nm
〜赤side〜
「りうらがいない!!」
....と、思ったそこの貴方。
赤
ここにいます。りうらです。
どうしてこんなことになったのか、なんて自分が1番分かりきっていた。 ないくんとお店を出たとき、綺麗だなぁなんて手のひらの上で眺めていたらうっかり指輪を落としてしまって、それが運悪く指輪の側面で着地し、コロコロコロコロと転がるリングを必死に追いかけていたら....。
赤
水槽も展示も何も無い、だだっ広い廊下にソファーが1つあるだけの非常につまらない場所に取り残された、というわけ。 この場所に移動してきたのは紛れもない自分なのだから"取り残された"って言い方はちょっと違う気がするけど。
赤
俺はソファーに腰を下ろしたまま、大きく大きくため息をついた。 ないくんに「迷子になったら絶対その場から動いちゃダメだよ!」なんて何回も言われてたことを思い出して一応じっとはしているけれど、水族館なのに魚がいないよく分からないこの空間に長い時間居るのは辛い。しんどい。暇。
赤
今度こそ落とさないようにと、ズボンのポケットにしまっていた指輪をもう一度取り出す。 青白い照明にかざすと、光を跳ね返すみたいに縁がキラキラと輝いた。 ...勢いで買っちゃったけど、これはないくんに預けておこう。 それで、ほんとに結婚するときにないくんにつけてもらうんだ。 買ってすぐに指にはめなかったのはそれが理由。
赤
この真ん中についてる宝石....えーっと、んーなんだっけ...あ、ダイヤモンド、だった気がする。 ....やっぱりすごく綺麗。買えてよかった。 今すぐつけてみたいけど、その時が来るまで我慢我慢。 というか、それまでに無くさないようにしないと...なんて考えているときだった。
赤
突然、親指と人差し指の腹で挟んでいた指輪が、つるっと滑って手のひらを転がり落ち、床に落下して、運悪く側面で着地した。...しかも、ここは緩い坂になっている。デジャブ。
赤
コロコロと、指輪は再び宛もなく走り始めてしまった。 無慈悲に遠ざかっていく指輪を目で追いながら、俺は必死に足を動かして、指輪が壁にぶつかったところで何とか捕まえた。
赤
俺は大きく肩で息を吐いて、もうその美しさに見蕩れることはせずすぐさまズボンのポッケに突っ込む。 .....もう絶対ポッケから指輪出さない。絶対。
赤
立ち上がってふと、自分がこの魚も何もない空間の端っこに来たことに気づいた。そして左側に、また廊下が続いていることも。 その廊下の黒い壁は青紫に照らされグラデーションになっていて、奥に別の部屋がありそうな雰囲気があったけれど、ここからだと何があるのかあんまりよく見えない。 「迷子になったらその場から動いちゃダメだよ!」なんて口うるさく言ってきたないくんの姿が頭によぎる。
赤
俺は恐る恐る、その青紫の光に向かってゆっくり足を動かした。 歩いている途中で誰かとすれ違うことはなく、コトンコトンと自分の足音だけが空虚に響く。 奥へ奥へと進んでいくうちに、意外にも早くその空間は現れた。 俺は思わず立ち止まり、呼吸を止める。
赤
円柱状の背の高い水槽。 その中に、体をふわふわとうねらせて水中を泳ぐクラゲの姿があった。 半透明のその体はまるで白いベールみたいだ。 俺は辺りをぐるりと見回す。 この水槽以外に四角い水槽が4つほどしかない、狭くてこじんまりとした場所だった。全部クラゲだし、ここはクラゲコーナーなのだろう。 こんな分かりづらい場所にあるからか、人は誰もいなかった。
まるで、世界に自分とクラゲだけ置いていかれたような。
赤
......そういえば、ないくんと出会ってから1人きりになるのはこれが初めてだ。 あ、これミズクラゲって言うんだ。ふーん...。
俺は次に、何となく視界に映った左前の水槽へ歩みよる。 クラゲって全部同じだと思ってたけど、よく見るとさっきのミズクラゲとは全然違う。透明な体の中に真っ赤な心臓?内蔵?が透けて見える。足も先っぽだけ少し丸っこくてなんか宇宙人みたいだ。
"ベニクラゲ" ヒドロ虫綱に属するクラゲの仲間。 世界中の温帯から熱帯に生息し、不老不死の生き物として知られている。
