赤
さっきまで握っていた俺の手を離し
黄色に染まった葉の中を駆ける君
桃
そんな君が愛おしくてたまらなくて
ついつい見惚れてしまう
赤
桃
桃
俺たちの住む街で有名な銀杏並木
君とは毎年ここに来ていて、というか
連れてこられている
赤
桃
赤
赤
たぶん、彼はこの世で一番 春夏秋冬を大切にしている人間だろう
冬には雪
春には桜
夏には海
そして、秋には銀杏並木
どんなに忙しくしていようと
必ずこの4つだけは欠かさない
なぜなのか詳しくは 聞いたことがないが
なんだかんだ俺もついて行くうちに なぜなのかがわかってきた気がする
あくまで“気がする”だけだけど。
桃
赤
赤
少し不貞腐れて言う君が 可愛くて仕方ない
赤
風が俺たちの間をすり抜け、
君と俺を黄色の葉で覆う
黄色の葉の隙間から 綺麗な赤色の髪が揺れているのを見て
つい、「綺麗だね」なんて 照れくさい言葉を君にかけてしまった
赤
照れたのか、顔を下に向けて はにかんだ顔を見せる君
その顔を見て、なんだか 綺麗な顔立ちになったな、と思った
昔はここにお互いの母親がいて
銀杏を2人で 手で潰して怒られたりして
だんだん成長して
気づけば親も来なくなって
学生じゃなくなって
俺たちは友達から恋人になって
それだけ時が経てば
顔が変わるのも当たり前か、なんて ひとりで納得する
赤
桃
赤
桃
「やった...!」と嬉しそうに 笑う君の頬に
俺はそっとキスをする
キスをした後の君の表情は
なぜか寂しげだった
桃
赤
赤
桃
桃
赤
赤
桃
桃
赤
桃
赤
赤
桃
桃
赤
桃
俺がそう言うと、君は一瞬俯き、
赤
とだけ言った
なんだか変だな、と思いつつ
桃
といつものように見送った
赤
バタン、と扉が閉まった時、
なぜか異常なほどに寂しさを感じた
桃
「出張に行く」と出て行った あの日から3日
彼からは一切の連絡もない
「無事着いた?」
などと送ってみたが既読すらつかない
何かあったのではないかと 不安でたまらなかったが、
今日帰ってきてくれればそれでいい
そう思っていた
でも、今日 彼が帰ってくることはなかった
不思議に思った俺は
赤の親友の黄に 話を聞いてみることにした
「赤帰ってこない」
「なんか知ってる?」
彼の方はすぐに既読がついた
そしてすぐに返事がきた
「電話してもいいですか」
と。
なぜ電話なのか、と思いつつ、 「わかった」と返す
その数秒後には、電話がかかってきた
桃
黄
桃
黄
桃
そんな他愛のない会話を数分した後、
俺は本当に聞きたかったことに触れた
桃
桃
黄
黄
黄
桃
桃
黄
黄
桃
桃
桃
黄
俺は、黄の様子が おかしいことには気づいていた
でも、なんだか怖くて
「何か隠してる?」
なんて、聞けなかった
桃
桃
桃
黄
黄
桃
桃
黄
桃
黄
黄
桃
黄
ツー、ツー、と通話が切れた音が響く
俺は引っかかっていた
黄が最後に付け足したように 言った言葉に。
黄
黄
「寂しい」
そう思うような環境に、 赤はいるということなのだろうか
わからない
俺は、君の彼氏なのに
何も、わからない
君は今、どこで何をしているのだろう
あれから、毎日君に連絡しているが
一向に既読はつかない
連絡をしては
君が帰るのを待つ日々
正直、もう限界だった
君がいない不安と
行方もわからない恐怖で
俺の心は埋め尽くされていた
黄に聞いてみても 同じことの繰り返しで
赤の居場所なんてわからない
俺は、最終手段を踏んだ
警察に捜索願を出すことにした
数日経って
