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「サプライズやりたいなら、普通車の中で言わないか?」
「……いや、鍛冶師の元に連れて行く途中が良いと思ってな」
「遺宝の話はどうするつもりだったんだ……」
レンジさんからやや呆れられながら突つつかれて、父親はバツの悪そうな顔。
しかし、気を取り直したのか、真面目な顔をして続けた。
「とはいえ、だ。鍛冶師あのひとは気も難しい人でな。そう簡単に頷いてくれるとは思えん。妖刀を打つには、何かしらの条件を出してくるだろう」
「条件……?」
条件というと、あれか。金を出せとか、そういう感じなのかな。
しかし、祓魔師相手に商売をしてて金に困るなんてことはないだろう。
あんまりこういうことを自分で言うのも下品だが、ウチはそれなりの金持ちである。
妖刀を打つ条件として、ウチでも払えない金額を要求してくる……なんてことはないと思いたい。
だとすると、他に考えられるのは……なんだろう?
資格試験みたいな感じで妖刀を持つのにテストを乗り越えないといけないとか?
まさか、そんな自動車免許みたいなことは無いだろう。流石に。
というか、そもそも妖刀を打つのに『第六階位』の遺宝がいるってレンジさんは言ったけど、それが条件ってことは無いのだろうか。まぁ、父親の話っぷりからして無いだろうな。
なんてことをダラダラと考えていると、父親が話を区切った。
「それを今から考えても仕方がない。ひとまず、皆も車移動で疲れているだろうし、休憩にしよう」
「ん! きゅーけ!!」
さっきまでは話に入って来なかった……というか、入れなかったヒナがそういうと、すくっと立ち上がった。
その様子を見て、他の面々も続けて立ち上がる。
「せっかく温泉まで来たんだし、ちょっとだけ入っておくのも良いかもね」
「え、いまから?」
レンジさんの提案に、アヤちゃんが首を傾げる。
そんなアヤちゃんの頭を撫でながら、レンジさんは続けた。
「鍛冶師のところに行くのは、もう少し後だろう? 宗一郎」
「そうだな、行くとしても夕方からになるだろう。日中だといるかどうか分からないからな……」
一方で問いかけられた側の父親は、渋い顔をしてそう言った。
え、そんな自由な感じな人なの……?
まだ見ぬ鍛冶師の人柄を掴めないままでいる間に、レンジさんと父親の間で鍛冶師に合う前に先に温泉に入ってしまおうという流れになった。
流れになったので、泊まる部屋に荷物を先に置こうかと思って立ち上がったらニーナちゃんに服を引っ張られた。
「やだ。入らない」
小さく、俺にしか聞こえないような声。
それはきっと、周りに迷惑をかけないことを気にした声量でもある。
彼女はそういう気遣いが、できる子だから。
「……離れたくない」
まるで、それが世界の常識でも語るかのように、そう言うニーナちゃん。
しかし、それでは困るのだ。
というのも、俺たちがここに来たメインの理由はニーナちゃんの療養。
そのために地脈のエネルギーが溢れ出すという温泉に来たのだから。
妖刀の話に引かれるものが無いと言えば嘘にもなるが、やっぱりそれでも俺はニーナちゃんのメンタルが気にかかる。
だから出来れば彼女には温泉に入ってもらわないといけなくて……と、思っていたらイレーナさんが口を挟んだ。
「ニーナ、イツキさんも入るんですよ」
「じゃあ一緒に入る」
「いや、それは……」
「それなら離れないもの」
苦々しい顔を浮かべるイレーナさん。
多分、俺も似たような顔を浮かべてると思う。
「ニーナちゃん。温泉はね、男女別なんだよ」
「……知ってるわよ。だから、入らないって言ってるの」
ニーナちゃんがこっちに来て1年は経ってるし、流石に温泉のことを知らないことはないだろう……と思いながら、一応補足したのだがにべもなく返された。
