ジリリリリ。ジリリリリリ。朝。
耳元でけたたましい音が聞こえ、目を覚ます。
るっさいな…。そう思い、俺は顔をしかめる。ったく、まだ8時だろ。
…ん?8時?
再び目覚まし時計へと視線を向ける。目覚まし時計は、何か文句かとでも言いたげに、ぴったりと8時を指している。
俺の顔が青ざめていく。
「やっべえ..、遅刻する..!」
やばい。やばい。やばいやばいやばい。
急いで制服に着替え、軽い朝食を口に含み、流れるような動きで玄関を飛び出した。
ああ、くそ、髪セットすんの忘れた。
今まで生きてきてこんなこと、一度も無かったのに。
自転車にまたがることも忘れ、俺は猛ダッシュで走っていた。
不幸中の幸いなのは、家から学校までの距離が近いことだろうか。
まるで少女漫画の第一話の主人公みたいだと、自嘲気味に苦笑いを浮かべた。
すると、皮肉なことに本当に少女漫画みたく、曲がり角から俺の学校の制服を着たやつとぶつかった。
「おわわわわ、さーせん!急いでいたもんでして、スミマセン…って、あり?待て、おま、薫流じゃねーか!」
俺は、あちゃー、と言いたいばかりに、手を額に当てる。
こいつはクラスメートの柴士健一だ。
健一と登校時間が被ったということは、やはり俺は随分と寝坊しちまったようだ。
そんな俺の気持ちは知ったこっちゃない健一は、いつも一人で登校するのが寂しいからか、好き放題喋りまくる。
「どうしたんだよ薫流~!珍しいな、こんな時間によぉ!なんかあったんなら相談乗るぜ?いや遅刻ぐらいで悩みはないか!ハハハハ!馬鹿だなぁ、オレ!なんだよ、お前もなんか話せよ!意外と誰かと語るのって楽しいぜ!オレだけ喋ってるとさ、独り言みたいになっちまうって!」
このままだと永遠に口を閉じなさそうだったので、俺はボソリと呟いた。
「髪セットすんの、忘れた」
すると健一はきょとんと目を丸くして何度か瞬きすると、ぺかー、と屈託のない笑顔を浮かべた。
「だいじょぶだって!言われるまで気付かなかったし!てか薫流んなこと気にすんのか?オレなんてたまに三日ぐらい髪洗わない日あるぜ!?」
「うげ、不潔」
「言ったな~!?お前が几帳面過ぎるだけだろ!!」
こいつは俺と同じ、魔力と呼ばれるものが使える特異中学校に通っている。
なんと信じられないことに、特異中の生徒以外ではこの世に一人も魔力を使えるやつがいないんだと、噂で聞いたことがある。もちろん、宛てにはしていないが。
何気なく前方に目を向けると、学校の校門が見えた。
たわいない会話を続けていたら、そんなこんなでいつの間にか学校に着いてしまった。
─こうして、今日もまた、俺たちの日常が始まる。
***
「なあなあ薫流、知ってるか?」
健一が得意そうに言った。
ここは特異中の中央廊下だ。
遅刻して堂々と教室に入るのも気まずいので、自然な流れでせっかくだしのんびり行こう、ということになった。
しばらくの間無言でただひたすら歩いていた俺達だったが、健一は、コツコツという足音以外一切音の無いこの空間に耐えられなかったのだろう。
「知ってるって、何を?」
「ははーん、どうやらまだお前は聞いてねーようだな。いいぜ、この機会に教えてやるよ」
余程の大ニュースなんだろうか。どうやら健一は俺の反応が楽しみで仕方ないようだ。
俺はため息まじりに言った。
「..もったいぶらずに教えろ」
健一が歯を見せてニッと笑う。真っ白な歯はキラッ、という効果音が聞こえてきそうなほど眩しい。
「実はな、今日ここに転校生が来るんだよ!」
..なんだ、たいしたことないじゃないか。期待して損した。そう思ったのが顔に出ていたのか、健一がむぅ、と頬を膨らませた。
「ただの転校生じゃねーの!ひょっとすると、いやひょっとしなくても、校内ナンバーワンの魔力のヤツだぜ、その転校生!」
俺の眉がピクリと動く。校内ナンバーワン? ああ、遂に俺の魔力格下げ貢献者現るってか。やめてくれよ。元々ないに等しい魔力..コンプレックスなんだから。もはや俺の魔力値蛙以下だよ。
「転校生は女子で、名前は確か、ええと..」
いや空気読めよ。バカか。いやアホか。
健一が眉間にしわを寄せ、腕を組み、額を人差し指でつつく。
そんな健一を横目に見ながら、俺はそろそろ時間がやばそうだな、と思い、うーうー唸っている健一ごと1年の教室へ引きずり込んだ。
ちなみにこの学校は全校生徒が60人にも満たないため、1学年1クラスしかない。
見慣れた教室のはずが、いつもとどこかが違う。
空気がいつもよりピリピリしている。
きっと、もうすぐその転校生とやらが来るので、みんなソワソワしているのであろう。
「えー、今日はですね、はい、この特異中1年に新たな生徒が加わります。あのえっと、皆さん仲良くしましょうね。..どうぞ」
何だかヤケに焦っている担任の猿山先生が説明(?)をした後、前側の扉の方に体を向け、お辞儀をする。
クラス全員の視線が扉に集まる。
凄まじい緊張感だ。
やがて、足音を立てずに一人の少女が姿を現した。
腰まである長い黒髪を揺らして、ゆっくりと、黒板の前に立つ。
前を向く。
さっきまで横を向いていてよく見えなかった瞳が、じっとこちらを見据える。その瞳は、この世に存在するものの中で一番黒いんじゃないかというほどに、黒かった。というか、暗い。漆黒というよりかは暗黒。ブラックホールを実際に見たことはないけれど、こんな感じなんだろうと思う。
少女がうっすらと口を開く。自己紹介をするのだろう。向こうも緊張しているのか、それともよく聞いておけ、というアピールなのか、大きく息を吸っているのが分かる。
..一瞬だけ俺に笑いかけたような気がしたのは、多分気のせいだ。
「─やっとあえたね、渋谷くん」
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