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レイとのやり取りを通じて、この世界が『クレセント・ナイツ』と類似していることが判明した。
どうやら俺……というかこの身体の持ち主である『カイル』は半月ほど前に馬車での事故にあったらしい。
『カイル』は目覚めたようだが、そこからは起きたり意識を消失したりと夢現な状態が続き……先程、『俺』として目が覚めたようだ。
これ、俺がカイルじゃないことは言わないほうがいい気がする……変に混乱させそうだし。
何より、変に自分を主張して殺されでもしたら怖いわ……。というわけで、現状俺は『事故の衝撃で一時的な記憶喪失』というようなフリをしている。
まあ、うん。ここが実際にどんな世界かもよくわからない俺としては嘘も方便というやつだ。
そしてさらに話を聞いていくと、彼──レイとの「誓い」によって守られる立場になっているらしい。
……俺はあのゲームをそれなりにやりこんでいるが、そんな設定知らない。
「誓いとは……互いを深く結びつけるものだ」
彼の低い声が胸に響く。
推しキャラとして愛していたレイが、こんなに直接的な存在になるなんて──俺の頭が追いつかない。
しかし現実なんだよなぁ……。
レイの足元には、猫がその足に寄りかかるように座っている。時折俺を見上げるその瞳は、まるでこの場所に馴染んでいるかのようだった。
「レイ、この猫は……」
レイは猫に一瞬視線を向けると、静かにしゃがみ、そっと抱き上げた。そのまま立ち上がり、歩み寄りながら猫を俺に差し出した。
「お前に懐いていた……リリウムだ」
猫はすっと俺の腕に移り、まるで長年の友のように心地よさそうに収まった。その柔らかい感触がどこか懐かしさを思い出させる。
「朝食を用意させている……食堂へ行こう」
「朝食……」
「そうだ。外傷は魔法師が治したが……栄養は不可欠だろう?起きた時は食事をしていただが……大丈夫そうか?」
魔法師!そういえばそんなのもゲーム内に存在した!
ますますここがゲームの中だと実感する。
俺が過ごしていた場所だと医療技術は発展しているが、瞬時に怪我を治すとか無理だもんなぁ。
いろんな管がいっときはついていそうだが、そういうのもなく歩けたり暮らせたりするのはマジですごい。
あ、しかし事故ってもどうだったんだろう?レイはそこをあまり言わなかった。
どうにも事故=大怪我という構図が俺の中で成り立っている部分があるが、実際はそうでもなかったかもしれない。
「た、たぶん?ええと、事故はかなり……その、酷かったのか?」
俺が聞くと、レイは少し眉根を寄せて息を吐いた。
「かなり、な……」
それだけ告げて、レイは手を差し出して俺を促した。
その仕草にはどこか優しさが漂っているが、事故についてそれ以上の言及は出来なさそうだ。
思い出したくないのかな?とも思った。
俺はリリウムをそっと下ろし、その手を取ろうとした。
え、これ普通に手を繋ぐやつ?いやいや、ただのエスコートだろ……?
指先が触れると、レイの指がしっかり俺の手を包み込んでくる。
ん!?!?思ったよりガッツリ!?
「……痛むか?」
「い、いや、大丈夫っす!」
慌てて答えると、レイは少しだけ笑ったように見えた。
──あかん、この顔はずるい。推しがそんな優しい顔したら、オタクが爆発するぞ……!
心臓が爆速で鼓動を刻む中、俺はぎこちなくレイの後をついていく。
歩くたびに足音が響く石造りの廊下。壁には豪華なタペストリーや金属の燭台が並んでいた。燭台の揺れる光が石壁に反射して、まるで映画のワンシーンみたいな雰囲気だ。……いや、これどう見てもおとぎ話の世界だろ。もしくは映画のセット。
「こちらだ」
無駄な動き一つなく前を進むレイの背中。広い肩、すらりとした体格、そして腰に下げられた剣――。あまりに完璧すぎて、俺の目が勝手に釘付けになっている。
「おい、大丈夫なのか?」
「ひゃっ、す、すみません!今行きます!」
少し歩みが遅れて、半ば引きずられるようになっている俺を、レイが振り返り鋭い視線を向けてきた。俺は慌ててついていく。
やばいやばいやばい。意識したら余計に動けないのだが……!
──落ち着け、俺。これはただの推しとの日常イベントだ。
そう思い込もうとしても、心臓が爆発しそうなのはどうしようもなかった。
ふと、視線を感じた。
後ろを振り返るが、廊下には誰もいない。
気のせいだろうか。
……いや、さっきから微妙に誰かの気配が。
「どうした?」
レイが立ち止まる。
「い、いや、なんでもないっ」
誤魔化して前を向くが、背中がざわつく感覚は消えなかった。
……少し敏感になってるのかもしれないな……?
なんて思いつつしばらく歩くと、広い食堂に辿り着く。
長すぎるテーブルに椅子が並び、中央にはこれでもかと豪華な食事が並んでいる。
俺が座った席の前には、焼きたてのパンやスープ、キラキラと輝く果物が美しく盛り付けられていた。
「これ全部……俺に?」
「当然だ。お前の体調を気遣ったものだが、何か足りないものがありそうか?」
推しが俺のために!?
いや、違うか。推し自身が料理したわけじゃない。でも、それでも俺のために準備された食事だと聞くだけで、この場の酸素が薄く感じる。
「い、いただきます!」
そう言ってスープのスプーンを手に取る。
しかし、緊張で手が震え、スプーンから一滴のスープがテーブルに落ちた。
「……気をつけろ」
レイが呆れたように言いながらも、俺の手元にスッとナプキンを差し出してきた。その仕草がまた優雅で、俺の胸がトクンと鳴る。
「ご、ごめん!慣れてなくて……」
「慣れていない?」
レイの眉がわずかに動いた。
しまった。貴族社会でのマナーがバレたらまずい……!
でも俺、異世界育ちじゃなくて普通の社畜なんですよ!?と心の中で叫ぶ。
「いや、あの……その、緊張してて……!」
なんとか言い訳をひねり出すと、レイはわずかに目を細めた。そして、ふっと口元に微かな笑みを浮かべる。
「俺の前でそんなに緊張する必要はない。お前は俺の妻なのだから」
……また出た、妻発言!!
「えっと、その、『妻』って……どういうこと?」
「どういうことも何も、お前が俺の妻であることに変わりはない。誓いは、覚えていない……か」
「誓い……?」
レイは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに穏やかな顔に戻った。
「まあ、仕方がない。今は」
「う、うん……」
曖昧に頷きながら、俺は目の前のスープを一口すする。
味は……さすが、美味すぎる。
「もっと食べろ。お前には栄養も休養も必要だ」
「……はい、ありがとうございます」
推しに気遣われながら食事をするという尊すぎる体験に、謎の設定に対する疑念も一時的に霧散してしまう俺だった。