どうしたら良いんだろう……と、思っているとそれに気がついたヒナが俺たちのところにやってきて、
「あのね、ヒナはにいちゃと一緒に入ってるよ!」
「それはヒナがお兄ちゃんの妹だからだよ……」
意気揚々とそんなことを言うものだから、話が余計にややこしいことになりそうだったので、ヒナを一旦後ろに下げる。
それに不服そうな顔を浮かべた妹だったが、それを颯爽さっそうと母親が抱きかかえた。
この状況をどうにか収められないかと視線を泳がせていると……アヤちゃんと目が合う。目が合った瞬間、アヤちゃんが深く頷いた。
「ニーナちゃん! 私と一緒にはいろ!」
そう言って、俺の裾を掴んでいたニーナちゃんの手を取った。
「あ、いや、でも……!」
「大丈夫! すぐイツキくんと会えるから!!」
そして、そのままお風呂に連れて行こうとして、それでも抵抗しようとするニーナちゃん。だが、そのカバーに入るようにイレーナさんが動いた。そして、そのまま流されて運ばれていくニーナちゃん。
ニーナちゃんが、ここで暴れないことに賭けた作戦だと思うが……上手く行ったことに安堵して、ほっと息を吐く。というか、よく考えれば大声で自分の主張を言わず、小声で伝えてきた時点でニーナちゃんに良識が残っていることは分かっていたことだ。
アヤちゃんは、レンジさんからニーナちゃんに何が起きたかを聞いている。
だからこそ、気を使ってニーナちゃんを引き離してくれたんだろう。
「イツキ。パパたちも行こう」
「……うん」
俺は二人がかりで運ばれていくニーナちゃんが、ちらちらとこちらを振り向きながら見ているのに手を振ってから、荷物を手に取った。
「ねぇ、パパ。ニーナちゃん、治るかな」
「…………」
父親はそのいかつい顔を、さらに険しくして黙り込んだ。
こういうところで嘘をつかないことが、父親の優しさなのだと俺は知っている。
その沈黙を埋めるように、レンジさんが続けてくれた。
「湯治とうじはね、あくまで治りを早めるものだ。治癒魔法みたいに、すぐさま怪我が治るようなものじゃない。心の怪我は特にね」
「……うん。パパから、聞いた」
「出来ることは、あの子を信じることだけだよ」
信じる、という言葉に……俺はふと思い返した。
信じるって難しいな……と。
「さ、いつまでもここにいたら邪魔になるし……行こうか。温泉」
「うん!」
俺はレンジさんに頷いて、歩き始めた父親の後ろを追いかけて移動しはじめた。
移動している最中にレンジさんから、豆知識を教えてもらった。
「この旅館、サウナがあるらしいよ」
「サウナ? 温泉にあるの?」
そういえば前世でサウナがブームだったな。
なんてことを思い返していると、レンジさんが続けた。
「うん。昨今は流行りだしね、あと意外かも知れないけど祓魔師は結構サウナ好きが多いよ」
「えっ。そうなの?」
「ストレス解消に酒やタバコが使いづらいからね。祓魔師は休みでも仕事が来るだろう? だから酒を飲んでいたら命に関わるんだよ、酔っ払って魔祓いなんてしたくないし」
「お酒は分かったけど、どうしてタバコはだめなの?」
「タバコはほら。このご時世的にさ」
そう言って肩をすくめるレンジさん。
まぁ確かに喫煙所も喫煙者も減ってるらしいし、たばこの値上がりは前世の時にもSNSでネタにされているのはよく見ていた。
サウナ好きなんて、祓魔師におっさんが多いだけでは……?
と、思っていたのだがレンジさんから返ってきたのは思っていたよりも実戦的な返答で思わず納得してしまった。なるほど、それでサウナと。
「この温泉はサウナが5種類あるらしいんだ。良いよね、楽しみだ」
わくわくした顔でそんなことを言うレンジさん。
それは良いのだが、俺はふと疑問に思った。
「……それって温泉なの?」