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頭を深く下げた老人を前にして、俺はしばらく言葉を失った。
だってこんなに歳が離れた相手に頭を下げられた経験なんて俺にはない。
前世も現世も含めてだ。
生まれてはじめての経験だったし、小学生相手に頭を下げる相手に投げかける言葉も見つからなかった。
だから俺は言葉を失っていたのだが、代わりに隣にいたニーナちゃんが口を開いた。
「それって、依頼ってこと?」
「依頼……。あ、あぁ。そうだ。そういうことになるかな」
ニーナちゃんの問いかけに、老人はうろたえながらも頷く。
頷いてから、言葉を選ぶようにして語りだした。
「最近、私の会社の名前を使って変な商・品・がお客様の家庭に届けられていてね……。最初は詐欺を疑ったのだが、どうにもそういうわけでもないらしい」
「商品?」
次に問い返したのは俺。
『私の会社』というくらいだからこのおじいさんは会社の社長か何かだろう。
その会社の名前を使って悪事が働かれているというのであれば、頼るべきは祓魔師じゃなくて警察だと思う。思うのだが、変な商品というのが気にかかったのだ。
「自己紹介がまだだったな。ちょっと待ってくれ。私は……こういうものでね」
そう言いながら手渡されたのは老人の名刺。
名刺を貰うのは現世に来て初めて。
前世ぶりだったので、ちょっと懐かしい気持ちになりながらそれを受け取る。
そして目をそこに走らせると『ダイワ健康食品株式会社 代表取締役社長 細井大和』と書いてある。あとは会社の住所と電話番号。そしてメールアドレス。
何も変なところは無い。
普通の名刺だ。
てかこの名刺に大和って書いてあるけど読み方はヤマトさんなのかな。
人名だし、流石にこれでダイワとは読まないだろう。多分。
「健康食品を作っている会社でね。健康食品というと……どう説明したものか。君たちのおじいちゃんやおばあちゃんが酵母や青汁を飲んでいたりしないか? ああいう商品を作って販売しているんだ」
「グランマおばあちゃんもグランパおじいちゃんも会ったこと無いわ」
「そ、そうか。すまない」
ニーナちゃんの鋭いツッコみにタジタジになる細井さん。
俺もこっちじゃ祖父祖母には出会ったことない。
仏壇の遺影の列の中にいるんだと勝手に思っているんだが、それは聞けていない。
俺の中で、遺影について聞くのはタブーになっているからだ。
というのもあの仏壇には、俺が生まれた時からずっと赤ちゃんの遺影が置かれていて……俺はその赤ちゃんこそ、こっちでの兄か姉だったんじゃないかと思っている。まだ幼い内に『魔喰い』に耐えきれずに死んでしまったんじゃないかと。
だから、遺影に誰が映っているのかは未だに聞けていないのだ。
ただ祖父祖母に今まで一度も会ったことが無いから、そういうことだとは思っているが。
「それで変な商品がどうしたの?」
「うちの会社は商品を直接お客様にお送りするんだが……そのお客様から『頼んでいない商品が届いた』というクレームが来たのだ。それをこちらに送ってもらったんだが……こういう見た目の商品でね」
そう言って細井さんが取り出したのはタブレット。
しかも、結構使いこなしているのかスムーズに画面をスライドしながら、パッケージを見せてくれた。
多分、元は青汁を売っている箱のデザインなのだろう。
前世で働いていた印刷会社で似たような商品のパッケージを担当したことがあるから知っているが、こういうのは自然由来であることをアピールするために緑を全面に押し出したデザインになる。
だが、細井さんから見せられたパッケージのデザインは、むしろその逆。
全部が真っ赤だった。
ガラスのコップに入っている液体も、唐辛子を溶かしたような赤。
健康食品のパッケージにこんなデザインを使おうものなら、まともな商品じゃないと思われそうだ。だが、パッケージの色使いとは打って変わって、箱には大きく黒い文字で、
