白馬
そう寂しげに呟くと、白馬は幼なじみの黒羽(クロハ)の肩にことりと頭を預けた。
黒羽はそんな白馬に小さく笑うと、お伽噺に出てくる王子様のよう、と女子からもてはやされる日だまり色の髪に、そっと指を通す。
愛しくて堪らない、とでも言うように、何度も何度も。
屋上へ延々と続く階段に、おんなと、おとこ。 ただ二人だけが、ある。
生徒たちが部活動に励む声を、どこか遠くに聞きながら。
黒羽はそっと口を開く。
黒羽
白馬が、はっと息を飲んだときには既に、黒羽の端正な顔は目の前にあって、漆のようにつるんとした、黒が印象的な瞳に囚われることしか出来ない。
クロハ、ちょっと待って。
そう告げることもままならず、ただただ瞳を揺らすことしか出来ない白馬の唇を、吐息がかすめて。
そして。
ガチャリと、立て付けの悪い扉が開いて、屋上から出てきた人物とばったりはちあわせてしまった。 白馬はその男に見覚えがあって、あ、と無意識に声が出る。 男は、確か、赤井といった筈だ。 出席番号1番。 誰ともつるむことなく、いつも窓際の席で本を読み耽っている姿が印象的だった。
幾つかの沈黙のあと、赤井は、黒髪がくるんと巻いた頭を乱暴に掻くと、気だるげに口を開く。
赤井
男の言葉に、白馬ははたと我に帰る。
確かに、今の自分は黒羽に壁に追いやられて、一方的にキスを迫られているように見えなくもない。
白馬
黒羽
咄嗟に出た言葉を、黒羽が制止する。
白馬はひゅ、と息を飲んで、ただただ押し黙った。
身体が芯から冷えていくのを感じる。
気の遠くなるような重い沈黙のあと、最初に口を開いたのは赤井だった。
赤井
黒羽
諌めるように黒羽が赤井にきつい視線をやるも、男の言葉は止まらない。
赤井
黒羽
黒羽がスカートを翻して階段を駆け上がり、赤井に掴みかかる。
てめぇ。本当に、やめろよ。 そう黒羽が低く凄んでも、赤井は少しも臆することなく、言葉を続ける。
赤井
白馬
白馬はと言えば、きつく唇を噛んで俯くことしか出来ない。
ぎゅっとブレザーの裾を掴むと、下から覗くスカート、ではなくてスラックスが暴力的に視界に飛び込んできて、ああどうして自分は男なのだろうと、胸のうちで毒づく。
視界はみるみる滲んできて、何か喋らなければそのうち自分は泣いてしまうと思った。
白馬が震える唇で言葉を紡ぐ。
白馬
赤井
ぎょっと大きく目をみはって窺いみた赤井は、口を掌で覆っており、分厚い眼鏡の奥では瞳が緩く弧を描いていて、ああこの男は笑っているのだと思った。
知らず知らずの内に水滴が頬を伝って、白馬は、自分が泣いてしまったと他人行儀に知る。
一度出てしまった涙は留まることなく、ダムの決壊の如くみるみる溢れ出して、白馬はついにはしゃくりあげて泣き始めた。
赤井
赤井がはっと息を飲み、そんなことはお構い無しの黒羽が男めがけて大きく振りかぶる。
程なくして頭上から鈍い音が聞こえ、白馬は咄嗟に顔を上げた。
見れば、黒羽に殴られたらしい赤井が頬を赤くして、尻餅をついている。
白馬
直ぐに白馬が階段を駆け上がって腕を掴むが、黒羽は止まれない。
黒羽
黒羽
白馬
黒羽のスカートの裾で、固く握った拳が、小さく震えている。
その拳が赤くなっていて、白馬は胸が締め付けられる思いだ。 黒羽はいつもこうだ。 白馬を守るためだったら、自分が傷つくことも厭わない。
黒羽
そう告げるだけ告げて、黒羽は白馬の腕を引き、階段を駆け下りた。
二人が連れだって去る様を、赤井はただ呆然と眺めることしか出来ないのだった。
白馬
どこに向かうでもなく、黒羽に腕を引かれるまま、長い廊下を歩く。 さっきから声をかけているのだが相手は酷くご立腹のようで、聞く耳を持とうとしない。
黒羽
白馬
黒羽が不意に立ち止まって、くるりと白馬に向き直る。
そしてこう言うのだ。
黒羽
そう頼もしく言葉を続ける黒羽は誰がどう見ても黒髪の美しい、スカートの良く似合う可憐な女の子で、白馬は分かった、ありがとうクロハ、とだけ言うと視線を床に落としたのだった。
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