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俺には、トラウマがある。
高校二年の冬の事だった。朝起きるにはあまりにも布団の外が寒くて、毎日起きるのが憂鬱だった。だが、朝起きるのに憂鬱な理由が俺には他にもうひとつあった。
いつも通り下駄箱を開ける。上履きを取り出す。それだけなら良かった。いつの日からか上履きの中には画鋲が入っているようになっていた。土や雑草、枯葉が大量に突っ込まれていることもあった。
——それは紛れもない「いじめ」という行為だった。
***
高校卒業から六年後。
俺は、大学を出たあとは在学中に取っていた資格を活かし、地元から離れた場所のマンションの管理人をやっていた。仕事量は多いが住民の方や清掃バイトの人達も優しく、満足のいく生活を送っていた。
四月。春の陽気が心地よい。マンションの敷地内に植えてある桜並木が美しい。花粉症の自分には少し堪えるがそれでも風で舞い散る桜には春を感じさせるものがあった。
外の見回りも済み、管理室に戻った俺は今日の業務に取り掛かろうとしていた。
プルルル……
珍しく電話が鳴っていた。
「お電話ありがとうございます、椿台ガーデン管理人の本島です」
『入居希望で、マンションの下見をしたいんですけど……』
「入居希望ですね、ではご希望日時はございますか?」
『来週の土曜日の十四時でお願いできますか?』
「土曜日の十四時ですね、承知致しました」
「では、電話番号と御名前をお願いします」
『松田涼介です。電話番号は……』
……は?
予想外を越えてきた名前を聞き思わず思考が止まる。意味がわからない。なんであいつがこのマンションの入居を希望してるんだ。まさか、ここまで追ってきた?いや、そんなわけない、考えすぎだ。偶然に決まってるだろ。
『あの、大丈夫ですか?』
電話越しの相手の声を聞き、正気を取り戻した。
「ごめんなさい、大丈夫です。電話番号をもう一度お伺いしてもよろしいでしょうか」
『あ、はい、電話番号は……』
「……はい、ありがとうございます。それではまた土曜日の十四時にお待ちしております」
プツッ。
半ば急かすように電話を切ってしまった。最悪だ、なんであいつが。地元じゃないから絶対会わなくて済むと思ったからここまで来たのに、なんで、なんで。土曜日に直接会うって事だよな……。まずい、胃が痛くなってきた。土曜日、来ないでくれ。
気分が悪くなり外に出て新しい空気を吸いに行った。
「あれ〜、管理人サンじゃーん。なんか顔色悪くない?」
「あっ……」
「いつも目の下に隈つけてんのに、今日は顔真っ青だね。大丈夫そ?」
清掃バイトの一人、日沢さん。今日も大好きなメイクをして出勤してきたらしい。髪も綺麗に手入れされていて自分を大事にしてることが分かる。少し羨ましい。
「ちょっと、大丈夫じゃないですね……」
「なんかあったぁ?」
「色々ありまして…胃が痛いです」
「無理しないでよ~」
「ありがとうございます」
気分が少し落ち着いた。よくよく考えたらあいつが俺の事を覚えていなければいい話。それに、俺だって知らないふりをすればいい。土曜日のために覚悟を決めておく事にした。