「会長はどうしちゃったんですか?」
清野が窓際に黄昏ている右京を見て言った。
「さあ、わかんね」
結城も右京に聞こえないように耳打ちする。
「よくわかんないんだけど、あの黒髪スプレーの日以来、なんかおかしいんだよな。尾沢や蜂谷の名前も口にしなくなったし、時折ああやって自分の世界に入るって言うかさ」
「―――会長。そろそろ式典始まりますよー」
意を決した清野が話しかけると、右京はやっと振り返った。
「ああ。会場準備始めてくれ」
その声に、清野と結城がそれぞれマイクセットとカメラセットを持って立ち上がる。
「マイクテストや立ち位置チェックしたいので、会長も早めに来てくださいね」
清野が言うと右京は黙って頷き、また視線を窓の方に戻してしまった。
2人は顔を見合わせると、静かに生徒会室を後にした。
「―――おい」
代わりに副会長である諏訪が入ってくる。
「お前がそんな調子だと、創立記念式が締まらないだろうが。シャキッとしろよ、シャキッと」
右京は振り返ることなく、5月の朝日を浴びて、中庭で朝練をするサッカー部を見つめた。
「すげえな。明日明後日全国一斉模試だってのに、練習してるよ、あいつら」
「………」
仕方なく諏訪もその隣に並ぶ。
「……あいつらの半分はサッカーで推薦狙ってんだから関係ないだろ。学力なんて」
ちらりと右京を見下ろす。
「もちろん―――永月も、な」
しかし右京はそれには反応せず、視線を上げて空を見上げた。
「なあ、諏訪」
「なんだよ」
「どうして」
「?」
「どうして蛆虫っつうのは次から次に湧いてくるんだろうな」
「―――は?」
おおよそ想像できない言葉に、諏訪は右京を覗き込んだ。
「1匹殺したと思ったら、またその代わりに違うところから湧いてくる」
「おい―――」
「これじゃあ殺しても殺してもイタチごっこだ」
「………お前…」
「じゃあいっそのこと殺さないで飼えばいいのか?」
「何を……」
「飼いならして手元に置いておけばいいのか……」
「右京!」
その声でやっと我に返ったらしい右京は、諏訪を見上げた。
「お前―――どうした?」
目を見開いている諏訪に、右京はふっと笑った。
そのとき―――。
「ちょっと、来て!」
「え、マジ?!」
中庭にいた生徒たちがにわかに騒ぎ出した。
皆連れだって昇降口の方に駆けていく。
「――なんだ?事件か?」
右京も走り出した。
諏訪はまだ茫然としながらも、その小柄な後ろ姿を追いかけた。
渡り廊下を抜け、昇降口を見下ろすと、そこには見覚えのない生徒が2人、微笑みながら校門を通るところだった。
「―――あれって」
諏訪が呟き、右京が食い入るように見下ろす。
「……尾沢と蜂谷だ……!」
そこには黒髪スプレーなどで染めた不自然な髪の毛ではなく、自然に風に靡く黒髪を煌めかせながら、笑顔で登校する二人の顔があった。
◆◆◆◆◆
無事式典を終え、右京は3年6組の教室に駆けこんだ。
「蜂谷は?」
今日は授業もなく式典後すぐ下校のため、クラスの大半はもういない中で、教室の隅でたむろしていた女子たちに聞く。
「―――あれ。なんかホームルーム終わったら、すぐに出ちゃったけど」
「尾沢も一緒だったか?」
「あ、ううん。一人で」
右京は廊下の窓から昇降口を覗いた。
赤髪だった頃こそ見つけやすかったが、今や彼も黒くなってしまったため、ごった返す他の生徒と見分けがつかない。
(――まあいいか。明日の朝捕まえて、お礼を言おう…!あとは髪が少しでも傷まないようにトリートメントとか買ってやろうかな…)
考えていると、
「あれ?部長いないね」
声がした。
振り返るとそこには2年生が2人、3年5組の教室を覗き込んでいた。
「――何か、用か?」
出来るだけ普通に言ったつもりだったが、声が上擦る。
「あ、生徒会長」
2人はそろってぺこりとお辞儀をした。
「部長……あ、永月先輩が朝練の時、ジャージ忘れていったんですけど、3年生は模試だから、今日も明日も部活こないっていうし、どうしようかなって」
「―――ああ」
その手には青くて光沢のある、サッカー部らしいジャージが、綺麗に折りたたまれていた。
「先輩の席、どこですか?しょうがないから置いて帰ろうかな」
男子生徒が言う。
「いや、汗かいただろうし、うちで洗濯してくるわ」
もう一人の後輩が言う。
「んで明日の朝返しにくれば」
「もしよかったら」
気が付くと口が動いていた。
「俺が家で洗濯して、明日の朝、あいつに渡すよ。それだったら君たちがわざわざ3年の校舎まで来る手間が省けるだろ?」
2人は右京を見上げた。
「………」
「―――」
あれ。不自然だったか?変?変かな?!