警察から連絡があった
君が病院にいるらしい、と
君はなぜ、病院にいるのだろうか
とりあえず、その病院まで 行ってみることにした
でも、来たとはいえ 君が何科の病棟にいるかは知らないし
そう簡単には見つからない
早く、早く会いたいのに
しばらく走り回って
君の名前を伝え続けていると
君が入院しているであろう 場所を見つけた
桃
必死に懇願したが
病院側の答えはノーで変わることなく
理由は
赤が面会を拒否しているからだという
それは、もう二度と会えないって 言われてるようなものだ
そんなの、耐えられない
どうして
どうして君は会ってくれないのだろう
その日はどれだけ頼んでも 入れてくれることはなくて
俺は仕方なく、君に会うことを諦めた
タクシーを捕まえて、住所を伝える
車内から外を眺めると
もう辺りはすっかり暗くなっていて
人々は幸せそうな顔で街を歩き、
暖簾をくぐっていく
そういえば金曜日か、と その人たちを見て思い出す
桃
ついこの前の金曜日までは
必ずふたりで晩酌を交わしていた
もちろん、毎日ではない
“金曜日だけ”という ふたりのルールのもとに。
酒を飲める年齢になった時、
別に無理して飲む必要もないのに
俺たちはわざわざ 酒を飲むようにしていた
それも毎日だ
まあ、アルコールは3%くらいの 弱いものだけど。
二ヶ月くらい続けていたが、
そのうち 「これはまずいのではないか」 という話になった
当たり前だ
20歳になりたてで 酒を毎日飲むなんて アルコール中毒になっても おかしくない
...それは大袈裟すぎたが、
とりあえず不健康になるから やめよう、という話に落ち着いた
でも、「お酒はやめるのは違う」 というよくわからない理由で
金曜日だけはふたりで呑もう、と 約束をした
でも
今日は君はいない
もしかしたら、この先もずっと...
なんて、悪い方ばかり 想像してしまうのはなぜなのだろう
...さん
お客さん
桃
着きましたよ
気づけば、家の前まで来ていた
桃
3150円ね
桃
扉が閉まる音をきっかけに、
タクシーはまた前へと走り出す
俺は明日からまた
あのタクシーのように 前に進めるのだろうか
一人で過ごすには広い部屋で 寂しさを感じていると
スマホから通知音が聞こえた気がして
手に取って確認する
「黄さんから 新着メッセージがあります」
黄から...?
なんだろう、と思いながらそっと開く
黄
黄
“赤のこと”という文面を見た瞬間、
返信することもなく俺は電話をかけた
黄
桃
桃
黄
焦る俺に、恐る恐る冷静に そう聞いてくる黄
赤のことなら、いくら 長くなったって構わない
桃
黄
黄
黄
桃
桃
黄
黄
桃
黄
黄
黄
桃
黄
黄
黄
桃
黄も相当な思いを抱えて 今俺に話してくれているのだろう
震えた声で、全てを伝えてくれた
黄
桃
桃
黄
黄
桃
桃
黄
黄
黄
黄
黄
黄
桃
黄
黄
黄
黄
黄
黄
黄
黄
桃
黄
黄
黄
黄
黄
黄
桃
話の展開が急すぎて正直 理解が追いつけなかったが、
赤に会えるということだけは、 俺の脳に刻まれていた
黄
桃
黄
桃
黄
黄
桃
桃
通話
10:25
“君は生きている”
“君に会える”
そうわかっただけでも、嬉しかった
すごくすごく、嬉しかった
だけど、不安だった
君は今、どんな姿をしているのかを
どんな状態なのかを
知るのが怖かった
だって...余命3ヶ月なんでしょ...?
明日会ったら...もう会えない 可能性だってある状況なんでしょ...?
