「っ!今日もいい1日に、なりそうだぁ!」
また、朝がやって来た。
夜が明けた、黒が青に変わった、清々しい空気が流れる健康的な6時に、 俺はベランダに出て大きく背伸びする。
このままこの時間、ゆっくりコーヒーを楽しむ朝の時間を、ずっと、だらだらと過ごさせて欲しい。
それが叶うならーーきっと俺は幸せになれる。
なぜ人は皆幸せでは無いのだろう?
「幸せだ」という人は勿論いるが、なぜその人は幸せなのだろう?
わからない。わからない。
こんなことを考え始めたのは社会人になってから。
「大人」という人達は、大きな何かに呑まれていると大人から死ぬほど聞いてきた。
大学生次点で大人の仲間入りではあると感じていた俺は、きっと大丈夫、楽しくやって行けると、そう思っていたけれど。
どうやら社会というものは、そんなに甘くないらしい。
やっぱりどう思ってもそうなる。呑まれてしまう。
通勤、仕事中、買い物中、風呂に入っている時、ずっと、考えている。
長いこと、考えてきた。
社会。大人。幸せ。幸せ。
答えはまだ、でていない。
『わからないことがあったらなんでも先輩に聞きゃあいんだよ、聞きゃあよ。』
古い職場の先輩はそう言ってくれたけど、
“社会が、大人がわからない。幸せってなんなの?”とは聞けない。
そんな事を聞いたら変な顔をされるだろう。
その先輩だって、その【社会】の中にいる大人なんだから。
「おはようございまーす…」
控えめに挨拶をして、席に着く。
(今日はプレゼン用の資料をつくって、見直し……課長に確認してもらう。)
「……よし!」
カタカタカタ、と先に出勤している仕事人と同じ音を立て始める。
良いものを作るのは大変だ。
だけど、やらなければならない。
良いアイデアを…
いいアイデアを……
良いものを…………つくらなきゃ、響かない。
のに。
「思いつかない……」
手はとめず、何となく文字を並べていたが、次第に止まった。
くそ、本当にダメだ。
机に突っ伏して片手で頭を抱えた。
そんな自分の姿を想像の中で俯瞰してみる。
虫みたいに縮こまって小さく呻く自分を醜いと軽蔑するもう1人の自分がいた。
すると、後ろから、
「大丈夫?資料の進み具合、どう?! 」
「ッわ?!」
ビクッと肩を震わせ、脊髄反射で後ろを瞬時に振り返った。
「か、課長ですか……。」
一気に力が抜けて、人差し指の小突きだけで倒れてしまうくらいにへにゃへにゃに崩れる。
「課長です課長です!驚いた?ごめんね!」
手を合わせて眉を下げ、ぎこちない笑顔で俺に謝ってきた。
不格好な俺を見ればわかると思うけど、不意打ちで正直すっごく驚きましたよ。課長。
「大丈夫です。しかし驚きました…。」
「あっはは!糖分足りてないんじゃない?ちょっと待ってなよ。」
「あ、すみませんわざわざ。」
「いいっていいって! 」
そういうと俺の資料の進み具合は聞かず、背を向け歩き出した。恐らく差し入れをしてくれるのだろう。
まぁ、頼んではいないけど、お言葉に甘えよう。少し入り込みすぎた。
でも入り込まなきゃお客様の気持ちにはなれなくないか?そしたら良い資料も作れない。
あぁ、またわからない。
社会に出るまでは良かったんだ。だけど、
「おっ、新人じゃーん!」
良いの発見。当時その先輩は、そう思ったんだろうな。
「あ、お、お疲れ様です。」
まだ会社に馴染めていなかった俺につけ込んだのは、この人。
「このデータなんだけどさー、今日ちょっと外せない予定、あってさ!」
“予定”という言葉にあからさまなアクセントを付けて俺にそう言う。
「は、はい!」
その言葉と同時に手渡されたUSBメモリをパソコンに差し込んで中を見てみると、そこには俺の部署、俺の仕事とは全く関係ない別の部署のデータが表示されていた。
そりゃそうだろうけどさ。
