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「ったく!いいように使いやがって……!」
渡り廊下を走りながら比嘉は毒づいた。
「あいつ、次に会ったらただじゃ置かねえ……!」
後ろを走っていた東は比嘉を見つめた。
「ねえ。本当にできるの?」
「はあ?」
「だって、比嘉ってあんまり強いイメージないから」
比嘉は東を睨みながら振り返った。
「じゃあ、なんで俺に媚びを売ってきたんだよ?」
「比嘉についてけば、照屋と玉城もいると思って。セットじゃん、あんた達」
「……は」
比嘉は角を曲がると、事務室の脇の用具室に入った。
「――舐められたもんだな、俺も」
そう言いながら工具箱を開けて用具を物色し始める。
「ちょっと前に、あいつらとそんな話になってさ」
比嘉は取り出した電動ノコギリを視線の高さまで上げた。
「この3人でマジもんの喧嘩したら誰が勝つかってさ」
電源を入れると、シャカシャカと激しい音がして、刃が高速で前後し始めた。
「はは。ピストン運動みてえ」
比嘉は笑うと、それを東に握らせた。
「それであいつらが、絶対比嘉には負けねえって言いやがってよ。マジでムカついた」
そう言いながら比嘉は、長いスパナを宙に投げ、クルクルと回してキャッチした。
「……今日、その答えがわかるな」
比嘉は振り返り、長いバールで東を指さした。
「お前が証人だ。いいか。最後までちゃんと見てろよ?」
そう言うと比嘉はニヤリと笑った。
◆◆◆◆
上間はバケツの水が零れないよう慎重に東側の階段を下りながら、耳を澄ませた。
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
ジャンッジャジャンッ♪ジャンッジャジャンッ♪
音が聞こえる。
間違いない。ピエロのアコーディオンの音だ。
――大丈夫。落ち着いて。
まだ見つかってはいけない。
ピエロは連れてくるのが一番簡単なキャラだから、しかけるのは最後にしなければ。
メイクにだってそんなに時間はかからないはず。
――だって、これしかないんだから。
上間は手の中にある真っ赤なリップとライトオークルのファンデーション、そしてブルーのアイシャドーを見下ろした。
◆◆◆◆
ビリッ。
シャッシャッシャッ。
ビリッ。
シャッシャッシャッシャ。
暗い3-1の教室に、単調な音が響く。
そのドアには【霊安室】と書かれている紙が貼っており、中では渡慶次が一人、真っ白な教科書を破っては、サインペンでその文字を書き続けていた。
まずはドクターとの鉢合わせを避けながら、3階の全ての部屋にこの紙を貼る。
その次は1階の教室だ。
全部貼り終えたら東階段から上がって、2階の視聴覚室、職員室、校長室の順で紙を貼っていく。
知念が放送室に貼ってある紙は取ってくれるはずだから、これでドクターはやがて放送室に入ってくる。
――大丈夫。
きっとうまくいく。
しかしドクターに関しては、タイミングが何より大事だ。
比嘉が倒してミイラがいなくなって、舞ちゃんのゲイシーを知念が隠して、ティーチャーが放送で呼びだされて、上間のメイク道具を使ったピエロが来た、その瞬間。
「一番確実に連れて来れるのもドクターだけど、一番タイミングを管理できないのもまた、ドクターなんだよな……」
渡慶次は唸りながら、【霊安室】の文字を書き続けた。
◆◆◆◆
「…………」
知念は音を立てないようにそっと【霊安室】と書かれた紙を剥がすと、それをポケットに入れながら放送室の扉を見上げた。
ここにもうすぐ舞ちゃんがやってくる。
そうしたら中に招き入れて、舞ちゃんが他の生徒たちに気をとられているうちに、リュックからゲイシーを盗んで隠す。
舞ちゃんが捜索モードに変わったら、放送を使って、女教師を呼び出す。
しかし全ては比嘉がゾンビを倒してからだ。
焦ることは無い。
しかし備えておかなければ。
知念は廊下を振り返った。
東側。
そして西側。
2階には誰もいない。
みんなそれぞれの役目を全うしているだろうか。
比嘉は一人で大丈夫だろうか。
上間のメイク道具はあんなに少なくて平気だろうか。
そして一番大変なのは――。
「ま、お守りも渡したしね」
独り言をつぶやいたところで、放送室の厚い扉がヌッと開いた。
「……!?」
知念は声を出す暇もなく、出てきた手に胸倉を掴まれ、中に引きずり込まれた。
◆◆◆◆
「はああああ」
比嘉は大きなため息をつきながら、バールを持った右手の小指で、耳を掻いた。
「モク吸いてえ」
そう言いながらも、視線は体育館の扉を睨んでいる。
「吸う?あるけど」
東が胸元から煙草を取り出すと、
「あんのかい」
比嘉はへッと笑った。
「女は吸わない方がいいぜぇ?」
――こうしてみると、カッコいいんだけどな。
東は比嘉を見上げた。
いつもガラの悪い大柄な照屋や、ヤバい空気をビンビンに醸し出している玉城と一緒にいるからだろうか。
それとも玉城と照屋以外に彼自身が興味と執着を示さないからだろうか。
比嘉は見た目の割に、女子にモテなかった。
――渡慶次なんかよりよっぽどいい男なのに。
比嘉は東から受け取った煙草にライターで火をつけると、スパーッと白い煙を吐き出した。
「……んっ」
そしてそれを東の口に突っ込んだ。
「あにふんのよっ!」
咥えたまま睨むと、
「あとはお前が吸え」
バールとスパナを持ち直しながら言った。
「吸い終わるまでに終わらせてやる」
そう言うと比嘉は体育館の扉を左右に開け放った。
「……う……!」
東はその中の光景に、思わず後退りをした。
「うう……うう……」
食い散らかされ、どっちがどっちかも判別できなくなった五十嵐と藤原の上に、玉城と照屋が乗っている。
ジュルジュルと音を立てて、玉城が小腸にしゃぶりつき、照屋はというと足首から下のない女の脚を高く上げ、女の股座で腰を振っていた。
「はは。ちゃっかり童貞喪失してやんの」
比嘉が笑う。
「――本当に行くの……?」
彼らに聞こえないように東は比嘉を振り返った。
「行くに決まってんだろ」
比嘉は無表情で言った。
「俺が行かなくて、誰が殺れるんだよ」
「でもアイツら相手に一人でとか無理だって!」
思わず大きくなった声に、照屋と玉城が同時に顔を上げた。
『上ヒ嘉ぁぁぁ!?』
『了ノヽノヽッ!ぇ犀カゝっナニナょぁっ!!』
2人はほぼ同時に立ち上がると、こちらに向けて走ってきた。
「お前……逃げるなよ」
比嘉は東を振り返った。
「お前には、最後に大事な仕事があるんだから」
「……え?」
東が振り返ると、彼はもうそこにはいなかった。
「――比嘉!!」
比嘉は向かってくる二人に、全速力で駆け出していた。