赤
赤
水槽のガラスの上に、そっと指先を添える。 こんなに沢山の数のクラゲが入っているのに、誰も仲良くしようとしない。 各々が適当に向きを変えながら泳ぎ続ける。それだけ。 それだけのことを、何十年何百年と終わりが見えない状態で続けるんだ。 ...クラゲにはなれないな。暇すぎて死んじゃいそう。
赤
赤
赤
母
赤
母
母
プルルルルル
母
母
赤
赤
女の子
赤
突然、誰もいないはずの空間から背中ごしに声をかけられ、びくりと方を揺らす。振り返ると、小さな女の子が俺のパーカーの裾を掴んで真後ろに立っていた。 3歳ぐらい、かな。顔も名前も当然知らないその子の目には涙がたっぷり浮かんでいる。
女の子
赤
俺がそう告げると、その子は下唇をきゅっと噛んでボロボロと泣き始めた。 頭に着いたいちごのヘアゴムは、その子が動く度にカチカチとぶつかり合う。ビビットなピンクのスニーカーは歩く度に底がピカピカ光るタイプで、現にその子は俺の目の前で地団駄してるからずっとピカピカと光を放っている。
女の子
赤
女の子
赤
女の子
赤
女の子
赤
俺は裾を掴んでいた小さな手を無理やり引き剥がして、でもまた掴んできたからまた剥がして、そしたら今度はお腹に向かって思いっきり抱きついてきたから体ごと剥がして。 大乱闘の末ようやく身が自由になった俺は、女の子から逃げるようにクラゲコーナーを後にしようとした。 でもこいつ、しつこい。
赤
何を思ったか、女の子はうつ伏せに床に寝っ転がった挙句俺の両足を両腕の力をめいいっぱい使ってしがみついてきた。
女の子
赤
女の子
そこでようやくそいつは俺のひっつき虫になることをやめ、代わりに俺の右手を握ってきた。もちろんすぐ振り払った。これはないくんの特権だもん。
赤
やっと乱闘が落ち着いたことと、これからやらなくてはならない面倒事を想像して思わずため息が漏れる。 そんな俺の気持ちなんて知るわけもなく、女の子はさっきまで泣きじゃくってたのが嘘みたいに元気になっていた。
女の子
赤
女の子
赤
俺はその子の返事を待たずに、そそくさとクラゲコーナーを出る。 パタパタと子供用スニーカーが鳴らす音を耳で確認しながら、記憶を辿ってペンギンのコーナーへ向かった。
クラゲコーナーを出て、長い廊下を抜け、大水槽の方まで戻ると、さっきよりも人が増えて混雑していた。 早くこの子をペンギンのところまで届けて事を終わらせたいんだけど、離れられても困るので女の子がギリギリついてこれるぐらいのスピードで早歩きをする。りうら優しい。
女の子
赤
女の子
小さな指が指した先には、さっき行ったところは別のお土産屋さんがあった。 お店の入口には、さっきしょうちゃんが買っていたおっきいシロイルカのぬいぐるみがどどーんと座っている。
赤
俺がそう告げると、その子はまた下唇を噛んでぐすぐすと泣き始めた。 意味もなくバタバタと動く足のせいでまたスニーカーの底がカラフルに光る。
女の子
赤
女の子
女の子
女の子
赤
女の子は涙でぐずぐずになっていた目を見開いてそう叫んだ。 俺も驚いて、その子の視線の先へ目を向ける。....でも、どうみてもあれはペンギンじゃない。
赤
女の子
赤
女の子
女の子は俺の顔とエイを交互に見比べて、こてんと首を傾げる。 どうやらエイとペンギンを勘違いしていたらしい。どんな間違いだよ。 まぁペンギンだろうがエイだろうが、目的は果たせたんだ。やっとこれで解放される。
赤
俺は女の子に向かって手を振り、背中を向け、これ以上の会話を続けないように仕向ける。 そんな俺の作戦を打ち砕くみたいに、その子は容赦なく背中越しに呼びかけた。
女の子
無視してこの場から立ち去るという選択肢もあった。でも穏やかに流れるエイを横目にして、考えて、はぁと今日何度目かのため息をつく。 絶対に振り返らないということだけを心に決めて、仕方なく俺は答えてあげた。
赤
女の子
赤
女の子
赤
女の子
赤
女の子
女の子
ぴたりと、前に出しかけていた足を止める。衝動的に後ろを振り返りそうになったのをぐっと堪えた。
......寂しい...?
