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少年死刑囚69

【第53話】さよなら大好きな人

53

103

2022年09月17日

#ホラー#グロテスク#殺人

「これ以上、お話しすることはありません」

晴人(はると)の母親が、水鶏(くいな)を一瞥もせず病室の扉を開く。

心労で痩せ細った彼女の華奢な肩は、

水鶏の存在そのものを拒むように震えていた。

「…諏訪(すわ)さん」

これ以上のやり取りは余計なトラブルを呼び込む。

そう判断した水鶏は言葉を飲み込み、

廊下に向かって歩き出した。

だが――。

「これを、晴人くんに」

水鶏は病室を出る間際にベッドで眠る晴人を振り返り、

備え付けの簡素なキャビネットの上に、

燕の石印が押された封筒を置いた。

「やめてください、晴人は…」

晴人の母親が水鶏の動きを制すように手を伸ばす。

だが、水鶏は真っすぐに彼女を見つめた。

「今は読めないかもしれません…。

ですが、いつか読める日が来た時に、目を通して欲しいんです」

強い意志を含んだ水鶏の声が、母親の反論を封じる。

やがて仕方ないといった様子で母親は頷き、封筒に手を伸ばした。

「晴人くんが一日も早く回復されることを、心から祈っています…」

去り際、晴人に視線を投げかけた水鶏は、

晴人が眠るベッドから離れることを惜しむように、

病室を後にするのだった。

「晴人…柑奈(かんな)、京介(きょうすけ)。私を残して行かないで…」

涙交じりの声で呟き、両手を組む。

瞬間、水鶏から受け取った封筒が、

クシャリと音を立てた。

「…晴人。あなたの身に何が…」

気づけば彼女は、封筒から数枚の便箋を取り出していた。

「あの晩、店のバットを持ち出して、いったい何をしようとしていたの?」

返事を求めるように便箋をそっと開く。

そこには失われた空白の時間と、

あるひとりの少女の物語が克明に記されていた。


「…諏訪さん、ありがとう。私…生きる、生きたいから。

だから、応援してください」

父親から酷い虐待を受けていた少女、

鴫 鶫(しぎ つぐみ)を守る為に奔走し、

少女の実父である警察幹部に重傷を負わされた我が子。

警察の公式発表とは異なる報告の最後は、

こんな一文で締めくくられていた。

世界是残酷的(シィジィシィカンクゥダ)。

世界は残酷だ。

日本の司法が終わる時も近い。


「起きて、晴人。母さんに教えて…。

ここに書かれていることは本当なの?」

僅かに開いた窓から風が吹き込み、

晴人の柔らかな髪を撫でる。

今にも目覚め――。

「母さん、心配かけてごめん…」

そう返しそうな息子の頬に優しく触れたあと、

母親は便箋を封筒に戻し、

枕元にそっと置くのだった。

しかし、1週間経とうが1ヶ月経とうが――。

晴人が母の問いかけに、答えることはなかった。

それから時は流れ――。

父の仇を討つ為に銀行を襲撃した累(るい)が少年死刑囚になり、

あとりや鶫にも更生プログラム送致が言い渡された、ある日の晩。

ふたりの客が闇夜に紛れて、晴人の病室に忍び込んでいた。

「よう…晴人。邪魔するぜ」

「師匠、なに無駄なことしてるの?晴人は返事なんてしないよ。

だって、もう壊れちゃってるんだから」

ひとりは、累とあとりを犯罪者に育て上げた燕姿(イェンツー)。

そして、もうひとりは晴人の双子の兄、京介だった。

「ったく、お前は素っ気ねぇ野郎だな。晴人とは長らく会ってないんだろ?」

「…そうだね。柑奈を殺したクソガキ共と、その親をミンチにして、

父さんと母さんが…離婚して以来かな」

「だったらハグぐらいしてやれよ。お前が無茶したせいで、

コイツはコイツで苦労してんだからよぉ」

「お断りだね。俺は中途半端なヤツが嫌いなんだ」

「中途半端?それって、もしかして…晴人が鴫 鶫を、

守れなかったことを言ってんのか?」

「うん。半端に手助けして半端な結果に終わった。

そういうの…全部、無駄じゃない?」

感情で動く人間ではなく、論理的に動く機械。

表情と声の抑揚がない京介は、

古いSF映画に登場するアンドロイドよりも無感情に見えた。

「晴人、お前が助けようとした子は、

明日…更生プログラムを受けるんだって。

でも、助からないだろうね。死ぬだろうね。無残に…」

「おい、意地悪はそのへんにしてやれよ。

オレ達の目的は、晴人をコッチ側に引きずり込むことだろ?」

「知ってるよ。だから、説得してる」

「お前のは説得っつーか…拷問みてぇなんだよ」

「無駄を省いてるだけ」

京介はそっけない返事をして、ベッドに横たわる晴人の顔を覗き込んだ。

その光景は、表と裏を写し出す合わせ鏡を彷彿とさせた。

「師匠が瀕死のお前を助けた理由は、司法と戦う少年少女を集めるためだ。

お前も、いい加減分かっただろう?この国の司法は間違いだらけだってことに」

「つーわけで…さっさと起きろ。で、おっぱじめようぜ。司法をぶっ壊す戦いを」

当然、返事はない。

だが何かを感じ取ったのか、京介と燕姿は視線を交わらせ、

病室に入ってきた時と同じように、すぅっと闇にとけた。

そして、その翌日――。

京介が話したように更生プログラムが執行され、

夕闇が迫る頃、鴫 鶫は死臭に満ちたトンネルで最後の時を迎えた。

「ねぇ、晴人…あなたに手紙が届いてるわよ。

ええっと、差出人は最高裁判所だって」

息子が元気だった頃と変わらず接する。

それが晴人の母親の日課となっていた。

この日も更生プログラムに関する新聞記事を読み上げた後、

晴人宛に届いた手紙を開封し、その内容を読み聞かせていた。

「少年裁判員候補者名簿への記載のお知らせ?

これ…前に大瑠璃さんが話していた、

少年裁判員制度の裁判員に選ばれたってことかしら?」

晴人の母親は眉根を寄せながら、ベッドに眠る晴人に視線を向けた。

その瞬間――。

「そうか…キミは最後まで頑張ったんだね」

昏睡状態に陥っていたことがまるで嘘だったかのように、

晴人は唐突に眠りから目覚め、窓の向こう――。

奥多摩と繋がる夕空に視線を投げた。

「晴人…あなた」

非現実的な光景を目の当たりにし、母親は息を飲んだ。

だが、すぐに表情を引き締めナースステーション目指して駆け出した。

「すみません!誰か先生を!」

廊下に飛び出す母親を視界の端にとらえながら、

晴人は自分が酷く心配をかけていたことと、

鶫がもういないことを不思議と理解し、そっと涙を流した。

「鶫ちゃん…俺はキミの分も生きるよ。だから…応援してて」

そして吸い寄せられるように、

最高裁判所から届いた手紙を掴み取り、

鶫と同じ境遇の子を生み出さないために、

少年裁判員裁判に挑むことを胸に誓うのだった。

少年死刑囚69

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