怖い
そんなの、怖いに決まってる
だけど、会わない選択肢は俺にはない
だって、君は俺の大切な彼女だから
黄
こちらを見て手を振る黄
そんな姿を確認して、 彼の方へ小走りで向かう
俺は、本当に病院にやってきた
警察の情報は間違って いなかったらしい
黄から教えてもらった病院は 俺が数日前訪れたところだった
桃
黄
黄
桃
実際は、“緊張”というよりも “不安”や“恐怖”という表現が 正しい気がするけど。
黄
桃
黄
黄
黄に連れられやってきたのは、
“0524号室”と扉の外に 表示されているだけの、 質素な空間だった
黄
桃
コンコン、と扉が音を立てる
その音と共に、ずっと 聞きたかった声が聞こえた
赤
黄が部屋に入っていく姿を見て
さらに緊張が増す
君に会えるのだろうかという不安と
君がそこにいるという安心感で
俺の心は掻き乱されていた
数分経って、扉が開いた
黄
君に、会えてしまうんだ
桃
赤
久しぶりに見た君は
なんだかほんの少し 痩せているような気がしたけど
まだ最後に会った時と比べて そこまで変わらない様子だった
お互い、何故だか気まずくて
無言の時間が続く
その空間に耐えられなくなったのか
黄が口を開く
黄
黄
正直、何から話せばいいのか
何から理解すべきなのか
俺にはわからなくて
何と言い出せば良いのか迷っていた
桃
桃
桃
仕方なく、正直に伝えた
赤
赤
桃
赤
赤
赤
桃
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
俯く君に、俺は何も言えなくて
ただその場に立ち尽くす
ずっと君を心配して眠れなかった時間
どこにいるのかもわからなかった不安
何も言わず帰ってこなくなった怒り
そんな、今まで俺の中に 混在していた想いと
今君に会えた喜びと
謝ることなどないと思ってしまう 気持ちとがぶつかって
うまく言葉が出ない
君が生きていれば 良いと思っていた
君さえいれば 生きていけると思っていた
でも
そうではないとわかった瞬間
君にかける言葉も見つからず
この先生きることさえも怖いと 思ってしまうような
そんな弱い自分が醜い
赤
見かねた君は、自ら話題を持ち出す
俺から言うべきだったのに
一番辛いのは君なのに
いつもそうだった
喧嘩したとき
先に謝るのはいつも君で
気分が落ち込んだときは
何も言わずにただ寄り添ってくれて
俺はずっと、君に甘えてた
桃
赤
桃
桃
赤
赤
ああ、どうして
どうして俺はこうなのだろう
君の気持ちを考えずに
自分の気持ちだけを 言葉にしてしまうのだろう
どうして君を困らせてしまうのだろう
桃
赤
桃
桃
赤
そう言う君の声は
少し震えていたような気がして
自分の情けなさから 下を向いていた顔を上げて君を見る
桃
赤
赤
俺にはわかる
君が無理して笑っていると
強がっていると
桃
赤
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
桃
ぷつんと糸が途切れたように
自分の中に溜め込んでいた 整理のつかない想いを吐き出す君
俺はいつも君がしてくれたように
君を優しく強く 抱きしめることしかできないけど
こうしてくれることが何よりも 嬉しくて温かいことを俺は知っている
一番怖いのは君で
一番不安なのも君で
どうして自分なのだろうかと
どこにぶつければいいのか分からない 怒りを持つのも君
そんなのわかってた
わかってるつもりだった
でも、全然わかってなんかなかった
今も腕の中で体を震わす君を 目の当たりにして
初めて君がどれだけ不安だったかを
いや、不安なのかを
今俺は、ようやく理解したんだ
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
桃
赤
桃
赤
やっぱり君は、優しいね。
君が治療を始めてからというもの、
俺は毎日君の部屋へと足を運んだ
“病室”って表現が好きじゃないから
“部屋”って呼ぶことにしてる
治療を始めた君は
髪の毛も抜けるし
嘔吐することだってある
代わってあげたい、だなんて 無理なことを願って
そんな自分にまた嫌気がさして
それでも、必死に治療に励む君に
逆に勇気をもらったりして
どこまでも君は強いと
俺はまた感心してしまう
桃
赤
俺のプレゼントしたニット帽を被り、 ニコニコで迎えてくれる君
