「よし、それでは今から面接を始めまーす」
小野先輩は軽い口調で言う。僕らの前には机が二つ並んでて、豊本虹夏と名乗った子は椅子に座って緊張でガッチガチの顔を晒してる。肩まである黒い髪の毛を後ろでまとめてて、瞳はパッチリとした二重だが、全体的な印象でどこか野暮ったかった。
「よ、よろしくお、お願いします」
ぎこちなく礼をする。めちゃくちゃ緊張してるじゃん……。
「それじゃまず一個目。何でうちのクラシック部に入りたいの?ここみたいな幽霊部じゃなくてもう一つのクラシック部の方が良くない?」
一応あなた部長でしょ…。湿った視線を小野先輩に投げ掛けると、それに気付いた先輩はてへぺろ、と言わんばかりに舌を出した。
「えと…私は………」
話すのを躊躇うように視線を彷徨わせる。たっぷり数分は黙り込む。
「じゃあスキップして次行こっか。楽器何が弾ける?」
その質問に虹夏は目を輝かせる。
「弾けます!ピアノ!五歳くらいから習ってて」
「ふーん。じゃっ、弾いてみて」
「……はい?」
あぁこれ僕も入るときバイオリンで言われたわぁ……。虹夏は困惑しながらも先輩の説明を聞いている。そして音楽室の隅に置いてあるグランドピアノに向かい、椅子に腰掛ける。鍵盤に指を置き、自らを落ち着かせるように目を閉じて深呼吸を繰り返す。目蓋を開くと、スッと息を吸って曲を弾き始めた。
「彼女、英雄ポロネーズ弾くよ。イメージ無いでしょ」
いつの間にか僕の隣に戻って座ってる先輩が耳元で囁く。やがて彼女はピアノの鍵盤の上で指を滑らかに動かし始める。
ショパン作曲 英雄ポロネーズ
最初に重厚感のある音から始まり、まさに「華やか」と言う言葉がピッタリなメロディーに移り変わる。途中で暗めな旋律に変わる。この曲は英雄と詠っておきながらも、そう言うところが多い。
演奏が終わり、虹夏はふぅーと長く息を吐く。
「どうですか!?私の英雄ポロネーズ!」
僕らに捲し立てて聞いてくる。小野先輩はそれを無視し、目を閉じ考え込んでる様子だった。三分間もそうしてて、痺れを切らして口を開きかけたその時、先輩が先に口を開いた。
「演奏自体は上手い。メロディーもバッチリだし重音もしっかり出来てる」
虹夏はその言葉に顔を明るくする。先輩は「けど」と続けた。
「あなたには、色が無い」
虹夏はキョトンとした顔になる。言ってることが理解できない、と言う感じだ。僕も入部するときに似たような事言われた気がする。
「……色が無いって、どういう事ですか?」
「そのまんま。確かにあなたの演奏は完璧。でも、完璧なだけなの。よく音楽の界隈ではあるでしょ?オリジナリティーって。楽譜通りじゃなくて、あまり目立ちすぎないように自分の色を塗る。そうしてあなたの音楽は出来上がるの。例えば、青い胡蝶蘭は人工的に青色にしてるらしいよ。そういう感じで自分の色にする。凪くんはそれが出来るよ。ねぇ?」
急に話を振られ、曖昧に「まぁ……」と頷く。虹夏はと言うと、先輩の言葉がショックだったのか、俯いて肩を震わせてる。泣くのを我慢してるのが傍目にも分かった。
「分かりました……じゃあ私、入部やめさせて頂きます。お騒がせしました」
嗚咽混じりで健気にもお辞儀をする。そのまま扉に向かう。
「あっ、ちょっと待って」
先輩が虹夏を引き留める。彼女は先輩と僕のいる方を振り返る。
「私、オリジナリティーが無いとは言ったけど、入部しちゃ駄目とは言ってないよ?」
それに虹夏は「へ?」と間抜けな声を出す。
「あなたの演奏は凄かったから、それを伸ばしつつあなただけの色も作るの。それがこの部では出来るよ。凪くんも最初はただ楽譜通りだったもんね」
「僕の話は良いんですよ」
「じゃあ私は……クラシック部に入って良いんですか?」
声を震わせて虹夏は自分の事を指差す。
「もちろん。これからよろしくね。先生には言っておくからさ」
手をヒラヒラさせると、悪戯に成功したみたいな笑顔をする。僕はそれに釣られて微笑んだ。虹夏は満面の笑みを見せていた。
「……先輩、これからよろしくお願いします!」
虹夏はまた深く礼をした。張りのある声が音楽室にこだまする。窓の外からは、青い風が吹き込んでた。
次回へ続く
コメント
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ストーリーの進み方が自然でとっても面白いです!これからも頑張ってください!