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女の子はとても小さかった。
まだ3歳とか、4歳とかだろう。
今の俺よりも歳下だ。
可愛い子だな、と思った。
俺は同世代の知り合いがアヤちゃんとリンちゃんしかいないから、子供の顔なんて違いがわからないけど……そんな俺が見ても可愛い女の子だと思った。
だが、その女の子の身体は半分近くが青とも紫ともつかないような独特の色味をしていた。
明らかにやばい状況なのが見て分かる。
だが俺はどうすることも出来ずに、父を呼んだ。
「パパ! 大変だよ!」
「イツキ。よく祓ったな」
父親は俺の頭を撫でると、すぐに女の子に視線を落とした。
「見せてくれ」
「うん!」
父親と位置を入れ替わるようにして、女の子を見た父親が一言漏らした。
「……しまったな。『生成り』状態だ」
「なまなり? なにそれ……」
「人が魔になる、その途中のことだ」
「え!? 人ってモンスターになるの!?」
「な・る・。子供の時は自分の輪郭があやふやだ。そんな時に、長く“魔”と共に過ごせば、だんだんと身体が“魔”になっていく。それを生成りという」
「そ、それって……この子はどうなるの!?」
俺は思わずそう問い返すと、父親は淡々と紡つむいだ。
「あと1時間と経たずに“魔”になる。そうなれば、祓わなければならない」
……そんな、そんなことがあるか!?
俺はあまりの理不尽に言葉を失った。
だって、この子はまだ子供だ。3歳とかなんだぞ。
普通の家に生まれて、普通に育つはずだったんだ。
それを無理やり、モンスターに奪われた。
両親を殺されただけじゃなくて、人間すらも辞めさせられてそのまま祓われるなんて、そんなことが許されて良いのか。
「ねぇ、パパ! どうにか出来ないの!? 可哀想だよ!」
「もちろん、対処法はある。生成りはすぐさまに処置すれば、助かる状態だ」
「それなら……」
だが、そこまで言って父親は首を横に振った。
「パパには……対処ができない。『生成り』を止めるにはな、人としての輪郭を定めてやれば良い。だが、パパはこの子と明らかに年齢も性別でさえも離れている。それに、パパは生成り対処の専門家ではない。もし、パパがこの子を直せば、この子はいびつな形のまま直ってしまう」
「で、でも……。“魔”になるよりは……」
「違う、イツキ」
静かに、こんな状況なんて見慣れているかのように父親は続ける。
「不完全な治療では、すぐに“魔”に戻る。生成りは再・発・す・る・の・だ・。そして、それは最初の輪郭形成が正しくないから起こる。ここで、この子を直せなければ、この子はいつ“魔”になるか分からない爆弾を抱えて生きていくことになるのだ!」
「……でも」
「パパはいろんな人を見てきた。生成りから、中途半端な形で直った人たちも、たくさん見てきた。だが、みな死んだ。なぜ死んだと思う? 自殺だ。人としての輪郭が壊れてしまった人たちは、そうすることでしか自分を救えないのだ……!」
父親の押し殺したような声に、俺は何も言えなかった。
それは、本当に色んな人を見てきたからそう言えるのだろうと思ったからだ。
祓魔師として何年も戦ってきて、その過程でこんな状況を何度も見てきたのだろう。
だから、その後が助からないことを知っている。
むしろ、ここでモンスターとして殺すことが一番の救いだと思っている。
……それは、きっと祓魔師の常識だ。
俺はぎゅっと自分の拳を握りしめた。
でも、こんな子供が死ぬのは間違っている。
俺はそう思う。
俺は死にたくないから強くなろうとした。その思いは変わっていない。命は大事だ。普通は一度死んだら終わりなのだ。誰だって死ぬべきじゃない。それが、子供ならなおさらだ。
だから俺は、思わず口をついて言った。
「僕がやるよ」
「何!?」
「僕がこの女の子を助ける。やり方を教えて」
「いや、しかし……」
父親は、目に見えて困惑していた。
でも、俺はさっき父親が言っていたことを安心させるために繰り返した。
「だってパパは言ってたでしょ? 『歳も性別も離れてるから無理』だって。でも、僕は性別は違うけど、歳はたぶん同じくらい。だから、僕がやる」
「…………」
それは、初めて見る父親の顔だった。
考えている。俺に女の子を任せるべきか、どうかを。
だが、その思考はすぐに終わった。
父親が、深く頷いたからだ。
「分かった。イツキに対処を任せる」
「うん。どうすればいいの?」
「『導糸シルベイト』を心臓に垂らし、魔力を共鳴させるのだ」
「きょう……めい?」
聞いたことのない言葉に俺が首をかしげる。
「深く考える必要はない。イツキは歳が近いから、共鳴は勝手にはじまる。共鳴状態になれば、意識がこの子に引っ張られる感覚があるはずだ」
「分かった。そうなったら、どうすればいいの?」
「この子の内側に潜む“魔”を祓うのだ」
「……う!」
なんか最後だけゴリ押しだな……?