君の笑顔を見るたびに、 病気だなんて嘘なのではないかと思う
桃
赤
赤
赤
桃
桃
赤
桃
赤
桃
桃
君は自分に厳しくて
並の人であれば すぐに諦めてしまうようなことを 成し遂げたとしても
“自分は頑張っていない”
“当たり前のことをしただけだ”と
自分を褒めたり
相手に甘えるようなことをしない
そんな君が
かっこいいと思う反面
やっぱり
自分にもう少し優しくなってほしいと
自分を少しでも認めてほしいとも思う
でもきっと君には 難しいことなんだろうから
俺でよければって気持ちで
俺は君をたくさん褒める
赤
桃
赤
照れた様子ではにかむ君をみて
銀杏並木を2人で 歩いた日を思い出す
時が経とうと
場所が変わろうと
君の姿が変わろうと
俺は君が好きで
好きで好きでたまらないことを
改めて思い知った
赤
赤
桃
赤
桃
何だか縁起でもないことを 言いそうだと思った俺は
慌ててギリギリ 変えきれていない話題を振る
桃
桃
赤
桃
桃
赤
“何十年先の話”
その言葉はもしかしたら君を 傷つけているかもしれない
だけど
誰だっていつ死ぬかなんてわからない
君も俺も、今日死ぬかもしれない
今ここに生きていることが奇跡で
たとえどんな生き方であろうと
どんな条件が課されていようと
生きている事実は変えられない世界は
何よりも美しいものだと思う
人生の儚さは
生きる条件が人よりも 厳しいものだから 生まれるものではなく
皆が同じ条件の中で暮らし
生きる喜びと
生きる悲しみとを分かち合うことで
人に深みが生まれ
人の深みを知る者が現れ
深みを知った者が
“儚い”という一つの言葉で 人生を表すのだと俺は思う
皆が同じ条件の中で 暮らしているのだから
君だけが特別不幸だなんて 思ってほしくない
だから俺は
君が傷つくかもしれない リスクを負ってでも
未来を想像させるような言葉を選ぶ
赤
桃
赤
君は困ったような表情で笑いながら
「そういえば」と話を変える
赤
桃
最近は行っていない
...というよりは行けていない
君のことが心配で
仕事中にもし何かあったらとか
君が苦しいときにそばに居たいとか
そんな気持ちが強く出てしまって
スーツを着ても
髪をセットしても
足が仕事場に向かうことはなくて
沢山休みをもらっている
もちろん、有給だけど。
でも、君が心配で 仕事に行けてない、だなんて言ったら
君はきっと自分を責めて
俺に仕事に行くように言うだろう
自分のことなどどうでもいいから
仕事が大事だと
そう言うんだろう
桃
赤
桃
桃
赤
大丈夫、とは言い切れない自分を
隠しきれなかった
君はきっと、そのことに気づいている
赤
桃
どうして俺は自分に 嘘がつけないのだろうか
君のことを第一に考えているなら
自分に嘘をつくなんて
簡単なことだと思っていたのに
やっぱり俺は
人にも自分にも 嘘がつけない性分なようで
あからさまな態度をとってしまった
桃
赤
俺は素直すぎる
君は人の気持ちを理解出来すぎる
良いところでもあるが
今だけは逆効果だ
桃
赤
桃
もごもごと誤魔化すように話す俺が 面白いのか
呆れているのかは知らないが
クスクスと笑う君に、 不貞腐れて返事をする
赤
桃
不意に「好き」なんて言われると 照れてしまう
「好き」は俺から伝えたいのに
赤
赤
赤
赤
桃
赤
桃
桃
赤
桃
桃
桃
桃
桃
桃
赤
桃
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
桃
何をするにも
自分のためにしてきたと
そう思っていた
でも
思い返せば
俺の隣にはいつも君がいて
君のために費やした時間というのは
確かに多いのかもしれない
多いのかもしれないけれど
君に時間を費やすと決めたのは俺で
そこに理由なんてなくて
ただ君が好きってだけで
そうしてきた
俺の中で
君と俺というのは
いつのまにか一つの存在に なっていたのかもしれない
桃
桃
桃
赤
赤
桃
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
桃
赤
赤
大好きな君にそう言われると
なんだか自分を 許せてしまうような気がして
「ありがとう」と一言伝えた後
君の頬にそっとキスをした
桃
俺がそう言うと、君はいつも通りの 笑顔で手を振りながら言った
赤
おお、桃!
