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魔法を使うには、2つの変化が必要だ。
1つは属性変化。
糸をあらゆる属性に変化させる変化。
モンスターを殺すために特化した魔法だ。
そして、2つ目が形質変化。
こっちが曲者。あらゆる物に変化できる。
例えば俺は『形質変化:刃』という変化をすでに使えるのだが、治癒魔法を使うにはそれでは足りない。
「うむむ……」
庭先で俺はうなりながら、両腕を組んでいた。
魔法の肝は、2つ目の形質変化にあると言っても過言ではない。
なんていったって、こっちの方が自由度が高いのだ。
しかも、圧倒的に。
例えば俺が使う『形質変化:刃』は、『導糸シルベイト』を硬質の刃にしてモンスターを切り刻む。
それだけではない。
父親が使っていた『形質変化:強化』では、なんと巻きつけた身体の部位を強化できるのだ。
つまり、身体強化魔法だ。
しかも、母親の口ぶりからして治癒魔法もこの『形質変化』を使っているように思う。
「刃にするのは簡単なんだよなぁ……」
俺は、炎槍で木っ端微塵にした木製人形の破片をバラバラにしながらそう言った。
使いすぎてもはや無意識で使えるレベルである。
しかし、これでは破壊する一方だ。壊すだけじゃ、直せない。
「イメージが大事なんだっけ……」
『七五三』の時に、魔法を教えてもらった黒服のお兄さんの話を思い返しながら、俺は自分の腕に『導糸シルベイト』を巻きつけてみた。
確か父親が『身体強化』を使う時にこんなことをやっていた。
「強くなれ……ッ!」
『身体強化』を行おうとするが、何も変わらない。
いや、変わるはずもない。
魔法はそんな漠然とした考えじゃ何も生み出さない。
もっと具体的に考えないとダメなのだ。
そんなことを思っていると、ヒナが走ってやってきた。
笑顔で走ってやってきたヒナは、服を見せるように胸をはった。
「にいちゃ、見て!」
「服買ってもらったの?」
「うん! これね、ぴんくなの!」
「ピンクだねぇ」
そう頷いた瞬間、俺の頭の中で閃光が弾けた。
そうだ。服だ!
服を着れば良いんじゃないか!!
いや、何も俺は全裸がどうこうという話をしたいわけではない。
服というよりも、強化外服アシストスーツの話だ。
俺が小さな印刷会社で働いている頃に、老人ホームの職員さんがやってきたことがあった。その人は事務員で線の細い人だったが、人手不足のときは介護の手伝いをすると言っていた。
介護って、介護士の資格がいるんじゃ……?
と思ったが、本題はそこではない。
介護は重労働だ。雑に言ってしまうと、人を担いで動かすのだから重労働に決まってる。
だから俺は当然の疑問として、聞いたのだ。
『重くて大変でしょう』と。
しかし、彼女は『最近、アシストスーツを会社が買ったので楽になった』と言った。
アシストスーツってなんだ? と思い、帰宅した後に調べてみたところ、チューブとかそういうのを使って人工筋肉を再現し、肉体労働の補助をする機械のことだった。
そんなものがあるんだ! と調べた当時は感心したのだが、俺の仕事で使えるようなものじゃなかって、すぐに記憶の片隅においやっていた。
その存在を、ヒナを見ていて思い出したのだ。
だとすれば、『身体強化』のヒントはそこにある。
「ヒナ。ちょっと離れてて」
「んにゃ!」
『うん』なのか、『いや』なのかよく分からない返答とともに、ヒナは俺から距離をとった。
しっかり、ヒナが距離をとったのを見て、俺は右腕に巻きつけていた『導糸シルベイト』にイメージを流し込んだ。全身を包むような、人工筋肉のイメージを。
その瞬間、バッ! と『導糸シルベイト』が肥大化。
右腕が強化された。それを直感で理解した。
「……よし、これなら」
俺は庭先にまだまだ並んでいる模造人形によると、拳を構える。
「せい――ッ!」
そして、勢いのままに右腕を振るった。
バゴッ!!!
軽快な音を立てて、模造人形が根本から引き抜くと天に舞い上がった!
よし! 強化は成功だ!
しかも予想外だったことに、『導糸シルベイト』で腕をコーティングしていたからか、全力で木を殴ったのに全く痛くない。
これなら、モンスターと戦う時にも使えるぞ。
そんなことを考えていると、すぐ後ろから声が聞こえてきた。
「にいちゃ! すごい! 力持ち!」
そんなヒナの頭上が曇る。
先ほど打ち上げた木製人形が、ヒナに向かって落ちてきたのだ。
……は、離れてろって言ったのにッ!
だが、3歳児が言うことを聞かないことに怒ってもしょうがない。
むしろ、これは予想しておくべきだった!!
「ヒナ! 危ない!!」
俺はとっさに自分の右足を、強化。
そして、地面を蹴った。
ぐん、と世界が後方に流れる。
俺はヒナを抱きかかえたまま、わずか一瞬のうちに数メートルを駆け抜け停止。
ゴス、と模造人形が地面に落下して、嫌な音を立てた。
もし今のが間に合っていなかったらと思うと、背筋に冷たいものが走るのと同時に、俺の中にすっと『強化』の形質変化のやり方が入り込んでいるのを感じた。
例えるなら、逆上がりができるようになった感覚と言えば良いか。
今まで出来なかったものが出来るようになった瞬間、なぜ出来なかったのか分からなくなるあの感覚。
「にいちゃ、どうしたの?」
俺の腕の中できょとんとした顔を向けてくるヒナ。
自分がどういう状況にあったのかを理解していない顔に、俺は思わず張り詰めていた神経がほぐれて笑ってしまった。
「なんでもないよ」
「なんでも無いの?」
「うん、でもヒナ。魔法を使う時に近くにいると危ないから、ちゃんと離れておかないと」
「う!」
分かったのか、分かっていないのかなんとも言えない顔を浮かべてヒナは頷くと家の中に戻っていった。
それをちゃんと見届けると、俺は次の『形質変化』を行うべく人形に向き直る。
「イツキ。凄い音がしたけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。人形が上から落ちただけ」
向き直った瞬間、縁側から母親に話しかけられた。
なので俺は前を向いたまま答えて、もっと『身体強化』を高めるために全身に『導糸シルベイト』を伸ばした。
だが、
「……む」
ここで問題が発生した。
長い1本の『導糸シルベイト』だけで、全身を包むようにすると足とか腕とかが自由に動かせないのだ。
だから、1本の腕には1本の『導糸シルベイト』を回さざるを得ない。
ということは、四肢を強化するのに必要な『導糸シルベイト』は4本。
胴体や頭を囲むようにすると、更に2本必要で合計6本。
魔法を使うならそれプラスアルファで必要なので……。
「……ん?」
全身強化って、もしかして他の祓魔師には無理なんじゃないか……?
だって他の祓魔師が同時に使える『導糸シルベイト』は2〜3本。
それだけだと、身体の一部だけを覆うので限界だ。
しかも遠距離にいるモンスターを攻撃するためには、更に『導糸シルベイト』が必要なので……。
「……うぬ」
俺は気の抜けた息を漏らして、天を仰いだ。
いや、他人のことなんて関係ない。
俺は俺で、強くならなければいけないのだから。