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「ひっ……」
射殺さんと言わんばかりの鋭利な視線に、扉番は慌てて掴んでいたセイの手を離し、後ろへ一歩下がった。
「俺の許可なくセイに触るなんて、よほど命が惜しくないみたいだ」
ヴィートは凍てつく睨みを収めないまま、指の痕が赤く残ったセイの手首を掬い上げて口づける。
「ヴィート様、私は……」
「言い訳は必要ない。それに聞いたって意味はない。君は今すぐこの世からいなくなる人間だからね」
ヴィートがゆっくりと空いている手を、ダブルスーツの胸ポケットに差し入れる。
――――ダメだ。何とか止めなければ。
次の行動を察したセイが咄嗟に二人の間へと入り、服越しにヴィートの手を抑える。
「やめて、ヴィー。こんな場所で無駄に血を流さないで。彼はまだ新人で、僕たちのことをよく分かっていなかったんだ」
「おや、こいつを庇うの? まさか……本当に二人は懇意の仲だったとか? だったら尚更、こいつは許さないよ。殺して死体の口に石を詰めるだけでも飽き足らないぐらいだ」
無慈悲な言葉に、とうとう男は真っ青な顔で唇を痙攣させながらその場に尻餅を着いた。
「違うよ。ヴィーを止めたのは、君の部屋の前を血で汚したくなかったから。本当にそれだけなんだ」
「だけど……」
「それとも僕のこと、信じられなくなっちゃった?」
言いながらセイはヴィーの頬を柔らかく撫でる。そして上質の筋肉がついている肩に手を置き、唇が触れそうな距離で見つめると、たちまち頬を赤く染めたヴィートが降参だと肩を竦めた。
「……まったく、セイは狡いな。俺が君のおねだりに勝てないのを知っていて、仕掛けてくるんだから」
幼馴染みの力なのかどうかは分からないが、ヴィートは昔からこうして甘えたような素振りを見せると、文句も言わずに折れてくれる。だからといって乱用するつもりはないのだが、今はその効力を利用すべき状況と言ってもいいだろう。
「分かったよ、今回は君の言葉を信じよう――――ということだ、お前はセイに命を救われたことを魂に刻みながら、今すぐ消えろ」
「ひっ、は、はいっ」
ヴィートの威嚇にすっかり怯えきってしまった男が、床を這いずるようにして逃げていく。その後ろ姿が廊下の角を曲がり、完全に見えなくなったところでヴィートがこちらに軽く笑ってみせた。
「マフィアの幹部のくせに無駄な殺生を嫌うなんて、セイは本当に甘いね」
掴まれたことで赤く色づいたセイの手首にもう一度キスを落としながら、ヴィートがやれやれといった顔をする。どうやら、セイの心中はとっくに見抜かれていたようだ。
「酷いな、今の平和な時代に進んでファミリーに入ってくれる人間は貴重なんだから、大切にしたいだけだよ。ほら、それより商談中だったんだろ? 僕と話してて大丈夫なの?」
「ああ、それなら話の大枠と契約内容は決まったから、あとは詳細を煮詰めていくだけ。俺の仕事は終わったから、後は君にバトンタッチだ」
「次の仕事も、僕が指揮を取っちゃっていいの?」
前回の仕事はロシアで有名な組織と合同で事業を興すという、かなり大がかりなものだったが、セイならと任せて貰えた。こちらとしては経営関連の仕事にやりがいを感じているため嬉しい限りなのだが、ヴィートも裏稼業ばかりでなく、たまには表の仕事もしたいのではないかと視線で問うと、躊躇うことなく首を横に振った。
「君に任せれば、確実に成功させてくれるからね。表稼業の方は今回も丸投げさせて貰うよ」
「何それ、そんなに誉めたところで何も出ないよ」
「純粋に尊敬してるんだから、言葉のまま取って。もう、本当にセイは疑り深いんだから」
ほら行くよ、とヴィートに手を握られたまま引かれ、執務室へと足を踏み入れる。と、すぐに室内に置かれたソファーに座る男の背中が見えて――――。
「え…………」