り、睨み上げた。
「あんたは、いいんですか?それで!俺に利用されていいんですか?」
(……俺が新谷君に利用されるの?)
斜め上の捉え方に笑ってしまう。
しかし目の前の男は真剣な眼差しでこちらをみている。
「……俺は、男しか好きになれない辛さを知ってます」
新谷は話し出した。
「隣にいる女の子に欲情できない空しさも、親に孫を急かされる苦しさも、家族連れを見たときの絶望感も、全部、知ってる」
(……まさか、俺もそうだと?)
自分の人生と、この青年が生きてきた人生に大きな溝を感じる。
女の子が寄ってきて、孫を求めてくれるような親がいて。
それはそれは幸せな人生だったのだろう。
ゲイであること以外は、悩みがないほどに。
だからこそ、彼女ができたことに自分自身が喜び、大切にしたい。
そしてそうできなそうな紫雨に、いつまでも男を貪ってるしかないように見えるこの自分に、同情している。
(………はは。ちゃんちゃら可笑しいわ)
「あんたは、俺が目の前で、女性と結婚して、子供をつくって、普通の幸せを手に入れていくのを見ながら、俺と関係を続けていくんですか。それでも平気なんですか」
(何、勘違いしてんだ、こいつ。俺はそんな安っぽい幸せなんて、はじめから求めてないんだけど……)
考え方と価値観の差に、目眩を覚える。
しかし……。
「そんなの、あんたに失礼だから、俺は嫌だ!!だって、上司として、俺はあんたを認めてるから……!!」
この目の前の青年は……
理不尽にも手錠で洗面台にくくりつけられ、
屈辱的な格好で、
いいように身体を弄られた青年は……。
それを本気で言っているらしい。
「はは……」
紫雨は2、3歩後退して、新谷から離れた。
「萎えた萎えた。なんなの、君。理解不能なんだけど」
と、廊下の向こうから歩いてくる人物が目に入った。
「おっと。これはこれは」
思わずため息が出る。
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