セリア様の館──実際はレイの父上の館だが──の大広間に、温かな灯りがともる。
王宮での裁定を終えた俺たちは、そのまま夕食に招かれた。
「さあ、遠慮しないで食べなさい!今夜はあなたたちのための宴よ!」
セリア様──伯母上はご機嫌だった。
母上も隣で微笑んでいるが、時折こちらをじっと見つめてくる。
その横には——グレイ様がいた。
グレイ・フランベルク。
レイの父上であり、先代のフランベルク領主。
俺たちが王宮にいた時、グレイ様──伯父上もいたらしく、今日の晩餐に顔を出すべく、伯母上から使いを寄越されたらしい。
「久しぶりだな、カイル」
渋い声が響く。
レイと伯母上はあまり似ていないが、レイの全ては父親譲りなのだろう。
「お久しぶりです、伯父上」
俺がそう言うと、伯父上は目を細めた。
「なるほど……。本当にレイラに似てきたな」
「でしょ!?」
セリア伯母上が嬉しそうに声を弾ませる。
「もう小さい頃からそっくりだったのよ!だから、可愛くて可愛くて!」
「……いや、伯母上、今は可愛くないみたいな言い方」
「もちろん、今も可愛いわよ!でも、もっと大事にされなきゃダメよ!」
「いや、レイはちゃんと気にしてくれてるけど……」
そう言って俺の肩を抱き寄せる伯母上を、レイがじっと見つめている。
「……レイ?」
「……いや」
レイは小さく息を吐いた。
「今さら言っても遅いが、やはりもう少し俺の後ろに隠れているべきだったな」
「……それ、また言うのか」
俺が苦笑すると、伯父上が咳払いをした。
「さて、冗談はここまでにして……」
空気が少し引き締まる。
伯父上の表情が、ほんの少し険しくなった。
「隣国の動きが活発になってきていると話は聞いたな?」
その言葉に、俺もレイも表情を変える。
「ええ。大まかには。父上、詳しく聞かせてください」
レイが静かに問いかけると、伯父上はゆっくりと頷いた。
「王宮での裁定が終わる前後から、王都に紛れ込んでいる隣国の間者たちの動きが不穏だ」
「……やはり、まだ終わっていなかったか」
レイが低く呟く。
「当然だ。アランとアルベルトを切り捨てたことで、隣国がこのまま黙っているはずがない。それに、王宮内でもこの件に関して思惑を持つ者たちがいる」
「王宮内……?」
俺が眉をひそめると、伯父上はゆっくりとワインを口にした後、続けた。
「この国の貴族の中には、隣国と繋がりを持ち、内側から影響を与えようとしている者がいる。今回の件で表に出てきたのはエヴァンス家だけだったが……裏で動いている勢力は、まだいる」
「……つまり、王都にいる間も気を抜くな、ということですね」
レイが淡々とまとめる。
伯父上は頷いた。
「そういうことだ。私は明日、王宮内でさらに詳しく調査を進める。お前たちも気をつけろ」
「……俺たち?」
俺は思わず聞き返す。
伯父上は俺をじっと見た。
「カイル、お前はどうする?」
その問いかけに、一瞬言葉を失う。
「……どうする、って……」
「お前の身体のこともある。ここで安静にしているのも、一つの選択だ。だが、お前がもし“王都で何が起きているのかを知りたい”と思うなら……方法はある」
伯父上の目は、どこまでも鋭く、そして穏やかだった。
まるで「どんな選択をしても、お前の意志を尊重する」と言っているように。
「……」
俺は自分の腹に手を当てる。
俺の中には、今、新しい命がある。
その命を守ることが最優先。
でも——それだけじゃない。
王都がどうなっていくのか、フランベルクがどうなるのか。
俺にとっても、無関係ではない。
「……」
しばらく考えた後、俺はゆっくりと顔を上げた。
「……知りたいです」
その答えに、伯父上は満足そうに微笑んだ。
「そうか。なら——」
レイが俺の肩に手を置いた。
「俺も同行する」
「えっ」
「当然だ。お前を一人で動かすわけにはいかない」
レイの表情は、どこまでも冷静だった。
「カイル、お前は確かに無茶をしすぎだが……お前自身の意志で動くのなら、俺は止めない」
そう言って、レイは俺を真っ直ぐ見つめた。
「……ただし、俺の側から離れるな。あと休み休み動こう」
「……うん」
俺は少しだけ笑って頷いた。
こうして、俺は再び王都の動きに関わることを決めた。
——何が待ち受けているのか、まだわからない。
けれど、俺はもう逃げるつもりはなかった。
「絶対に無理をしては駄目よ」
それまで静かにしていた母上がそう言った。
俺は少しだけ肩を竦めて、頷いた。