お前元気にしてたか
桃
久しぶりすぎて なんだか恥ずかしくなって
愛想笑いをしながら席につく
仕事に行けていなかった俺にも
職場の人は意外にも優しく 声をかけてくれて
君のことも心配していた
でもやっぱり君のことが 頭から離れなくて
午前の仕事はあまり捗らなかった
外の空気でも吸おうかと
昼休憩は公園に来てみた
たまたま空いていたベンチに腰掛け
君の作った弁当ではないことに 寂しさを感じながら
コンビニで買ったおにぎりを 一口頬張り、お茶を飲む
落ちた銀杏はすでに 茶色になりかけていて
君の望む美しさを失いつつあった
不在着信
桃
胸ポケットにしまわれたスマホが ブーブーとバイブ音を鳴らす
急いでスマホを取り出したが
すでに不在着信となっていた
仕事の電話だったらと思い、 俺はもう一度その番号に掛け直した
桃
もしもし
桃さんのお電話で 間違い無いですか
桃
いちご病院の者です
桃
桃
詳しくは病院で 説明いたします
今お時間大丈夫ですか
桃
桃
お待ちしております
桃
桃
枯れた銀杏のカサカサという音を 大きく立てながら
公園なんて来なきゃよかったと
駅に近いオフィスにいればよかったと
後悔しながら銀杏並木を駆ける
桃
やっと着いたオフィス
走ってきたせいで疲れ果て、 そして焦っている様子の俺をみて
上司はすぐに察してくれたようで
「行ってきていいよ」と
快く受け入れてくれた
桃
荷物を持ち、俺はすぐに オフィスを飛び出した
桃
部屋のドアを乱暴に開ける
赤
桃
赤
たくさんの機械に繋がれた君
力なく笑って
俺を安心させようとするその姿に
少し呆れてしまう
桃
赤
桃
部屋に来る前に
担当医の方とは話して
何があったか教えてもらった
赤
赤
確かに昔から君は喘息を持っていて
時々発作が起こるのは見てきた
最近はなくなってきたと 聞いていたのに
今更ひどくなるなんて
赤
桃
赤
君はこんなに苦しんでいるのに
俺は君の背中を さすることしかできなくて
おまけに謝らせるなんて
最低な彼氏だ
赤
赤
桃
赤
桃
赤
桃
赤
赤
赤
赤
桃
「過信するのはやめよう」
消え入るような声でそう言う君
君がそう思っている限り
奇跡やら何やらは生まれないと思う
実際、俺が君を過信して
君を必死に勇気付けて
君に期待をさせたところで
それが現実にならなかったとき
傷つくのは俺たち
そんなのわかってる
わかりすぎてる
でも
俺たちが諦めたら
将来お互いに後悔すると思う
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
桃
赤
赤
桃
あれから一週間
君は急にそんなことを言い出した
桃
赤
赤
桃
桃
赤
桃
なぜか“明後日”にこだわる君を 不思議に思いながら
君と二人で担当医に 外出許可の交渉をした
担当医によれば、 必ず二人であれば良いとのことだった
桃
赤
久しぶりに君の笑顔を見て、 嬉しくなった
桃
赤
桃
一昨日急に決まった外出
昨日はずっとワクワクしていて
「あの服を持ってきて」
やら
「あのバッグを持ってきて」
などとあれこれ頼まれたが
君のためならと
望み通り持ってきた
改めて君のコーデを見ると
俺のプレゼントしたアウターに靴
バッグやニット帽までも
全部、俺のプレゼントしたものだった
桃
赤
赤
赤
桃
赤
赤
赤
桃
桃
いつも来ている銀杏並木
黄色に染まっていた景色も すっかり変わり
やはりほとんどの葉が 枯れてしまっているようだった
赤
桃
寂しげに話す君の横顔を見つめる
小柄で
気弱そうなのに
本当は誰よりも強い
それをそのまま形にしたような
凛とした顔立ち
やっぱり君は美しい
赤
赤
桃
突然真面目な顔でそんなことを 言う君に戸惑いながら
「俺もだよ」と返す
赤
赤
赤
桃
桃
赤
桃
赤
赤
赤
赤
桃
赤
赤
桃
赤
桃
桃
赤
赤
赤
赤
桃
赤
赤
赤
赤
赤
赤
桃
桃
桃
赤
赤
桃
赤
赤
君は真っ直ぐな目で遠くを 見つめながらそう言う
赤
赤
赤
赤
赤
桃
桃
赤
赤
桃
桃
赤
桃
そんなくだらない会話をしていると
目の前にひらひらと何かが落ちてきた
赤
右手を上に向けると
一粒の雪の結晶が手のひらにのって じんわりと溶けた
桃
赤
桃
桃
赤
赤
桃
桃
赤
桃
もしかして...