そう思ったのだが、女の子の6,7割が紫になっているのを見て、俺は素早く『導糸シルベイト』を垂らした。
もしかして、父親たちはこの共鳴が上手く出来ないんだろうか。
そんなことを思って、女の子の心臓に俺の『導糸シルベイト』が触れた瞬間だった。
ずっ……! と、俺の意識が無理やり女の子に引きずり込まれるのが分かった。
これがさっき言ってたやつか……!
俺がそれを知覚するのと同時。
どぷん! と、水の中に落ちるような感覚で、俺の意識が女の子の中・に・入・っ・た・。
そして次の瞬間、俺の足に伝わってきたのはフローリングの感触。
周囲を見るとさっきと同じ部屋の中にいて、
『……あれ?』
失敗したか、と思ったが周囲を見ても父親がいない。
それに窓の外が夜になっている。さっきまで昼だったのに。
ということは、ここはあの子の中なのか。
『“魔”を祓えば、助かる』
さっき父親から聞いた言葉を繰り返して、部屋の中を見る。
けど、“魔”はどこにいるんだろうか。
俺がそんなことを考えていると、
ドンッッツツツツ!!!
と、凄まじい音が1階の方から聞こえてきた!!
「……ッ!?」
びっくりした俺が身体を震わせて音の聞こえた方に行こうとした瞬間、部屋の扉が開いて女の子だけが入ってきた。いや、投げ入れられた。
入ってきた女の子は……間違えるはずもない。
生成りに変貌している女の子だ。
部屋に投げられた女の子はすぐに起き上がると、涙を流しながら扉にすがりついた。
「ママ! ママ!!」
泣き続ける女の子を守るように俺が前に出ると、勝手に部屋の扉が開く。
そこにいたのは、トレンチコートを着た影の男。
その足元にはクローゼットの前にあった女性の死体が転がっている。
そこで、俺はこの心象風景を理解した。
これは、こ・の・子・の・ト・ラ・ウ・マ・だ・。
それが再現されている!
「もう、大丈夫だよ。僕が守るから」
思わず俺の口をついて、そんな言葉がでてきた。
そして、同時にトレンチコートを着たモンスターを『導糸シルベイト』で捕縛。
彼女を安心させるように紡つむいだその言葉で、女の子は初めて俺の存在に気がついたようにきょとんとした目を向けてきて、
「……お兄ちゃん、だれ?」
「祓魔師だよ」
俺はそう言うと同時にモンスターをバラバラに刻んで、殺した。
その瞬間、ぶわっ! と、俺の意識が引き上げられて周囲の景色があやふやになっていくと――。
「イツキ! よくやった! 成功だ!!」
気がつけば、俺は父親に抱きかかえられていた。
「上手くいったの……?」
「あぁ。大成功だ! イツキのおかげで、この子は助かったんだ!」
俺が視線を動かすと、そこには紫色になっていたなんて夢と勘違いしてしまうほど、血色の良い女の子が眠っていた。