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「忘れたくないものほど、黒く残る」――この一文に惹かれました。黒蝶の羽が、実は失ったものを抱えた星空みたいだったっていう描写、すごく綺麗でじんわりきました。記憶を標本に閉じ込めるんじゃなくて、風に乗せて還してあげる少年の優しさ、素敵ですね。続きが気になります🌷
少年は、古びた洋館の一室で 一冊の標本帳を見つけた。
表紙には、誰のものか分からない字でこう書かれていた。
── 忘れたくないものほど、黒く残る
不思議に思いながらページをめくると、 そこには一匹ずつ蝶が貼られていた。
青く輝く蝶。
白い羽を持つ蝶。
夕焼けのような赤い蝶。
そして最後のページには、一匹の黒い蝶がいた。
けれど、その蝶だけには名前が書かれていなかった。
少年が指でそっと触れると、黒蝶の羽から小さな光がこぼれた。
その瞬間、知らないはずの記憶が流れ込んできた。
誰かと笑った日。
雨の日に傘を貸したこと。
夜までくだらない話をしたこと。
温かい記憶ばかりだった。
けれど最後に映ったのは、一人で泣いている誰かの姿だった。
その声だけが、静かな部屋に残った。
少年は気づいた。
この蝶は悲しい記憶を閉じ込めたものではない。
大切だったのに、もう戻れない時間そのものだったのだ。
楽しかった記憶は白い羽になり、悲しかった記憶は 黒い羽になる。
どちらも、その人が確かに生きた証だった。
少年は標本帳を閉じようとした。
その時、最後のページの下に小さな文字が浮かび上がった。
『もし誰かがこの蝶を見つけたなら、 私のことを少しだけ覚えていてください』
少年はしばらく黙った。
そして黒蝶を標本帳から外した。
窓を開ける。
夜の風が部屋を通り抜け、黒い蝶はゆっくりと羽ばたいた。
月明かりの中で、その羽は真っ黒ではなかった。
よく見ると、そこには小さな光がいくつも散らばっていた。
まるで、失ったもの全部を抱えた星空みたいだった。
蝶は暗闇へ消えていく。
少年は最後に呟いた。
誰の名前かも分からない。
誰の人生だったのかも分からない。
それでも、
この世界のどこかで、 誰かが大切にしてくれた時間があったことだけは
きっと消えない。
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