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決起式は、6月初めの全校朝礼の際に行われた。


『 これまで厳しく辛い練習に耐え、私たちは高校総体へと挑んでまいりました。

中でも栄えある全国大会への切符を手にした4つの部が、今ここに集結します…! 』


右京の声の裏で、ボクシング映画“ラッキー“のテーマが流れ始めると、体育館はにわかに活気づいた。


『 トップバッターはサッカー部!不敗のストライカー、永月灯里をキャプテンに、この宮丘学園に数々の伝説を作ってきてくれました。今年も堂々の!そして余裕綽々の!全国大会出場です…!!』


突き抜ける空のように真っ青なユニフォームを着て、サッカー部が入場する。


列の最前線で手を振る永月に、同級生や後輩の女子から競うように黄色い声が上がる。


『 続いてはバスケットボール部!関東大会は何と1回戦敗退。しかしそこで諦める宮丘ソウルではない…!敗者復活戦にて見事3位を獲得!全国大会への切符をリバウンドで勝ち取ってきました!』


背の高いバスケ部が在校生たちを見下ろす様に手を振る。


うち一人が体育館の入り口に頭をぶつけると、全校生徒から笑いが起こった。


『 女だって負けちゃあいない!命あるかぎりは恋せよ乙女!かかってこいや喧嘩上等!

チアリーダー部は、令和元年の創設からたった2年で、全国大会への出場権をもぎ取ってきました! 』


チアリーダー部は腰に手を突き、足先まで伸ばした独特の歩き方で入場してきた。


『 最後は柔道部。個人戦では50キロ級坂本、56キロ級上杉、100キロ超級で小島の3人が出場する他、男子団体戦での出場が決まっています!

関東大会で審査員賞を受賞した、美しい勝ち方にこだわって、まずは1本!とってきてください!』


柔道部が入場する。

と、床にも関わらず、主将が副将を投げ飛ばした。

体育館に受け身の派手な音が鳴り響き、感嘆の声が上がる。


『さあ、4団体、105名の精鋭たちがここに集まりました!』

右京が声を張り上げる。


『ピッチの真ん中で悔しさに泣いた日もあったでしょう!』

「サッカー部限定の言葉ですね」舞台脇の控室で清野が呆れる。


『諦めて試合終了になった日もあったでしょう…』

「え、それって…|ここ《エブリスタ》で言っても大丈夫…?」加恵が青くなる。


『♪ゆらりゆらめいて、そうよ私はダンシングドール!』

「…今の高校生が知らないような歌を歌うんじゃねえよ!」

諏訪が突っ込む。


『バシッと一本決めんかい!この痴れ者が…!』

「ーーだからそんな古い漫画……ん?……いや、違うぞ!台詞、微妙に違う!」

諏訪は頭を抱えた。


「なぁ……この脚本って―――」

「もちろん、会長の手作りです…」

清野が頷く。


『これまで頑張ってきた自分たちの力を信じ、悔いのないよう、思う存分戦ってきてください!私たちも宮丘学園一丸となって、勝利を願い応援します!さあ、皆さんご一緒に!』


右京が拳を握りしめて叫ぶ。


『グラブ・ザ・ビクトリー!!』

「グラブ・ザ・ビクトリー!!」


750人の声で体育館が震える。


『メイク・ザ・ヒストリー!!』

「メイク・ザ・ヒストリー!!」


体育館は大歓声と拍手に包まれた。


◇◇◇◇


「け。始まったな…」


2階のギャラリーの端から体育館を見下ろしながら、尾沢が舌打ちをした。

「ふける?バレないぜ?」


言うと蜂谷は手すりに肘を乗っけて笑った。

「ふけてもいいけど」


「―――いいけど?」


「ふけなくてもよくね?」


言いながら不敵な笑みを浮かべた。


「――まあ見てみようぜ。面白そうだ」


蜂谷の瞳には、赤い鉢巻を巻いて舞台の上でマイクを握る、右京の姿が映っていた。


◇◇◇◇◇


「なあ、会長ってさ」


サッカー部の副部長である今井が、顔を寄せてきた。


「なんであんなに、何でもできるわけ?」


永月はその言葉に吹き出しながら、バスケ部の出し物である“10人連続スリーポイントシュート“のトリを飾り、見事シュートして見せたかと思えば、ミニスカートを履いてチアリーダーのピラミッドの頂点に堂々と立ち、今はというと、柔道部が持ってきた畳の上で5人抜きに挑戦している右京を見つめた。


「おお、一本背負い。……マジか。巴投げまで…!」


サッカー部のみんなが腕組みをして生徒会長である右京を眺めている。


「……ほら。普通出来る?巴投げとか」


言われた永月も首を傾げながら微笑んだ。


「キャ―――!」


「会長―――!」


「右京様――――!」


胸の前で手を組み、柔道着姿の右京を見て黄色い声援を飛ばしている女子たちを見る。


「あらあら。いつのまにか。会長ってモテてるのね」

今井が笑う。


「これはもしかして宮丘学園の女子の人気を、永月からかっさらっていくかなー?」


「ははは。だとしたら、静かになっていいばっかりだね」


永月は彼に笑みを返すと、畳の中心で次は腰投げを決めている右京に視線を戻した。


「―――の、――さないよ…」


その声は女子生徒たちの歓声で聞こえなかった。

「え?」


今井が顔を寄せるが、永月は微笑むばかりで、もう口を開かなかった。


◆◆◆◆◆


ギャラリーの手すりに背中を付けて座り込んだ尾沢が欠伸を繰り返している。


「何が楽しいのかわかんねぇよ。こんなの|あいつ《右京》のワンマンショーだろ」


言いながら首を回している。


「えー、楽しいよ?」

蜂谷は手すりに肘をかけながら、柔道着に身を包んだ右京を見下ろした。


前の合わせ目がはだけ、白い胸元が見えている。


「見ろよ、ほっそ」


左右に綺麗に浮き上がる鎖骨のラインの下に、あばらの線が透けて見える。


「あいつ、着やせするタイプかと思いきや、本当に細いんだな……」


蜂谷は独り言のように呟いた。


「じゃあ、あのパワーはどっから来るんだ……?」


柄にもなく真剣な声に、尾沢も思わず振り返る。

――確かに、細い。


でもまさか本当に5人の本気の柔道部員を相手にしているわけではなく、これはショーなんだし、投げ方を習い、タイミングさえ合わせれば、部員たちは派手な音を立て、上手に転がってくれる。


