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えもう最高すぎて大好きです
相変わらずの文才よ
私は、ある駅のホームに足を止め、駅舎を仰ぐ。
此処で、何年待っただろう。
「もう、戻ってきていいんじゃない…?」
そう呟いて、私は貴方の名前を口にする
「…〝穂波〟」
数年前のことだ。
私___日野森志歩は、高校の同級生に怪我を負わせた。
その理由の一つが、〝穂波〟だった。
心優しい彼女は、自分が置かれている状況、
「いじめ」を見て見ぬふりをしようと、必死に生きていた。
それを私は、見過ごすことができなかった。
いじめの現場に割って入り、主犯の女子を引き剥がした。
その瞬間、その女子は吹っ飛んでいった。
全治2週間の怪我を追ったそいつはこう言い放った。
「あいつが全部悪いんだ!!!」
で、穂波はその責任を感じて転校したってわけで。
一体何処まで御人好しなんだろうか。
優しすぎるが故に、招いた悲劇。
いや違う。
悪いのは、私だね…。
まあ、そんな事はもう昔の話。
綺麗サッパリ忘れた訳ではないけれど、
いじらしく引きずるのはガラじゃない。
「逢いたいな」なんて気持ちをひた隠して数年。
私はもう、大学生になってしまった。
「あ、いたいた!」
「お〜い!しほちゃ〜んっ!!」
テンションの高い、可愛いらしい声が聞こえる。
私は、この声に聞き覚えがあった。
「咲希、それに…一歌も。」
「おはよう、志歩。」
星乃一歌と、天馬咲希。
私と穂波の、古くからの友達…いわば、幼馴染と言える間柄である。
幼稚園から大学まで。
ずっと一緒に育ってきた。
…ふたりも、穂波のことを____。
「しほちゃん、むずかしい顔してどーしたの?」
「え…?」
「ほら!その顔〜!!」
「別に、難しい顔なんか…、」
と言って弁明しようとする私と、絶対に逃がすまいと気構える咲希。
__その時、一歌が口を開き、こう言った。
「…また穂波のこと、考えてたんでしょ?」
突拍子もなく放たれたその言葉に、私も咲希も絶句する。
まさか、一歌からその言葉が発せられるなんて。
どちらかといえば、一歌は穂波のことに対して消極的だった。
『もう、彼女は戻ってこない』
そう思っているのが手に取るように伝わってきていたから、
今まで、一歌の前で穂波の話をすることはなかったのに。
まさか、本人の口からその名前が飛び出るだなんて____。
「い、いっちゃん、いま、なんて…、」
動揺した咲希は、生まれたての子鹿のように足を震わせながら、
舌足らずの赤ん坊のような口ぶりで、
今まさに聞きたいことを聞いてくれた。
「まさか、一歌からその話をするとは思わなかったから」
と、言葉を付け足しておく。
首がもげるぐらいの勢いで首を上下に動かす咲希を見て、
くすっと苦笑を漏らして、一歌は話し始めた。
「私ね、ずっと不安だったんだ」
そう溢す彼女は、いつもの輪とした佇まいからは見て取ることのできない寂しさを感じた。
「穂波が、此処を出て行って、会えなくなって」
「もう会えないんだと思うと、辛くって」
「穂波の話題、避けてたのはね」
そして少し言葉を止めた。
話すことを決心した瞳には、強い光が宿っていた。
「穂波のこと話すと、志歩が悲しくなっちゃうでしょ?」
「私が …悲しくなる…?」
問いかけられた声に、驚きつつも言葉を返す。
「私、分かってたんだ、」
「志歩がどれだけ、あの日の事を後悔してるのか」
「それから……どれだけ穂波のことが好きだったのか」
ああ、見抜かれてたんだ。
悔しいどころか、寧ろ恥ずかしい。
バレていないと思っていた自分が馬鹿みたいだ。
そう、私は_____。
「全部お見通しだね、」
「そうだよ、一歌」
私は一歌に同調するよう、目を伏せた。
「へっ!?ど、どういうことっ!?」
驚く咲希を嗜めながら、一歌は此方を向いた。
「ねえ、志歩」
「ん…?」
「あのね、________。」
夕焼けに包まれる空の下、私は一人、電車に乗り込んだ。
(……3つ先の駅、だったよね)
目的地はただ一つだけ。
別れ際に彼女が話してくれた、次の居場所。
其処に行く勇気をくれたのは、紛れもなく一歌だけど、
今回は私一人だけ。
ああ、この電車が3つ先に止まれば、
君にやっと会えるんだね。
今まで会わなかったのは、きっと臆病だったから。
…君なら、否定してくれるかな。
待っててね、
『穂波』