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「篠崎…さん……!!」
由樹はユニットバスの壁面に両手をついて篠崎を振り返った。
「俺、風呂入ったんですってば…!」
「うるせぇ」
言いながら篠崎が熱いシャワーを由樹の頭頂部から浴びせてくる。
「あっつ!」
「お前、酒臭いんだよ。こんなんで明日のアプローチ迎える気か!」
「だって―――」
「湯船に入れとは言わないから、ちょっとくらいアルコール飛ばせ」
「ううう」
されるがままにシャワーを浴びる。
少々熱めのシャワーが体を温めているはずなのに、脳髄まで染みていたアルコールは、少しずつ体から抜けていくのが分かった。
「篠崎さん、俺、十分アルコール飛ばした気がするんですけど…」
恐る恐る振り返ると、しぶきを浴びて、中途半端に髪の毛が濡れた篠崎と目が合う。
「――――っ!」
慌てて目を逸らす。
いつも展示場では上司と部下という垣根を超えないように気を付けていたし、ベッドに入るときは照明を暗くしていた。
リビングでそういう雰囲気になった時でさえ、ライトの明度は落としているのに、風呂の中は煌々と明るい。
(冷静になれば。俺、こんな明るいところでめちゃくちゃ裸見られてるんだけど…)
急に羞恥心が湧いてきて、由樹は目を瞑った。
「おい。もう名前で呼んでくれないのか」
急に耳元に唇を寄せた篠崎の声が響いてくる。
低くて、腹に響くような、落ち着いた声。
聞くだけで丹田がざわつくその声が、鼓膜に直接響いてくる。
「―――わ、忘れてください……!」
「なんだよ。残念だな」
篠崎が笑う。
「じゃあ、俺が呼んでやろうかな」
「え…?」
「由樹……」
「―――っ!」
耳を通じて、さらにバス内を反響して、声が体に入ってくる。
「由樹」
「―――っ!」
熱いシャワーを浴びているにも関わらず、ぞくぞくと身体が波打ち、鳥肌が立つ。
(こんなの……)
由樹は壁面についた手を握った。
(声だけでおかしくなりそうだ……!)
篠崎の右手が由樹の股間に伸びる。
「あ……ちょっと…!」
抗議の声を上げようとした唇に、篠崎の左手の指が入ってくる。
「んあ…っ。ああ…」
強制的に口を広げられ、中の舌を弄ばれる。と同時に硬くなっているそれを掴まれながら、先端をぐりぐりと親指で刺激される。
「すこぶる飲んだ割には勃ちが良いな」
「――だって、篠崎さんが、耳ん中を犯すから…!」
ふっと篠崎が笑う。
「耳の中を犯す?なんだそれ。エロいな」
言いながら舌を耳に付ける。
「んん…!!」
硬くした舌先を耳に挿入され、しなった腰のせいで、臀部が篠崎の身体に押し付けられてしまう。
「――――っ!」
そこに触れた熱いものに、思わず由樹は尻をひっこめた。
「おいおい、離れてくれるなよ。寂しいだろ」
篠崎の手が由樹の腰を固定する。
痛いほど硬くなったモノを解放した右手が、今度はその割れ目に入ってくる。
「ちょ……っ!」
「熱いな。これも酒のせいか?」
言いながらも篠崎の長い指が入り口を探し当て、中に入ってくる。
「んんっ…。あああ」
走る痛みと、迫りくる快感に顎が上がり、腰が突き出る。
「―――ここか」
篠崎がそこを優しく引っ掻くように刺激すると、今度はその快感に堪えられずに俯き、腰が引ける。
(……どうしよう)
由樹は涙で潤んだ瞳で篠崎を振り返った。
(早く……欲しい…)
◇◇◇◇◇
それからどれくらいの時間が経ったかはわからない。
相変わらずシャワーヘッドからは熱い湯が流れていて、篠崎は由樹の中を刺激し続けていた。
左手が、腹筋をなぞり、胸までたどり着くと、そこにある突起を指先で擦る。
濡れているので摩擦力が上がっているのか、いつもより刺激が強い。
血液が集まり硬くなったそれが、もはや痛い。
「……篠崎さん!」
なぜかなかなか挿れようとしない篠崎を由樹は幾度も振り返る。
しかし篠崎と目が合うことはない。
彼は由樹の形の良い尻や、痛そうに勃ちあがる前のソレを眺めて笑っているだけだ。
「篠崎さん…。なんで……」
「んー?」
「……挿れてくれないんですか?」
羞恥心に顔を真っ赤に染めながら言う由樹を見て、篠崎は笑った。
「挿れてほしかったら、もう1回、名前で呼んでみろよ」
「―――え?」
「ほら。早く」
「……で、できませんよ」
流れ出る熱いシャワーと熱気のせいで汗をかき、もうとっくにアルコールは飛んでいる。
素面の状態でなんてとても―――。
改めて篠崎を振り返る。
切れ長の目。通った鼻筋。いつも余裕が感じられる唇。
見た目だけでもものすごく好みなのに、その上仕事もできて、上司としても、人間としても、尊敬出来てーーー。
俺にはもったいないほどの素敵な彼氏。
彼氏。
そうだ。俺、この人と付き合ってんだな…。
