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自分を留置所の独房から連れていくのは刑務官であるはずだった。
自分が連れていかれるのは、絞首台であるはずだった。
それなのになぜかブレザーの制服に着替えされられた自分を連れ出したのは、袖にチョークの粉が付いたくたびれた背広を着た男だった。
さらに自分が連れていかれたのは、1-3と書かれた部屋だった。
「――教室……?」
青木浩一(あおきこういち)はキョトンと目を見開きながら、扉に貼られた座席表を見た。
5×5に並べられた25個の机。
自分の席は窓際から2番目の後ろだ。
「どうなってるんだ……」
そのとき、後ろから来た男がドンとぶつかってきた。
「邪魔」
髪の毛が赤くて背が高い。
耳に光るたくさんのピアス。
線は細いが肩幅はある。
がっちりした肩に通学鞄をつっかけ、男はこちらを見下ろすと、軽く睨んだ。
ブレザーの胸には【赤羽】と書かれたネームをつけている。
「す、すんません」
青木が避けると、男は軽く席順をのぞき込んでから教室に入っていった。
(不愛想なやっちゃなー)
青木は前を通過していく男を尚も睨みながら、それでも男子ばかりの教室を見回した。
(……男子高みたいだな)
みんな大人しく席に着き、話している奴らもいるが隣や前後の奴らと雑談を交わす程度だ。
黒板には見事なチョークアートで「入学おめでとう!!」と書いてある。
(入学?そんなの俺、去年終わってんだけど)
青木は首を傾げながら、最後列に座った。
隣りの席で足を投げ出して座っている赤羽と目が合う。
(げ。こいつの隣かよ)
胸の内で悪態をつきかけて、はっと顔を上げる。
(いやいや、なに和んでんだよ!留置所は?刑務官は?死刑はどうなったんだよ?)
『あーあーあー。ただいまマイクのテスト中』
そのとき、キョロキョロとあたりを見回す青木の耳に、低い声が響いてきた。
『ようこそ。親愛なる死刑囚諸君』
「なっ……!!」
驚いて声を上げた青木を、クラスメイトの数人が振り返った。
『おっと。自然にしていてくれよ。この声は、諸君以外は聞こえない。もし一般生徒にバレたら、その時点で君たちの命は消える』
青木は眉間に皺を寄せた。
他の生徒たちは、つい数十秒前と何も変わらぬ姿でそこにある。
(なんだこの声。どこから聞こえるんだ?)
『この声は、君たちが留置所に入るときに耳の下に入れられたICチップを通じて骨伝導で流している。よって、君たち囚人以外には聞こえない』
「…………」
言われてみれば脳に直接響くような声に、青木は耳を澄ませた。
(――てか、君たち?俺のほかにも囚人が紛れてるってことか?)
青木はクラスメイトを見回した。
雑談をしている奴ら以外は、皆退屈そうにスマートフォンを弄っているか、頬杖をついて待っているため、見分けがつかない。
謎の声は続く。
『さて。君たちを絞首台ではなくこんなところに連れて来たのには理由がある』
(理由……?)
『ここである人体実験をするためだ』
男は言い終わると、高らかに笑った。
『実はここは表向きは高校だが、数々の心理実験が行われてきた研究所でもあるんだ』
男の一方的な説明は続く。
『実験に使われるのは、死刑囚が多い。なかには命を落とすような危険な実験もあるからね』
と、隣に座っていた赤羽が、ガシガシと頭を掻いた。
(もしかしてこの男も死刑囚?確かに何人か殺してそうな顔はしてるが……)
青木が振り返ると、赤羽は、
「何見てんだよ。てめえ」と凄んだ。
(どっちにしろ関わらないのがベストだ…!)
青木は耳からの振動に集中すべく、頬杖をついた。
『君たち囚人の数は、全部で7人』
(……7人)
青木はクラスメイトに素早く目を走らせた。
自分のほかに6人、死刑囚が混じっているということだ。
『誰かは気になるところだろうけど、今はこの実験のテーマだけお伝えしとくね』
高いような低いような、太いような細いような、男の不思議な声が続く。
(……は?)
青木は両目と口を同時にポカンと開け放った。
『空耳じゃないよ?BLすなわちボーイズラブ!』
男は笑った。
『BLといったら今や社会現象。もはや腐女子であるのは当たり前。コンビニにBL本が並び、本屋の直木賞コーナーの脇にオメガバースの漫画が平積みされる時代。
つまり、BLを制する者が、社会を制するといっても過言ではない時代に突入したってこと!』
(――いや、何言ってんだ、こいつ)
おおよそふざけているとしか思えない演説に、青木が呆れていると、男はひと際大きな声を上げた。
『今回のテーマはずばり!リアルな男子校で、意図的にBLの世界を展開できるのか!』
「………」
青木はそこから聞こえてきているわけではないのに、黒板の上部にある校内放送用のスピーカーを睨んだ。
『これは君たちに課せられたミッションであり、死刑を回避する唯一の方法だ』
(……は!?)
青木は思わず立ち上がった。
(回避?今、死刑を回避するって言ったのか?)
『――生き残りたかったら、それこそ死ぬ気で参加するんだな』
男が妙に低い声を出したその時、
「やっば!!」
ガラガラと大きな音を立てて、後方の扉が開け放たれた。
「入学式なのに寝坊しちゃった……!」
24人の男が一斉に振り返る。
そこには金色の髪の毛をかき上げた美少年が立っていた。
『――1年3組、白鳥結弦(しらとりゆづる)。彼がこの作品の主人公だ』
男の声が響く。
「…………!」
青木は金髪の彼を凝視した。
(彼を死ぬ気で落とせだ……?どういうことだ!)
『ルールは簡単!彼の心と身体を落とした人間ひとりを、無罪で解放してやるって言ってるんだよ』
男は笑った。
(無罪で?マジかよ!!)
青木はそれこそ自分が笑い出しそうなのを必死で隠した。
『さあどうする。やる?やらない?』
(もう人生終わりだと思ってたけど、これならワンチャンあるってことじゃん!挑戦しないわけねえだろ!)
青木は拳を握りしめた。
『だよねえ!じゃあ今からミッションスタート!宿舎は校舎裏の寮を使え。3日ごとにジャッジをしていくから、そのつもりで』
(ジャッジ……?なんのことだ?)
青木が目を見開いたところで、
『じゃあな、死刑囚諸君!健闘を祈る!』
男の声はブツンッ!という不快音を最後に聞こえなくなった。
「ええと。席はここ……かな?」
金髪の少年が、赤羽とは逆の隣の席に鞄をドンと置いた。
――窓際。
つまり、彼にとって隣の席は自分だけ。
(やっば。これチャンスなんじゃねえの……?)
「俺、白鳥!白鳥結弦。君は?」
「――あ、青木浩一」
「青木だね!よろしく!」
「…………」
白鳥の容姿が美少年と形容するのに相応しいほど、抜群にいいからだろうか。
それとも彼が自分の命の行く末を握っているからだろうか。
「よ……よろしく」
青木には本当に、白鳥の背中から天使の羽が生えているように見えた。