明後日にこだわってた理由って...
桃
赤
桃
赤
赤
桃
赤
赤
赤
赤
桃
赤
赤
赤
赤
赤
桃
赤
桃
桃
桃
赤
儚げに笑う君を包むように
雪がひらひらと舞っていた
桃
あの日から一週間経った今
君が心配するので俺は 毎日出勤している
毎日出勤するなんて 当たり前のことなのに
当たり前というのはすぐに 変わってしまうものなのだと実感する
桃
胸ポケットからバイブ音が聞こえ、 急いでスマホを取り出す
桃
もしもし
いちご病院の者です
今すぐ病院まで お越しいただけますか
桃
物凄く嫌な予感がした
長くないかもしれません、
桃
桃
桃
向こうの返答を待つ前に通話を切り
誰に声をかけることもなく
オフィスを飛び出す
「おいっ、どこ行くんだよ」 なんて声も無視して
夢中で走った
桃
病院につき、 急いで部屋の前に向かう
桃
部屋の前では医師やら看護師やらが
バタバタと忙しなく動き
部屋に出入りしている
その部屋は間違いなく君のいる場所で
君が危険な状態なことは すぐにわかった
桃
赤
大丈夫ですよ〜
ゆっくり息しようか
赤
桃
そこは
俺が想像していたよりも
ずっとずっと死が近くにあるような
そんな場所だった
感染症にかかった可能性が高く
持病の喘息が悪化して 非常に危険な状態です
もう...持たないかもしれません、
桃
私たちも手を 尽くしているのですが...
感染症に効く薬も 使うことができない状態で...
申し訳ありません、
桃
桃
っ......、
赤さんに... 声...かけてあげてください、
桃
これ以上
こんなにも手を 尽くしてくれている彼らを 責めてはならないと思い
俺は君のもとへ向かった
桃
赤
赤
桃
赤
赤
桃
赤
赤
赤
赤
桃
赤
赤
赤
桃
赤
赤
赤
赤
赤
赤
赤
桃
桃
赤
赤
赤
桃
赤
桃
赤
赤
桃
桃
桃
赤
桃
赤
桃
11月30日
雪の降る今日
積もる雪とは反対に
君は静かに旅立った
君が旅立った日から1年
ようやく気持ちが 落ち着いてきたこともあり
俺は君の遺した物の整理を進めている
桃
病室に置いていたバッグの中に
俺はくしゃくしゃになった 紙が入っているのを見つけた
“拝啓、俺へ”
君が自分に向けて書いた手紙だと思い
一瞬覗くのをやめようかと思ったが
なんとなく、開いてしまった
拝啓、俺へ
お元気ですか。
俺は...あんまり元気じゃないです。
白血病と診断されて
それも運の悪いことに末期で
余命3ヶ月だなんて言われて
あなたは絶望で先が 見えなくなっています。
当たり前の明日は 当たり前じゃなくなり
いつ死ぬかわからない不安の中で
桃くんの前では明るく 気丈に振る舞おうと必死。
なんとか考えた末
出した結論は 「嘘をつく」ということ。
あなたは出張に行くと嘘をつきます。
もう、彼は無いものとして扱おうと。
そう、決めました。
でもやっぱり彼のことを 忘れられなくて
黄くんに毎日のように連絡し
なんとか寂しさを 紛らわせようとするけれど
あなたは自分に 嘘をつけませんでした。
彼もまたすごい人で
俺を想う気持ちだけで
俺の居場所まで特定しました。
特定、というと言い方が悪いですが
俺は嬉しかったんです。
あの時、彼がきてくれたことが。
探し出してくれたことが。
嬉しくてたまらなかった。
でも、あなたは忘れようと している存在にまた触れることで
また彼を忘れられなくなると思い
彼のことを想う気持ちを 抑えつけてしまいたくて
会うことを断ってしまいます。
それを助けてくれたのは 黄くんでした。
黄くんは俺と彼を何とか会わせようと
あの手この手で頑張ってくれました。
黄くんにも、感謝しかありません。
いざ会ってみた途端
俺を心配しまくる彼には
愛おしさを感じました。
やっぱり俺は桃くんが好きだなと。
