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横浜港の朝焼けが、まだ湿った空気に溶け込んでいた。
異能魚市場での騒動も収まり、三寳櫻は疲れ果てた様子で港の倉庫に腰を下ろしていた。
「……ったく、もう二度と魚市場になんか来ねぇよ。」
彼女の隣で、アーサー・ベンフィールドは紅茶をすすっていた。ウラジーミルは、どこからか調達したキャビアの瓶を抱え込んで、満足げに舌を舐めている。
「ニャー、静かになったな。」
だがその瞬間、倉庫の奥から鋭い視線が走った。
「……甘いわね。」
暗闇から、一匹のロシアンブルーの猫が音もなく現れた。しなやかな毛並みと、鋭く輝く青い瞳――風格からして、ただの猫ではない。
「おい……あの猫、普通じゃなくね?」
三寳は立ち上がり、警戒する。アーサーも興味深げにティーカップを置いた。
「フフ……お嬢さん、彼はただの猫ではありませんよ。」
ロシアンブルーの猫は、鋭いロシア語のアクセントで囁くように言った。
「Доброе утро…(ドーブラエ・ウートラ……おはよう)」
「えっ、猫のくせに流暢すぎるんだけど!?」
「ニャー……あの声、まさか……」
ウラジーミルの目が細まり、唸るような声を出した。
「“シベリアの影”……イワンだ。」
「シベリアの影?」
アーサーは微笑を崩さぬまま、冷静に説明する。
「イワンはロシアの異能界でも名を馳せた伝説の暗殺者……その力は猫の領域を超えていると言われています。」
「……って、マジで猫なのかよ。」
三寳は呆れながらも、イワンの視線の鋭さに寒気を覚えた。
「おまえたちは邪魔をしすぎた。これ以上、市場に手を出すな。」
イワンが一歩前に出た瞬間――
ズバッ!
その場の空気が切り裂かれたように、三寳の頬をかすめる。
「なっ……!?」
気づけば、イワンの前足の爪が光のように高速で振るわれていた。
「チッ……速すぎる!」
三寳はすかさず、自らの手の指を切り落とし、分身を発生させる。
「分身、行け!」
だが――次の瞬間、分身が目にも止まらぬ速さでバラバラに切り裂かれた。
「おい、ウソだろ……!」
「ニャー……やつの異能は『音速の肉球(ソニック・パッド)』。あの爪の一撃は、音速を超えるんだ。」
ウラジーミルの声にも焦りが滲んでいる。
「マジかよ……アーサー、なんとかしてくれ!」
三寳が叫ぶが、アーサーは微笑を崩さない。
「ご安心を、お嬢さん。私もロンドンの異能貴族ですからね。」
アーサーは優雅にシルクハットを被り直し、ポケットから小さなスプーンを取り出した。
「またお茶かよ!?無理だって!相手、爪めっちゃ速いし!」
アーサーはふっと笑った。
「ええ、ですから……この異能を使いましょう。」
「異能発動――『ロイヤル・ティースプーン・デスマッチ』!」
次の瞬間、イワンの爪が再び閃こうとしたその瞬間――チーン!と音が鳴り響いた。
「……?」
イワンが違和感を覚えたとき、気づけば自分の目の前に、英国式ティースプーン決闘のルールブックが置かれていた。
「ふふ……イギリスの決闘法では、爪よりもスプーンでの決闘が求められます。」
「……クソッ……!」
ロシアンブルーの伝説の暗殺者が、静かにスプーンを手に取る。
「ルールは簡単。先にスプーンで相手の鼻を突いた方が勝ちです。」
三寳は再び呆れた顔で叫んだ。
「バカか!?」
だが、イワンはすでにスプーンを構え、鋭い瞳を光らせていた。
カチン……!
音速のスプーン捌きが炸裂し、戦いは次元を超えた速さで展開された。
「……まさか、ここまでのスプーン使いとは。」
アーサーは冷静に相手の動きを見極め、華麗にスプーンを動かす。
カチッ、カチッ……!
スプーン同士がぶつかり合い、まるで剣術の達人同士の戦いのように火花を散らす。
「う、嘘でしょ……スプーンでこんなことになる?」
「お嬢さん、イギリス人にとって紅茶とスプーンは神聖な武器なのです。」
数秒後――
パコーン!!
アーサーのスプーンがイワンの鼻をピシャリと打ち、決着がついた。
「……ぐっ、やるな……。」
イワンは静かに後退し、闇へと姿を消した。
「……これで諦めると思うなよ……」
そう呟くと、港の暗闇に溶け込んだ。
三寳は膝から崩れ落ちた。
「もう、こんなバカなバトルばっかで疲れる……。」
アーサーはにこやかに微笑む。
「お嬢さん、異能バトルとはこういうものです。」
――次回、『第五話・横浜異能紅茶会議』!