矢野先輩が、気になる。

今年もまた、春が来て

私たちは高校生になった。

夢とか目標とか、そんなものは特になくて

家から近いし、

制服もそこそこ可愛いし、

何より、幼馴染の小春も行くって言うから

そんな理由で決めた学校。

楽しみなこともいっぱいあるけど、

それと同じくらいに不安もあって…

なんか、心の中が曖昧。

続けるつもりなんて、ない。

だって…

小春にはそう言ったけど、

高校でソフトボールを続けたくない理由は他にある。

そんなことを考えながら、

新入生の部活見学期間がスタートした。

小春は高校でも吹奏楽部に入るって、ほぼほぼ決まってるみたい。

やっぱり何でも｢続けられる｣ってすごいよなぁ…

それだけ小春は、フルートが好きなんだね。

吹いてる時のあの子は、別人みたいでカッコイイ。

まだ悩んでるように言ってたけど、

ソフトボール部に行くつもりはない。

まだ、迷ってしまいそうな校舎内を

行くあてもなくフラフラ歩いた。

秋斗くんは小春のお兄ちゃんで高３の先輩。

家は近所だけど、久しぶりに会った。

背が一気に伸びて雰囲気も大人っぽくて…

少しだけ、違う人みたいだ。

今の私に断る理由もなく、

秋斗くんの2、3歩後をついて行った。

秋斗くんって確か、男子バスケ部だったはずだけど…

ついてこいってマネージャー枠とかかな？

ウソ！

秋斗くんがバドミントン？

数分後

えええ！？

知らなかった…強制…。

秋斗くんはそう言って、部員の中に紛れて行った。

他の1年生たちもいつの間にか集まっていて、

ストレッチやウォーミングアップが終わった頃、部長と副部長が私たちの方にやって来た。

ていうか、

副部長なんだね、秋斗くん。

うわ…

実力主義って感じなんだなぁ…

絶対キツいよこの部活！！

私は秋斗くんをこっそり睨んだ。

秋斗くんがそう言うと、新入生の緊張がほぐれたのか笑いも起きた。

秋斗くんのアシストがあって、

部長もここでみんなの笑いを誘う。

秋斗くんとは真逆なタイプっぽいけど、

ただ怖い人ってわけでもなさそう！

そして何よりも…

経験者らしい数人が挙手し、

秋斗くんが空いているスペースに誘導した。

こうして、私の初めての部活見学が始まった。

秋斗くん、ニヤニヤしないで。

な…何を！？

絶対的にあなたには任せちゃいけないと思いますが！！？？！！？

秋斗くんが練習に戻って行ったあと、

こんなヒソヒソ声が余裕で聞こえた。

それから何だかんだ1時間くらい見学をして、

新入生は途中で見学終了の時間となった。

体育館を出ると、

他の女子からの視線が痛かった。

一気に疲れが出た気がして、

帰りの足取りが重くなった。

確かに。小春の言う通り。

どっちにしろ決断することって、

すごいこと、だよね。

そう思っていたのに…

放課後。

！？！？！？

矢野部長！？

やばい、距離が近くて

話がまともに入って来ない！

言葉を返すのにやっとだよ…

えっ？

うそ…矢野部長が

笑った。

ごめん、ダンス部。

ごめん、小春。

体育館までの少し長い廊下を

矢野部長と並んで歩く。

部長が更衣室に消えてくのを確認すると、

秋斗くんは私の肩をガバッと引き寄せ

小声で言った。

2日目は、やたらと見学の女子が増えていた。

これは絶対、部長と副部長目当てだよね…

私こそ、今日もここに来た理由は

呆れるほど単純なものだし、

他の子のことをとやかく言えるわけじゃない。

秋斗くんが教えてくれた矢野部長のプチ情報が

嫌になるほど頭の中を駆け巡る。

ぼんやり眺めていると、

突然秋斗くんはこっちに向かって両手を振ってきた。

ああもう、ほら…

新入生女子たちの視線がまた、突き刺さる。

……。

どうしよう、この気まずい空気。

矢野部長にラケットでお尻をポンって叩かれる秋斗くん。

ちょっとちょっとお二人さん、

無邪気に戯れてる場合じゃないですよ。

入学早々、私の立場が……。

この日の見学もとりあえず終わったけど、

私は部活終わりの秋斗くんをとっ捕まえる為に

1時間も教室で時間を潰した。

体育館までの渡り廊下を歩いていくと

着替え終わった秋斗くんがこっちに向かって歩いてきた。

そんなやり取りをしつつ、家の方向も同じだから

そのまま秋斗くんと帰った。

矢野部長が

私の名前を呼んだ…？

最悪私！！

けど部長がアイスって

なんか可愛くて…つい…。

秋斗くんが笑いをこらえていたのは言うまでもない。

私はこの状況に、ただただドキドキするばかりで…

矢野部長の顔なんて、ちっとも見られなかったんだから。