あれから、何日が経っただろうか。車の隙間からひんやりとした空気が流れ込んでくるようになった。外の景色は見えないけれど、朝か夜かは分かる。でも、恐らく山にでも入ったのだろう。ずっと暗い日が続いたせいで体内時計が狂ってしまった。
「ねぇ」
「どこに向かっているの?」
「‥‥‥」
話しかけても反応ひとつ返ってはこない。居るのかすら怪しくなる程だ。少なくとも、あめりか、お迎えに来た人、の計二人は居るはずなのだが‥。
後部座席と前の席の間には壁があり、そこにも黒い布がかかっていた。
まともに喋ってもいない、周りが黒い布で閉ざされた狭く暗い車の中、どこに行っているのかも分からない。寂しさと恐怖でどうにかなってしまいそうだった。
そこからまたさらに数日。
何もする事がないし、気持ちを紛らわせる為にもずっと眠っていたのだがそれも出来なくなった。耐え難いほどの寒さで。
必死に身を寄せても体の震えは収まらない。
冬が来たのだろうか?
いや、違う。あそこにいたときはまだ秋だった。それにここまで急激に寒くなることは無いだろうし。
もしかしたら、北に向かっているのかもしれない。東北地方は、たとえ秋でも冬のような寒さがくるらしい。
私は、不幸中の幸い、記憶を無くしていると言っても、世間一般と基礎知識は失っていないようだ。まあ、自身に関する事は何ひとつ覚えてはいないが。
寒い。
そろそろ掛け布団か何か無ければ凍え死んでしまう。足や指の先の感覚がないしうまく動かせない。
寒い。寒いよ。
その日は突然やってきた。ついに、目的地に到着したらしい。
どこに着くのか心配だった気持ちはどこへやら、今はいち早く暖かい所に行きたかった。
「もう出てきて良いぞ。」
ドアが開き、外の光が煌々と輝いているのが目に入る。久方ぶりの太陽の光に、眩しくて目が窄まる。
空気はピリピリと冷たかったが、太陽はぽかぽかと暖かかった。
「とりあえず家に入るぞ。寒くて仕方がない。」
目の前には、思わず息を呑むほどに大きな家が建っていた。西洋風の見た目でまだ新しいように見えた。
中に入ると暖かい空気に満たされていて、指先の寒さがじんわりと溶けて行くのが分かった。
外観は新しいと思ったが、中に入ると印象が随分と変わった。
もっと煌びやかで豪勢な内装を考えていたが、意外にもそんな事は無かった。
美術品もあるにはあるが少ないし、別に宝石が施されている訳でもない質素な物だった。だが、見惚れるほど美しい絵画ばかりだった。
特に気になるのは、机にとっ散らかった地図や本。古いものから新しい物まであった。
恐らく、日本地図と、歴史書に、戸籍表?何に使ったのだろうか。
普通に見れば、少しお金持ちの広い家という感じなのだか、違和感があった。
ほぼ全てのものが古いのだ。ホコリをかぶっていたり、汚れやほつれがあったりした。
元々あった古い家を、外装だけ新しくしたのだろうか。
悩んでもよく分からない。
「まぁ、一旦座れよ。」
「ぁ、わ、かりました。」
あめりか、に言われ机を挟んだ位置にあるソファに腰をかけた。
驚くほどに柔らかかった。車の椅子は木のように固かったから尚更。
あめりか、と向かい合い顔をみると、今更ながらに顔がいいことに気がつく。
サラサラな黄金の色をした髪に、碧色の瞳、整った顔立ちは誰であれ見惚れてしまう程だ。
「お前の事なんだがな、良いイシャを知ってるんだ。」
「あと、2、3日で来るらしいから安心しろ!」
明るい声色で笑顔に話してくれるが、白衣の人とはまた違う作り物のような感じがした。本当に、些細な違和感だった。
「ぁ、ありが、ございます。」
「じゃあ、俺は部屋にいるから。」
そう言って、部屋を出て行こうとする、あめりか、を慌てて呼び止めた。
「なんだ?」
今さっきの声より、少し重厚感のある突き放すような冷たい声に、緊張感が走った。
「あ、あの、えっと私は何をすれば良いですか?」
「‥‥2階に空き部屋があるから、そこをお前の部屋にして良いぞ。」
言い終わると、そそくさと部屋に入っていった。
いまいち、あめりか、という人物が分からない。何を考えて、行動をしているのか掴めない。
車の中寒いのを放置したり、いきなり優しくしたり、次は投げやりになったり。
挙動不審というか、なんというか。
でも、優しくしている時は、驚くくらいに甘く落ち着く人柄だった。
そんなことを考えながら、言われた部屋に行った。
そこは、本当に何も無かった。家具がない、あるとすれば小さな窓。
広い家のはずなのに狭く窮屈な場所だった。
でも、車の中に比べたら天国のような場所だ。暖かいし、外も見える。
やっと落ち着いて、窓から外を覗いた。ここはどこなのだろう、と。
「ぇ」
見た途端、恐怖と孤独感に襲われた。
ここは山の中だ。近くには、人っこ一人いない山奥。それだけではない。見える部分だけでも、家の周り全てが柵で囲われている。
恐らく動物対策ではない。明らかに高いし、かえしがこちら側にある。きっと、人間用だ。
逃げられない。
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斗環です‼︎え〜、週一、ニとか言っといてあげなくてすみません。♡やフォローしてくれる方ありがとうございます!!表紙の絵は、ちょっと思うところがあったので書き直し中です。 前回の奴が、ちょっと深夜テンションでやったので全然進まなくて‥ 次か次の次くらいでアメリカ視点に一時的になります。