思わず立ち止まってしまったのは、心当たりがあったから。 両親が死んだだけでも嬉しかったのに、その後も大好きな人ができて、できるはずないと思ってた友達にも恵まれて、比べるまでもないぐらい、今の生活は幸せいっぱいで。 足らないものなんて何もない...はずなのに。
前からずっと気になってた。 「楽しい」とか「幸せ」とか、そういうのを感じるたびに、なぜか心臓がキリキリ泣くときがあること。 楽しい時間の中で、少し後ろめたいような気持ちになってしまうこと。 ...これは"寂しい"って気持ちなの? あの親でも、死んでしまってちょっとは惜しんでるってこと?
赤
赤
一言だけそう言って、唇を引き結ぶ。 女の子も、俺の返事を聞いても何も言ってこなかった。 沢山の人の楽しそうな笑い声が横を通り過ぎていく中で、俺たちは同じ方向を向いたまま、何も言えず立ち尽くしていた。 あのクラゲの場所みたいな、不思議な空間だった。
MOB
女の子
突然、女の子の親らしき声が聞こえてきて、声の方へ振り返る。 あ、振り返っちゃった。
MOB
女の子
女の子は母親目掛けて小さな歩幅で走り寄り、ぎゅっとお腹に抱きついてハグをした。母親もそれに応じるようにその子の背中に腕を回す。
赤
赤
桃
赤
桃
数十分ぶりに見たないくんは息が切れていて、すごく疲れたような、でも安心したような顔をしていた。 多分、俺がいない間必死に探してくれたんだろうな、なんて考える。
赤
赤
桃
桃
また、痛い。 楽しそうなあの親子を見て、心配そうなないくんの顔を見て、また心臓がキリキリ泣いてる。 なんでなんだろう。嬉しくてたまらなきとき、幸せそうな人を見たとき、なんでこんなに苦しい気持ちになっちゃうんだろう。
母
赤
....あぁ....そっか...。 幸せな気持ちとか、楽しそうな人達を見て苦しんでるわけじゃない。 多分どっちかって言うと───
桃
ないくんのその細いお腹に、俺は思いっきり抱きつく。さっきの女の子みたいに。 ないくんの体。ないくんの匂い。ないくんの体温。 大丈夫、大丈夫。 大きくてごつごつした手が、俺の背中の上を何度もさすってくれる。
赤
赤
桃
赤
俺が声を震わせながら話した話を、ないくんは何も言わずに最後まで聞いてくれた。俺たちに不思議そうな視線を向けながら人々が通り過ぎていく中、決して俺を引き剥がそうとしない。 彼のそういうところが好き。
桃
桃
...普通.....。 そっか、これ、普通なんだ。
俺の話を聞いているとき、ないくんがどんな表情で、どんなことを考えていたのかは分からない。 でも段々と、体の中から暖かいものがじゅわりと広がるのを感じた。 俺はもう知ってる。この感情は「安心」だってこと。
白
青
どこからともなく、でっかいシロイルカを抱えたしょうちゃんと今にも死にそうな顔したまろが姿を現した。 俺はないくんからそっと離れて、2人の方へ向き直す。
赤
青
白
青
桃
相変わらずな2人と、その2人を見て苦笑するないくん。 いつも通りの空気感に、沈みかけていた心は徐々に回復していった。
白
赤
白
赤
青
赤
白
桃
おー!なんて手を上げながら、しょうちゃんは先頭を大股で歩いていく。 ほんとうにしょうちゃんの底なしの体力とテンションの高さには出会ってからずっとびっくりさせられている。 へろへろの状態でしょうちゃんを追いかけるまろの後ろに続いて、俺とないくんも足を動か.....そうとした。