『取り戻せ、10代の輝き!』
と、こっちは健康食品っぽいキャッチコピーが踊っていた。
正直、これだけ見ても売り方を間違えた健康食品にしか見えない。
まぁ、変な商品といえば変な商品だな……と思ったので、細井さんに尋ねた。
「これがどうしたんですか?」
「こんなもの、うちの会社で作っていないんだ」
「うん。……うん?」
「やけに凝ったパッケージだから最初は……新人が色の発注をミスしたのだろうと思ったのだが、会社の誰に聞いてもこんな商品は知らないと言う。しかも、これが1つだけなら良いのだが、何人ものお客様から返品されてね」
なるほど。
……なるほどね。
ちょっと話が見えてきたぞ。
「それで若い社員たちが、この商品に含まれている粉末を水に溶かしたのだが……溶かしたら、血液になったらしい」
「……血に?」
ちょっと意味が分からなくて、俺は思わず聞き返した。
それは、どうして粉末を水に溶かしたら血になったんだろうという疑問と、どうしてそれが血って分かったんだろうという疑問だ。
だが、細井さんは俺の疑問には答えず、頷いて続けた。
「私は気持ち悪くて、飲まなかったのだが……1人。それを飲んだ者がいてね」
「えっ」
「目の前で消えてしまったのだ。いや、消えたというのもおかしいか……。君たちは、生まれる前に、お母さんのお腹の中でどうなっているか知っているだろうか?」
「う、うん。見たことあるけど……」
治癒魔法の練習をする時に母親と勉強した図鑑に乗っていたのを覚えている。
「あの、タツノオトシゴのような姿になってしまってね。……死んでしまった」
「…………」
なんでそんなものを飲んだのか、と聞きたいが……どこにだって理解できない行動をするやつはいる。
俺が閉口していると、細井さんは続けた。
「それで、頼みというのは他でもない。こんな気持ちの悪い状況をどうにかできる方法があるなら教えて欲しいのだ」
「どうにか出来る方法……」
「あ、あぁ。さっきの貼り紙を、君は消してしまっただろう? だから、こんな不気味なことにも慣れているんじゃないかと……勝手ながら思ったんだ」
細井さんにそう言われて、俺はニーナちゃんと目を合わせた。
簡単にまとめれば『変なことが起きてるからその対処法を教えてほしい』ということになるのだろうか。
さっきから話を聞いている限りモンスターの仕業だと思う。
だから、対処法としては『モンスターを祓う』になるのだと思うが……居場所の分からないモンスターを探し出して祓うとなると、それは正式な『仕事』だ。
だとすると、祓魔師見習いである俺が勝手に首をツッコむよりも良い方法がある。
「ねぇ、おじいさん。それって警察には行ったの?」
「い、いや。ちょうどこれから向かおうとしていたころだ。ただ、こんな話を信じてもらえるとは思っていなくて……」
そういう老人に、俺は続けた。
「ちゃんと警察に行ったほうが良いよ。ちゃんと話を聞いてくれる人はいるから」
「いや、だが……」
「大丈夫だよ。まずは、警察に行ってみて」
正確には警察と連携している祓魔師が動くのである。
警察から話を聞いた祓魔師がモンスターを探し、その力量を把握し、そのモンスターを祓える力量を持った祓魔師が送り込まれる。
モンスターを祓うだけならともかく、探すとなると俺は……正直、苦手だ。
だから、こういうのは慣れている祓魔師が対処するのがお互いにとって一番だと思って、細井さんにそう提案すると彼は少しだけ不服そうな顔を浮かべながら、それでも「分かった」と頷いて車に乗り込んで、警察に向かっていった。
俺とニーナちゃんは「もしかして、本当にモンスターは増えてるんじゃないか」みたいな話をしながら家に帰った。
細井さんの仕事が、思わぬ形で俺に降り掛かってくるなんて……この時はまったくもって予想していなかった。