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ふわふわのオムレツに、そっとお箸の先を入れた。
半熟の部分がじわりと白いお皿の上に溢れて横に添えてあったケチャップの赤と混ざる。
あれ?と思った。
私はこれをどうするつもりだろう。
動きの止まった私に、ママが言う
「どうしたの?多鶴。殻でも入ってた?」
私はううんと首を横に振る。
「殻は入っていないよ。ただ…」
「ただ、なによ?」
「…私これを食べようとしたみたいだから、あれ?って思って」
ママがお化粧する前の薄い眉をきゅっと引き寄せながら「は?」と言う。
「何言ってるのよ、多鶴。ママ意味分かんないんだけど」
「えっどうして?」
「どうしてって…ちょっと、やだ、多鶴寝ぼけてるの? 」
「寝ぼけてないよ。だから、今私ね、これを食べようとしたの。おかしいでしょそんなの 」
ママの顔つきが変わった。
「ねぇ多鶴。おかしなこというのはやめて。あなた今、朝ごはんを食べてるのそれの何がおかしいの何もおかしくないでしょ? 」
朝ごはん。
私が?
どうして私が、そんな物を食べなくちゃいけないの?
「食べる必要なんかないのに…」
私がぼそりとつぶやいた一言に、ママがまた「は?」と言った。
眉間のしわが、さっきよりずっと深くなっている。
「ねぇいっちゃん多鶴がわけわかんないこと言ってるんだけど」
ママはとうとう、久しぶりに泊まりにきてリビングのソファでぐったりしていた〈いっちゃんさん〉に、声をかけてしまった。
私はあわてて食卓から離れる。
「ママ、残してごめんね。ごちそうさま 」
ほとんど手を付けていない朝食をそのままにして、私は逃げるようにダイニングから廊下へと出てしまう。
「ちょっと多鶴!た— ちゃんっ。どうしてこんなに残すのよ。食欲ないの?だったらちゃんといってよもうっ」
ママが〈いっちゃんさん〉と何を話してもいいけど、私のことを勝手に話すのわやめてほしかった。
私は 〈いっちゃんさん〉を好きでも嫌いでもないけどママが〈いっちゃんさん〉に私のことを話したり、それに対して〈いっちゃんさん〉何か答えているのを聞くと、頭の中がか—っとなる。か—っとなった頭の中で、やめてお願いやめてって声に出せない声で叫んでしまう。
廊下においてあった通学バックをさっと肩にかけると、「行ってきまーす」とダイニングにいるママに声をかけてから私は玄関のドアを開た。急いで外にからだ出を出してしまってから、後ろでドアを閉める。
ほっとした途端ため息が出た。
私はおかしなこと言ったつもりはないのだけれど、ママがあれだけイライラしていたのだからきっと何かおかしなことを言ったんだと思う。
こういう時は、喋らないほうがいいんだって、最近分かってきた。
噛み合わないまま喋り続けても余計にこじれるだけ。余計にママをいらだたせるだけ。
それに、前は私のことはなんでもままにしっておいてもらいたかったけど、今はもうそんなふうに思えなくなった。
私とママだけの秘密はもう存在しない。
通学途中で私は決まって近所のスーパーの前を通る。
スーパーの広い駐車場のはしっこで、ほっぺたをもぐもぐさせているまるちゃんを探すのが毎朝の習慣だった。
あ、いた。まるちゃん。
「お、きたな、たづ」
丸嶋羽津実くん。
それがまるちゃんの名前なのだけど、〈はずみ〉と呼ぶ人は、うちの中学校には一人もいない。
「顔色悪いな。体調良くないの?」
まるちゃんが私の顔をのぞき込んでくる
「ううん。大丈夫」
「そうか。ならいいんだけど」
「あ、でもね」
「うん」
今朝おかしなことがあったんだよ、といいかけて、やめる
「やっぱり、何でもない」
「言いかけてとまんなよ」
「ごめん。でも、本当になんにもないの」
まるちゃんは私に対してちょっと過保護。
「じゃあ、行くね」
「おう、またな」
「うん、また 」
小学生の頃、私が男子からいじめられてるの見て、まるちゃんが助けてくれたのがきっかけだった。
男の子と話すのが苦手な私でも、まるちゃんとは普通に話すことができた。
そうして、私とまるちゃんは〈丸嶋くんと鈴木多鶴〉から、〈まるちゃんとたづ〉の関係になった。
そんな毎日もあと一週間ほどで終わってしまうのだけど。