右京の心臓がドキドキ鳴り出す。
「……いいんですかぁ?」
2人は右京を潤んだ瞳で見つめた。
「さすが会長!」
「やっぱり神!」
「――はは…。大げさな」
安堵しながら笑う。
「それじゃあ、お願いします!」
2人はジャージを右京に手渡した。
「―――おう!」
言うと後輩たちは意気揚々と廊下を駆けて行った。
◇◇◇◇◇
いつもは用がなくても生徒会室でたまっているメンバーも例に漏れず、明日から始まる全国模試の勉強のため帰っており、誰もいなかった。
右京は扉を閉めて鍵をかけると、軽くカーテンを閉めた。
「…………!」
脇の席に鞄を投げ出すと、堪えきれずにそのジャージを思い切り抱きしめた。
永月の、匂いがする。
柔軟剤の清潔な香りの奥に、太陽の匂いがある。
校庭の砂の匂いが混じる。
そして―――。
健康的な男子高生の、汗の匂いが―――。
耐えきれずに思い切りそれを顔に当て、鼻から息を吸い込む。
永月の匂いが、肺を満たしていく。
脳を、狂わせていくーーー。
「は…アッ!」
抱きしめられているような、抱きしめているような官能的な感覚に陥り、右京は思わず悶えた。
あまりの興奮に息苦しくなり、ネクタイを緩める。
我慢できない。
限界まで硬くなった下半身を触ろうとベルトを解く。
これくらいの―――。
これくらいのご褒美があってもいいはずだ。
だって俺はこの男のために―――
永月のために―――
生徒会長になったんだから……!
「……へえ」
「――?!」
誰もいないはずの生徒会室を見回す。
「そーいうこと」
慌てて振り返ると、カーテンと掃除用具入れの間から誰かが出てきた。
「―――お前……」
そこには、右京が雑に閉めたカーテンの隙間から漏れる光に赤髪を反射させた、蜂谷が立っていた。
「なんでお前…こんなところにいるんだよ」
言いながら蜂谷を睨み上げる。
「なんでって。ちゃんと頭を黒くしてきたから、誉めてほしくって…。窓から外を眺めながら待ってたら、会長が来たってわけ」
蜂谷は笑いながら近づいてきた。
「――その頭のどこが“ちゃんと黒くしてきた”んだよ……!」
右京はその真っ赤な頭を睨んだ。
「してきたでしょー。ほら」
言いながら蜂谷が腰ポケットから黒いウィッグを取り出し、ポンと床に投げた。
「そんなことより。さっきの何?」
蜂谷が口を歪めながら笑う。
「それ、サッカー部のジャージだよな?誰の?」「あ……おい!」
素早くジャージをひったくられる。
「な~が~つ~き!」
ジャージに印字されている「NAGATSUKI」の文字を蜂谷がわざとらしく読み上げる。。
「へえ。会長って―――」
青いジャージを持ちながら、視線を右京の真黒な瞳に戻す。
「そっちなんだ?」
「――――」
右京は蜂谷を睨んだ。
「このこと、永月は知ってんの?」
言いながらそれをデスクに投げる。
「……ふっ」
得意そうに顎を上げる蜂谷に、右京は吹き出した。
「何を勘違いしてるのか知らないけど。俺、さっき飲んでたコーヒー牛乳をこぼしちゃったんだよ。一応その部分だけ洗ったんだけど、匂いが残ったらまずいなって思って嗅いでみたんだ。ただそれだけなんだけど」
言いながら長テーブルに置いてあった生徒会の会報を手にする。
「悪かったな…。お前に弱みを握らせてあげられなくて」
自然な動作でその会報で下腹部を隠す。
「……髪型については努力と誠意は認める。ただ夏になったらちゃんと約束は守ってもら――」
その口を大きな手で塞がれた。
「さすが会長。演説がうまいね」
手首から柔軟剤とは違うきつい香水が鼻を刺す。
そのまま体を返され、もう一つの腕を腹に巻き付けられる。
「――な、なにす…んっ!」
長い中指が口の中に入ってくる。
「しーっ」
言いながら蜂谷は、腹に回した手を股間に滑らせた。
「でもここは――イイワケできないかなぁ?」
「んんっ!」
腫れあがったそこを触れられ、つい声が出る。
「なぁ、認めなよ。ここで大人しく白状しないと、大きくなったこれ、スマホで録るぞ?」
言いながら上下に摩る。
その刺激に持っていた会報が落ち、床に散らばる。
「んん…!ぐ、ンンっ!」
逃げようとしても自分より一回りも二回りも大きい体はビクともしない。
「あれ?ベルトも外れてるし」
その手が上に滑り、ズボンに到達する。
「会長の立派に腫れあがったソレ、見せてもらおうかなー?」
蜂谷が笑いながら、耳に唇を寄せる。
「同級生に発情したホモ野郎の変態チンコを、ね?」
ブチン。
右京の中で――何かが切れた音がした。