その日から、毎日彼は 来るようになりました。
嬉しかったけど、仕事が心配でした。
せっかく頑張って入った会社です。
俺のせいで辞めたりなんてしたら
俺が耐えられません。
俺は仕事に行くように言いました。
彼は渋々行ってくれましたが
俺がその日にたまたま 具合が悪くなってしまって
彼を心配させてしまいました。
具合が悪くなった日
きっともう長くないと悟りました。
次々に起こる体の不調は
俺にはどうにもできないものでした。
どれだけ治療しても治らない。
そんなのみんなわかってたはずです。
俺は正直、諦めてしまいたかった。
苦しい思いだけするなら、 死んでしまった方がマシだと 思ってしまった。
実際、桃くんにもそう言ってしまって
でも、彼は諦めたらダメだと
何十年先まで生きるんだと
強く、何度も言ってくれました。
だから、俺は彼のためだけに 生きようと、そう決意したのです。
でも、やっぱり体は正直で
生きようなんて気持ちとは反対に
悪くなっていくのがわかりました。
もうこの先、生きられる確率は低い。
それならばせめて。
せめてあの銀杏並木にだけでもと、 そう思いました。
せっかくなら晴れてる方が いいと思い、天気予報を見ました。
そこには、2日後が初雪だと 載っていました。
これは行くしかない、と思いました。
突然すぎたので、許可してくれるか 不安でしたが、どうしても彼と初雪を 見たいと懇願したところ、
意外にも許可を 得ることができました。
彼も、快く了承してくれました。
銀杏並木に行って
俺は彼に伝えたいことを 全て伝えようとしていました。
死に際にはゆっくりしていられないと 思ったからです。
彼のことです。
俺が死んでしまったら
後を追ってくるかもしれない。
そう思った俺は
何度も何度も、 生きてほしいと伝えました。
そして、大好きだと。
愛していると。
本当はもっとたくさん伝えたいことは あるはずなのに
いざ話し出せば、それ以外の言葉が 出てきませんでした。
俺にはたくさんの気持ちが あると思っていたけど
いつのまにか
本当の想いが考えで 埋もれてしまっていたのだなと
そう、気付かされました。
大好きなの。
本当に。
愛してるの。
君のことが、好きでたまらない。
一緒に見た桜も
海も
銀杏並木も
雪も
全部、俺の宝物です。
来年もまた見よう。
素敵な人生をありがとう。
貴方は、世界で一番素敵な
俺の恋人です。
幸せになってね。
“拝啓 愛する人へ”
“赤”
桃
すっかり君自身に書いた 手紙だと思っていたのに
まさか俺に向けてだったなんて
一体君はどこまで ロマンチストなのだろう
君の綺麗な字は
ところどころ滲んでいて
泣きながら書いたことがわかる
「来年も見よう」
「幸せになってね」
どんな気持ちで書いていたのか 想像すると
涙が溢れて止まらなかった
桃
そっと呟いたその声は
君の手紙に吸い込まれた
桃
枯れて落ちてしまった銀杏に
ほんのりかかる雪
俺は君がいなくても
銀杏並木に来ている
やっぱり君がいた方が綺麗だけど
景色だけでも十分だ
幸せになるよ。
次は桜だね。
『拝啓、俺へ』
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時差コメ失礼します 途中から展開は分かっていたものの、言葉や表現、全てに重みがあり涙を抑えられませんでした 読み終わった頃には枕がびしょびしょになるくらい泣いてました() 感動的な素敵なお話をありがとうございます、ぶくしつです🫶🏻
コメント失礼します!とても素敵な物語で泣きそうになりました😭 ブクマ失礼します🙇♀️
言葉一つ一つに重みがあって意味があって、ちゃんと2人の感情が現れててホントに言葉なんかじゃ言い表せないくらいに凄いです。 活動1周年おめでとうございます