赤
桃
赤
俺の左手を包む暖かい感触。 指同士は絡まってないけれど、その長い指は確実に俺の手のひらを優しく握っている。 俺からは、手を繋いでいない。
桃
ないくんは途端にはっとしたような顔をする。 ないくんから手を繋いでくるなんて...今までは俺からなにかしない限りあんまり触れようとしてこなかったのに。
桃
赤
なぜだか気恥しそうにそう言って離れようとした手を、彼のより一回り小さい自分の手で、指と指を絡めながら強く握り返した。
赤
桃side
朝あれだけ混んでいたのが嘘みたいに帰りの電車は人が少なく、この車両の中には俺たちとほか数人しかいなかった。 窓の外から見える空はすっかりオレンジ色に染まり、遊び疲れたりうらとしょうちゃんはは仲良く肩を寄せあって寝息を立てている。 俺はカバンから"償いごとリスト"をとりだして、ゴールペンの頭をカチッと鳴らす。
1.すいぞくかんに行く 〇
桃
さすがに俺も疲れが溜まっていて、小さく息をついた。 ちょっとトラブルはあったけど...とりあえず今日が無事におわりそうでよかった。 さすがにあの2人ほどはしゃぎはできなかったけど、久しぶりの遠出で、久しぶりに純粋に楽しいと思える時間を過ごせた気がする。 ...こんなに楽しい思いしていいのかな。 俺は人を殺して、その罪を償うためにしているというていなのに。
何となく、まろの方へと視線を移す。 こんな状況でも彼は一切こちらに話しかけようとせず、ひたすら手元のスマホ画面に視線が注がれていた。 そして左手にはあのでかいシロイルカ。 その仏頂面にはとても似合わない。ちょっと笑いそう。
桃
青
やべ、ほんとに笑っちゃった。
桃
青
幸いまろはあまり気に留めなかったようで、その青い瞳はすぐスマホへ戻っていった。 ....あ、よく見たらイヤホンつけてる。 爆睡しているを挟んでそっとスマホ画面を除くと、開かれていたのは音楽アプリだった。 しかも全部同じバンドの曲。5、6曲で構成されたプレイリストを、まろは表情ひとつ変えずに聞いている。
桃
青
青
桃
じゃあそのプレイリストは何?って訊きたくなったけど、既に彼はもう俺の方には向いていなくて、完全に自分の世界に閉じこもってしまったらしいので辞めた。 久しぶりに年の近い人と出会えたんだから仲良くしたいんだけど、この調子じゃあ先は長そうだ。 しょうちゃんも大分変わってるけど、まろもたまに変な行動するんだよな.....。
青
桃
青
あのまろが自分から誰かに話しかけるところなんて今初めて見た。 ちょっとは俺と話してみたいと思ってくれたのかも!.....なんて最初はうれしかったけど、彼の表情が真剣さを纏っていることを察して、すぐ真顔に戻す。
青
冷たいけど、落ち着いていて静かな低い声。 そんな声が次に紡いだ言葉に、俺は心臓が凍りそうになった。
青
桃
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コメント
3件
投稿 有り難う ごさいます 😖💞 🐤ちゃん が 女の子 助けてる とこ お兄さん感 あって 超好き 、👉🏻👈🏻
モグモグ。うま!
まじで神美味しい だうしたらこんなに良い話が書けるんですか??謎なんですけど??? 赤サンが女の子に冷たく接してんのなんか物凄く刺さりました何ででしょう(しらねぇよ) 続きも楽しみに待ってます🥺