8月30日,水曜日
俺は1人で、俊介くんの家に来ていた。
コト、と目の前のテーブルの上に 麦茶が置かれる。
茜
どうぞ
晶都
ありがとう
麦茶を出してくれた茜さんは 優しく微笑んで テーブルを挟んで置かれている ソファに腰掛けた
俊介
今日は迷わなかったんだな
晶都
え?
俊介
昨日、迷ってたところ利久に案内してもらったって言ってなかったか?
晶都
よく聞いてるね
俊介
まあ、人の話聞くのは得意なんだ
茜
ふふ、次からはもうここにくるプロですね
晶都
多分大丈夫、かな
俊介
ここにくる1番のプロは利久だ
俊介
アイツには誰も勝てない
麦茶を飲みながら俊介くんはそう言う。
晶都
1番のプロって、俊介くんは?
俊介
ここ、俺の家なのに、アイツには俺も勝てない
俊介
アイツ、ここにくるまでの最短ルート、遠回りの道、抜け道とか全部知ってるから
茜
そうなんです
茜
ストーカーに追いかけられたら確実に撒けますよ、利久くんは
晶都
ええ、完璧じゃん
俊介
俺の家にくる道だけな
茜
あはは、そうですね
俊介
晶都は宿題とか、全部終わってんの?
晶都
終わってる
晶都
夏休み中暇だったし
俊介
友達と遊ばないのか?
晶都
遊ぶけど、唯一の友達が彼女と遊ぶのに命かけてんだよな
茜
あら……
俊介
なんか……寂しい人生送ってんな……
晶都
年下にそれ言われる俺って……
晶都
ま、だから最近はすごい濃い毎日送ってる
晶都
夏休み中一番の思い出がこんな終わりにあるなんて思ってなかったよ
茜
……
俊介
そっか、よかった、晶都の一番の思い出で
晶都
そういえば、今日は他のみんなは来ないの?
晶都
もう午後だけど
俊介
みんな忙しいんだろ、知らねえけど
茜
もしかしたら、慌てて宿題やってるかもしれませんよ?
晶都
ええ、そうなの?
晶都
でも、利久くんはなさそうだけどな
茜
そういえば、晶都くんお昼食べました?
晶都
あー、食べてない、最近食欲なくて
茜
なら、そうめんでも作りましょうか
俊介
俺も食べたい
茜
わかりました、茹でるだけなのですぐできますよ
晶都
いいの?
茜
もちろん
晶都
ありがとう
晶都
茜さんすごいね、おいしかったよ
俊介
すごいよな
茜
こんなの普通ですよ
俊介
なら俺らは普通以下だな
晶都
俺が料理できるって言ったらどうするの?
俊介
無理だろ
晶都
俊介くん辛辣だね……
茜
あの
晶都
ん?
茜
私、宿題でわからないところがあるんですけど、教えてくれませんか?
晶都
え、あ俺?
茜
はい
晶都
いいけど、中学校の範囲覚えてるかな……
俊介
俺もわかるところなら教えられる
茜さんはリュックから問題集を取り出して開いた。
晶都
わ、懐かしい
俊介
本当だな
茜
ここなんですけど
晶都
ああ、わかるよ
晶都
これはね
茜
できました!
晶都
やったね!
俊介
お疲れ
茜
これで悔いないです
晶都
夏休みももう終わるけどね
俊介
あ、ああ、だな
俊介
茜、今日は何時に帰る?
茜
うーん、もう、帰ろうかな
俊介
え、いつもより早いけど、大丈夫なのか
茜
うん、今日は暗くなる前に帰りたい気分
茜
あ、晶都くん、一緒に帰りませんか
茜
昨日も、利久くんと帰ってたでしょう?
晶都
まあ、あれは利久くんのお願いだったから…
俊介
やっぱなんかあったんだな
俊介
おかしいと思ったんだ
俊介
アイツが最後まで残ってんの
晶都
どういうこと?
茜
利久くん、ババ抜きすごーく強いんですよ
俊介
ああ
俊介
ババ抜きしたら毎回一抜けするくらいにはな
晶都
えっ……
俊介
なのに勉強が苦手なんだ
俊介
地頭はいいはずなのにな
俊介
器用貧乏というかなんというか……
晶都
そうだったんだ……
茜
晶都くん、暗くなる前に帰りましょう
晶都
あ、うん
俊介
じゃあ、またな、気をつけて帰れよ
茜
うん、またね
晶都
ああ、またな
茜
夕方に外歩くの久々だなあ
晶都
そうなの?
茜
はい、いつも、帰るのは暗くなってからなので
晶都
え、暗くなってからだと1人は危ないよ
茜
ふふ、いつも俊介くんが家まで送ってくれるんですよ
晶都
そっか、よかったね
茜
!!
茜
はい、よかったんです
茜
すごく、嬉しいんですよ
茜
……もう、8月も終わっちゃう
晶都
そうだね、でもあっという間にまた8月になっちゃうよ
茜
……ですね
茜
暗くなるのが早くなって、もう、終わるんだって実感します
晶都
確かに、俺もそうかも
茜
やっぱり、同じなんですね、みんな
茜
夏雪ちゃんも同意してくれました
晶都
他のみんなもきっと同じだよ
茜
そうだと、いいな
タッタッと俺の少し前で 茜さんは立ち止まった。
くるっと夕焼けに背を向けて こちらを向いた茜さんは 俺と目が合うと優しく微笑んだ。
すごく、優しいんだなと思う
この人は、どこまでも優しい表情をする。
茜
明日、みんなが集まります
茜
8月が終わるので
茜
だから、明日、晶都くんもきてね
夕陽に照らされた 茜さんのカーディガンの下の腕が、 異常なほどに真っ白で
どうして、俺は
晶都
……あの
茜
じゃあ、私、家、ここなので
茜
また、明日ね
晶都
……うん、また明日
茜
うん、気をつけてね