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ユリと俺との間に生じた、空間の亀裂。万物を飲み込み、飲み込んだ存在すら消滅させる亜空間。
亀裂は 規模を拡大して行き、周囲の魔石や書類を吸収する。そんな恐ろしく、不可解な亀裂にユリは触れてしまった。――― 否、触れられた。
肩から先を失ったユリはその場で倒れ、ピクリと動かなくなった。
俺は彼女に助けられ、命を救われた。
だから、今すぐにでも亀裂を越えてこの手で救いたい。助けなくちゃいけない。 例えこの四肢が消え去ってでも、存在すら残さず全て無に還ってでも……… けれど、今の俺は無力だ。
目の前に広がる亀裂が意気込む俺の心を破壊するかのように、地面の剥がれたタイルを飲み込んで行く。それに俺は――― 怖気付いている。
こんな無力で情弱な人間が魔術師?時計塔の人間がこの場に居たら俺は末代まで笑い者にされるだろう。
俺は自分でも、魔術師と名乗る資格があるのかと一度考えた事ある。いや、一度だけではない。何度も考えた。なんども考えた末に導き出した答えは ――― 違う、そうじゃない。俺が今やるべき事は ソレでは無い。考えろ、考えるんだ。何か答えが此処にあるはず………
「――― クラス”セイバー”、召喚に応じ参上致しました………マスター、指示を!!」
不可解な亀裂の正面に佇む一人のサーヴァント。
ソレは俺の指示を待つかのように、刀に手を添えて俺を黙って見つめ続ける。 このサーヴァントがどの時代から来た、どの様な英霊か分からない。だけど、 今は信じるしかない。
彼女の為に、集中しろ。
「……彼女は俺の恩人だ。魔術師すら名乗れない俺を救ってくれた恩人なんだ。だから、
――― 初仕事だ、”セイバー”。俺の役に立つと言う事を証明しろ」
「――― 御意。マスター、令呪による宝具の使用許可を。あの亜空間は私の宝具でしか斬れません」
「……っ良いだろう!!令呪を以て、我が英霊に命ずる !! 」
手の甲の刻印が深紅の輝きを放つ。
それは” 令呪 “と呼ばれ、 マスターの証 として聖杯戦争で不可欠な存在であり、自らの英霊に対しての 三回限りの絶対命令権 である。
そして、令呪は特別と言っても過言では無い程に貴重だ。 ここで使用すれば、今後の聖杯戦争で圧倒的不利になるだろう。
それでも、この場を乗り越える為には この方法しか残っていない。 彼女の持つ 宝具 がきっと、あの不可解な亀裂を消滅させる事が出来ると信じて。
「亜空間を斬り伏せ、彼女を連れてこの場から離脱せよ!!」
「――― 承った」
紅く光り続ける刻印からサーヴァントに向けて、力が伝達して行く。決して目に見えている訳では無いが、感覚でそう感じる。
力を貰い受けたサーヴァントは、命令を遂行する為に躍動する。可憐に、なにより契情に。
「――― 示現流・蜻蛉之太刀」
まるで水面の揺れを発生させない程、繊細に。 そして岩石を叩き斬る程、豪快に。 亜空間が刀の刀身を飲み込むより、斬られた圧で空気が動くよりも先に。
“セイバー”の刀が亀裂を縦に一刀両断する。
まさしく、鬼神のように。
斬られた亜空間は凄まじい音を立て、 一度瞬きした次の瞬間には、亀裂が物凄い速度で小さくなって行った。どんどん小さくなって行った亜空間は、成人男性の手の平サイズまで縮小。
そして、遂に亜空間の亀裂は完全に消滅した。
これで 一安心――― とそう簡単に行く訳も無く。
「な……っ!?」
ユリの元へ到着し、そのままユリを肩に担いだ”セイバー”が声を漏らす。
ユリの腕から消滅したはずの亜空間の亀裂が、再び発生していた。それは先程と比べればなんて事ない極小サイズだが、指二本を消し去る事が可能な危険状態だった。
幸いにも亀裂の拡大は停止しており、ユリの肩から先へ進む事は無さそうだった。
しかし、もし何かの拍子でコレに触れた途端。世にも恐ろしい事が起きてしまう。その対象がユリだったら。
この亜空間の亀裂が拡大を再開し始めたら、もし心臓や脳を消し去ったら。もしこの世界を無くすほどの規模になったら。もし聖杯戦争なんかどうでもいいと思うくらいの大規模被害が出てしまったら。もしユリがこのまま死んだら。もし、もしも、もし、もし、もし、もし、もし、もし―――
「マスター、落ち着いて下さい。そしてこの亜空間に決して触れないで下さい。 これは恐らく聖杯戦争に関係ある現象なので、聖杯戦争の監督役に対応してもらえるはずです」
「………”セイバー”。ユリはどうなる」
「………それは後で、今はマスターの命令通りこの場からの離脱を最優先となります」
“セイバー”は焦る俺を宥め、今にも崩壊しそうな地下の扉を蹴り飛ばした。 木の割れる音と同時に、地下の天井が崩落し始める。
土煙が地下への入口、ユリ家一階の倉庫に充満する。”セイバー”は抱えていたユリを降ろし、亜空間に触れないよう注意を払いながら、安否を確認する。
「………突然の出来事に気を失っただけです。生命に異常はありません、安心してください。マスター」
素早い確認と対応を魅せる”セイバー”を他所に、俺は未だに立て続けで起きていた現象についての理解が追いついていなかった。
だが、ユリの命に別状は無いと聞いた瞬間。俺は一安心して、疲れが一気にドッと来た。 その場で両手を後ろに着いて俺は腰を降ろす。
それを見たセイバーが何か言いたげな顔をしていた。なんだか、この状況をどこかで―――
「………マスター。彼女を直ぐにでも監督役の元へ送り届けたいのですが、少し時間をいただけませんか」
「………構わない 」
「お決まりの口上を言い忘れていました。これはマスターとサーヴァントの繋がりで一番大切な儀式のようなもの」
そう言って、”セイバー”は刀を鞘に仕舞い。俺の前で仁王立ち状態で告げる。それは原典の名台詞でもあり、全ての始まりを表す。
「――― 問おう、貴方が私のマスターか」
凛々しい顔で、俺のパートナーとなる英霊。”セイバー”が此方を見ている。
今思えば、この瞬間が終局点への始まりだったのかもしれない。 地獄にも似た、最悪な物語への。
そして俺はその時、運命に出会った。