由樹は自分の胸をまさぐっている手を見下ろした。
その薬指にはシルバーの指輪が輝いている。
壁についている自分の手も見上げた。
そこにもそろいの指輪が光っている。
「―――岬さん……」
由樹はつぶやくように言った。
「岬さん。俺―――」
言いながら篠崎を振り返って見上げた。
篠崎も由樹の下半身を見ていた視線を上げる。
「岬さんのこと、愛しています」
「……新谷」
不思議と恥ずかしさも照れくささもなかった。
愛している人に、愛していると言って、何が恥ずかしかったのだろう。
こんなに自然なことなのに。
「―――由樹」
篠崎がふっと笑う。
「俺もお前を、愛してる」
「――――んんっ!」
十分に解された入り口に、篠崎のモノが宛がわれる。
一気に入ってくるその感覚に、由樹は目を瞑った。
「ああっ。んっ!は…、ああっ」
激しい抽送が始まる。
篠崎の手が由樹の硬くなったものを握り、同時に刺激する。
由樹の手が、快感に耐えられずにユニットバスの壁を引っ掻く。
その手に、篠崎の大きな手が重ねられる。
ぶつかる指輪の硬い感触に由樹は細く目を開けた。
バスのダウンライトを反射して光る指輪を見ながら、由樹は快感の波が上がってくるのに身を任せた。
◆◆◆◆◆
「ふう」
やっと乾ききった新谷の髪の毛を撫でながら、篠崎はドライヤーをベッド脇に置いた。
バスルームで散々抱かれて、イキつくした新谷は、すやすやと眠っている。
「―――寒っ」
3月の夜。
暖房もつけずに閉め切った部屋で、新谷の身体を拭いたり髪を乾かしたりを、ボクサーパンツ1枚で行っていた篠崎は、すっかり冷えた自分の身体を擦り付けるように布団の中に入った。
ホカホカとあったまった新谷の身体からはもうアルコール臭はしなかった。
ほっとしてその頭に手を置くと、何だか自分もうとうとと眠くなってきた。
「―――いや、脱水とか大丈夫だろうな、こいつ」
一瞬で覚醒すると、すぐに布団をはいで立ち上がり、キッチンからミネラルウォーターを持ってくる。
「新谷。おい。水飲んでから寝ろ」
声をかけてもピクリとも反応しない。
「おい、由樹」
耳元で言ってみる。
本能からかピクリと反応したが、それでも眠気の方が勝るらしく、また夢の世界にまどろんでいってしまう。
「ったく。しょうがねぇな」
篠崎は新谷の身体を起こし、そこに足を差し入れ膝を立てると、自分の口に水を含んだ。
顎を固定しその口に注ぎ込むようにキスをすると、新谷はむせることなくそれを飲み込んだ。
何回か繰り返し、500㎖入りのミネラルウォーターがあらかた無くなったところで、篠崎は新谷をまた布団に寝かせた。
枕に頭を沈めて気持ちよさそうに目を閉じている恋人の頭を再度撫でる。
やはり、目の下が腫れている。
(俺の目の前で他の男のために泣くとは、いい度胸してんな、こいつ)
思いながら頬をつねる。
しかも林のために泣くなんて、お門違いもいいところだ。
自分と話した林は、気持ちの答えに、行動の決心が追いついておらず、苦しんでいるように見えた。
だから気持ちと行動が一致した今、きっと彼は清々しく、未来の世界に一歩踏み出しているはずなのだ。
むしろ心配なのは―――。
『俺が―――最後通告を、ですか…?』
いつになく不安そうだった紫雨の声を思い出す。
新谷でさえ林の退職に責任を感じて泣いているのに、あの上司兼恋人は、おそらくはその何倍も責任を感じているだろう。
林が自分だったら。
あるいは新谷だったら。
退職したのは紫雨のせいではないと、彼の気持ちを汲んでやれるが――。
「あいつは、どうだろうな……」
自分から見てもわかりにくい林という男を思う。
いつも冷静で、無表情で、焦ったり怒ったり喜んだり笑ったりがなく、感情表現に乏しい。
彼の言っていることが的を得ていたとしても、その情報が正確だったとしても、彼の説明を聞いていた客はきっと楽しくなかっただろう。
『彼は住宅営業に向いてません』
紫雨の言う通りだと思う。
『あいつにはあいつの向いている職種、会社があると思います』
自分も同じ意見だ。
しかし――――。
『林が会社を辞めても、俺があいつと生きていくことに変わりはありませんから』
―――本当に、そうか?
今度は金色の目を持つ同期の顔を思い浮かべる。
今まで従順に懐いていた犬が、飼い主が間違ってリードを離した瞬間、解き放たれたように逃げていき帰ってこなくなるのは、珍しい話ではない。
それが我儘で傲慢な飼い主なら猶更だ。
ワンマンな紫雨しか“上司”を知らず、殺伐とした天賀谷展示場という”職場”しか知らなかった林が、もし人情味にあふれる大人の上司に出会い、殺伐としていないアットホームな職場に迎え入れられたとしたら。
「―――――」
胸に沸いた不安をかき消すように、篠崎は布団に入り、温かい裸の新谷を抱きしめた。