君が走る度に歓声が聞こえる
甲高くてちょっと苦手だけど
皆、君が好きで 声をあげてるんだ
君は知ってるのかな
私
群がる女子達を見ながら 少し呆れた
なんだか 囲いみたいで怖くない?
だから、私は歓声なんかあげない
私
胸の内でこっそり君を思う
それが不器用な私の 恋の仕方だから
パァンッ
アンカーのゴールを 告げるピストル
クラスメイト
クラスメイト
口々にあがる賞賛の声
それに合わせて私も拍手をした
これくらいなら…良いよね…?
私
自分に言い聞かせて
ちょっと笑った
空が赤く染まって
カラスの鳴き声が 足を急かす帰り道
残暑があるせいか 私の首筋には汗が滲んだ
それにしても…
私
思わず呟くと
後ろからの声と共に 冷たい感触が首に走る
私
敬紀くん
振り向くと やわらかく笑った敬紀くん
その手にはソーダの缶
やば…汗でベタベタの顔 なんて見られたくないよっ!
必死で見られないように俯いても
君には意味がなかった
敬紀くん
敬紀くん
顔を覗き込んで ニカッ、と笑う彼
半ば強引に缶を 押し付けられた
私
敬紀くん
蓋を開けると シュワッ、と私の好きな音
口に入れるとほんのり 甘い味が鼻に抜けた
私
敬紀くん
敬紀くん
缶を指差しながら君が笑った
「微炭酸ソーダ」缶に書かれた 6文字を見つめて
しっかりと名前を覚える
私
敬紀くん
このソーダも、君もね。
そんな言葉を
言いそうになって ちょっと焦って
甘い微炭酸の二杯目と共に 飲み込んだ
敬紀くん
敬紀くん
私
急に話し出す敬紀くん
ちょっと焦りながらも 言葉を返す
敬紀くん
敬紀くん
私
遠くを見る目は輝いていて
どこかせつなそうだった
敬紀くん
私
私
敬紀くん
敬紀くん
恥ずかしかったのか 頭を掻いて笑っていた
私
私
私も慌てて笑顔を作った
炭酸の泡みたいに すぐに弾けて消えそうな笑顔を
敬紀くん
私の家と反対方面を指差した君
私
私
ぎこちなく手を振って 私達は別れた
私
声にならない叫びを枕に沈める
さっきから自分の最低さと 葛藤していた
ああああ!!
もう、なんなの?!
自分のこと好きだと知らないのを いいことに!
なんで告白の予定とかぁぁぁ!!
私
思わず、枕に顔を背けて呟く
君から貰った 残り少ない缶が目に入る
お返ししなきゃな…
でも、あんなこと言われたら 会いたくないよ…
私
そう言いながら少し涙が滲む
これでもまだ好きとか
未練がましすぎる…
私
小さく叫んで
再度枕に突っ伏した
体育祭当日
私は少しだけ浮かない気持ちで 個人種目をこなした
私
私
あの炭酸は気が抜けたはずなのに
この恋の気は抜けなくて
サイダー色の空が 嘲笑うように見下げていた
放送
ボーッとした頭に 放送席からの声
敬紀くんのファン達が 立ち上がった
私
あの中に敬紀くんの 好きな人もいるのかな
私も一緒になって 応援してれば良かったかな
なんで素直に 応援してないんだろう
私
襲いかかる自己嫌悪
無理矢理笑顔を作って クラスメイトと一緒に手を叩いた
パァンッ
女子の歓声と共に ゴールを告げるピストル
案の定、君は トップでゴールしていた
クラスメイト
クラスメイト
クラスメイト
次々とあがる賞賛の声
私
祝福と共にそんな事を思って
なんだか皮肉みたいだ、と 自分をまた嫌った
私
胸の内でそっと呟いた
体育祭が終わって
帰りのホームルームも終わって
丁度君が教室を 出ていく所だった
きっと、これから 告白しにいくんだろう
でも、なんだかそれが悔しくて
教室を一歩出た君を 止めてしまった
私
私
敬紀くん
驚くように目を丸くする君
咄嗟に掴んだ君の袖
顔が熱いな
真っ赤になってたり しないよね…?!
鳴り止まない心臓を 落ち着かせる為に深呼吸
吸っては吐いて新しい空気が 私を浄化していくみたい
───よし。
君の目を見て
あの日ソーダをくれた 君のように
優しく笑った
私
私
敬紀くん
私
弾けるような笑顔を浮かべた君
あの微炭酸に 似合っているなぁ、と
心の隅っこで思った
敬紀くん
敬紀くん
弾ける笑顔は崩さずに
軽やかに走り去っていく君
迷いのない、足取りだった
……言えなかったな
私の気持ち知っても、ね
君を困らせるだけなんだよ
きっと
ホットココアの時期には この恋も気が抜けてるだろうから
きっと新しい彼女と君は ココアを飲むだろうから
私の想いと一緒に 飲み込んでほしいなぁ
だから
その時まで
私
未だ気の抜けない想いが
君に言えなかった想いが
少しだけ、廊下に響いた