そんな感心することでもないと思うのだが―――。


「ふわっ」

あまりに退屈でまた欠伸が出た。


「―――なあ、蜂谷。行こうぜ?」

立ち上がり伸びをする。


体育館の中心からは柔道部の畳は片付けられ、代わりにサッカー部員たちが並び、何やら劇を始めていた。


「馬鹿言うなよ。こっからが本番だ」


蜂谷はニヤニヤ笑いながら、体育館を見下ろしていた。


「ーーそんなくだらないアオハル見てる暇があったら、ちゃんと俺の話を聞けよ」


尾沢はその横顔に話しかけた。


「今度、Alpacaってバーでそこのオーナーのパーティーあるんだってよ」


「あれだろ。どこぞの組からハブられたって奴だろ。名前は知んねえけど」


蜂谷はサッカー部から目を離さないまま言った。


「俺、多川さんにお前も連れてくるように言われてんだよ」


「は?やだよ」


「そう言うなって」


尾沢がイラつかせたようにギャラリーの手すりを軽く蹴る。


「なんであの豚、俺に執着すんの?1回しか会ったことないのに」


蜂谷は、何やらウケているサッカー部の劇を見ながら目を細めた。


「知らねーよ。―――やっぱり……」


尾沢がふっと笑う。


「……お前のケツ、狙ってるんじゃね?」


「――――」


瞬間的に尾沢の胸倉を掴み上げていた。


「………冗談だって。熱くなんなよ……」


その殺気に、尾沢が口の端を引くつかせる。


「――――」


蜂谷は手を離すと、視線を体育館に戻した。



『勝つんだ、絶対!行くんだ、ワールドカップ!』


『勝ったものが、強いんだよ!』


『フィールドでの借りは……フィールドでしか返せないんだよ…!』



どこかで聞いたことのあるようなセリフが続く。

と、そのとき、



『あっちゃん!!』


ひときわ高い声が体育館に響き渡った。


「!!!!!」


全員が目を見開く中、セーラー服を着ておかっぱのウィッグを付け、新体操のリボンを持った右京が、舞台袖から姿を現した。


『あっちゃん…!!』


体育館の中心にいるボールを持った永月めがけて、軸を前に倒し、膝を直角に蹴り上げ、両手を指先までピンと伸ばしながら、完璧なフォームで駆けてくる。


「―――速い……」

「美しいフォーム」

「あの人、陸上もイケるな」

「でも、あんなにスカート振り乱して走る女子高生、いる…?」


その衝撃的なビジュアルに、体育館がざわつく。


「あれって、まさか――」

「――うん。そのまさかだろうな」


皆口々に言い合う。


彼は永月の真ん前に立つと、全く息を乱さないまま言った。


『あっちゃん……。賢子を、賢子を……!』


「言うぞ言うぞ…」

「てかそれって野球じゃね?」


オチがわかっているのに体育館は期待に包まれる。


『賢子を、国立競技場に連れてって!』


体育館には野球アニメ『ピッチ』のテーマが大音量で流れ出した。



「けっ。下らね」


いい加減付き合いきれなくなった尾沢がギャラリーの階段に足をかける。


「なあ蜂谷。ちゃんと考えと―――」


アリーナを見下ろす蜂谷の食い入るような目つきに、思わず足を止める。



「キャ―――!!!!!」

「ちょっとおおおおお!!!!」

「尊い――――!!!」



一瞬遅れて、体育館は女子の悲鳴に包まれた。


慌てて見下ろすと、アリーナの真ん中で、永月が右京を抱きしめ、キスをしていた。


◆◆◆◆


―――何が、起こった……?


”ピッチ”の音楽が鳴り響いているはずなのに、自分の心臓の音しか聞こえない。


750人の人間がいるはずなのに、永月しか視界に映らない。


確かに、貰った台本には「キス」とあった。

でもそれは当然、「振り」のはずだった。


それなのに、永月は自分を抱き寄せ、何の迷いもなくその唇を自分に合わせた。


「―――んん…っ」


今日だっていつもと変わらず朝練をした彼のジャージから、太陽の匂いがする。


砂の匂いもする。


そして―――。


永月の匂いが―――。


体の熱に温められた永月の匂いが―――。


脳髄まで流れ込んでくる。


―――まずい。


このままじゃ―――。


勃って――――。



ガンッ。


――すごい音がした。


体育館の後ろの方だ。

全員が驚いて振り返る。


しかし廊下に続く入り口も、外への出入り口も、階段を上がったギャラリーも無人だった。


音で我に返ったのか、やっと唇を離した永月が慌てて右京を見下ろす。


『ごめん、右京、つい…!』


『―――なんだ、ついって…!』


その言葉も胸に付けたピンマイクが拾い、体育館は笑いに包まれた。


BGMが切り替わる。


『♪And I ~will always love you~♪』


ホイットニーヒューストンの歌声が体育館に響き渡ると、慌てて抱き合った2人に、皆は再び拍手を送った。


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