「あの、これって…。先輩の部署って、俺と違いますよね。」
「俺、まだ会社のこと、あんまりわかってなくて__」
「……は?」
わからない。その思考が。という顔をしていた。
「……あの」
「まぁ、分からないこともあると思うけど、これから仕事やってくんならこういうのもらったらササッとできるようになんなきゃだし?まぁ練習になるかなと思って。」
急な饒舌さに驚いたけど、俺が怖いと思ったのはその顔。
真っ赤になって焦点が定まらない、泳いだ目で続けた。
「ッあ、そうだお前。どうせ学生で中途半端にヤンチャしてたせいで今更後悔しただろ。どーせ良い大人にはなれねぇよ、お前なんか。まぁ?普通の人生送れよせいぜい。 」
ド肝を抜かれた。こんな当てつけにド肝を抜かれたんだ。俺は中途半端だったんだな。
俺もカッとなった。
「……じゃあ、もう良いですよね。」
「自分でやって下さいね。データのグラフ化。俺もう帰ります。」
なるべく大きい音でガタッと椅子から立って競歩で歩き出す。
帰ろう帰ろう帰ろう帰ろう。もう定時だ。
こんな奴と無理に張り合うのはもっと危険。
逆恨みなんてごめんだ。
エレベーターの下ボタンを押して早く来いと待っていると、追ってきた。
「おい!!!」
走ってくる音に気づいて後ろを振り返った時にはもうすぐそこにいて、状況を認識しようとした瞬間、鈍い、鈍痛が頬に走った。
殴られたんだ。
「ッ!」
ふらっとよろけて何とか踏みとどまると、相手もハッと我に返ってこちらを見た。
『っは、』
お互いにそう息を発して3秒ほど、見つめあった。
ピーーーーン!
エレベーターの扉が空いて、課長が息を整えるのに必死な俺たちを交互に見て言った。
「……君達、なにやってんの??」
何も分からないよと伝えるきょとんとした顔と声。
立場が上の人間が来たので、何も悪くない俺は安心したが、奴はビビった。
「っは、っあ、おま、お前さ!わからないことがあったらなんでも先輩に聞きゃあいんだよ、聞きゃあよ。っは、だから、まぁ、大丈夫だよ、じゃ、また話に来るからな、!っはは、じゃあな!」
最高にかっこ悪い足取りで、それでも急いで課長が乗ってきたエレベーターに飛び込んで行った。
俺と課長が残される。
「……で君、頬抑えてどうしたの?」
「あ、あ、……これは、」
必死に目線を外して理由を考えると、じっと見つめてきた課長が一歩後ろに引いた。
「……まぁ、今日金曜日だし、疲れてるでしょ。来週しっかり聞かせてもらうからね。」
なにかを察したようにそっとそう言葉をかけてくれた。
「は、はい、その、ありがとうございます。お疲れ様です。」
その時から社会って?って思うようになった。
こんなやな奴がいて、そんな、こんな世の中で、見た目で判断されて、内面も知らずに、何も知らないくせに、お偉いさん方は俺達を見下して?貶して?
……考える度に疲れて、そうなったら、強い雨が降る泥土に深く沈むように眠る。
それの繰り返し。
その末、また引っ掛かった。
やっぱり乗り越えなきゃ行けない壁は、人生の試練は、俺自身の小ささは、逃げても逃げても、大きくなってまた立ちはだかるだけなんだな。
だから、乗り越えて、強くならなくちゃいけないんだ。
そういう事か……人生。
でも、今の俺はその壁に怯えてるクソ見たいな人間なんだよな。今の所。ダサい。
…じゃあ、俺がスゴいって見てる【大人】ってどんな人だろう?
『大きな何か』に呑まれなかった人は、居るのかな?
考えたこともなかったこと。
思考を変えて、物事を別の面から見るって、勝手ながらこんなカンジかなと思ってしまった。
こんな事があるんだ。驚きだ。
じゃあ、どうする?
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設定ミス ❌〔古い職場の先輩〕 ⭕️「昔、職場の先輩」