10時を回った頃
バイトからの帰り道
目の前がぼーっとなる感覚に思わず下を向く
最近こういうことが多い
早く家に帰らなければならないのに
段々と目眩が治まってくる
少し瞬きをして早歩きで家に向かった
暗い玄関に向かって小さく帰りを告げる
靴を脱いでいるとどたどたと足音が聞こえてくる
リビングに入ると食器を洗っているないこがいた
黙々とノートにペンを走らせる
なんとか課題の終わりが見えてきた
そんなことを考えていると
後ろの扉が開く
弟達が起きないよう2人で小声で話す
兄の疲れたような笑顔は
目を逸らしたくなる
朝
まだ眠い目をこすって体を起こす
普段は俺が作っているはずの朝食
今日はそれが既にテーブルに置いてあった
『作ったから食べてって』
あにきの字で書かれたメモ
きっともう兄は家を出てしまっただろうから
後でメッセージを入れておこう
目を輝かせるないこ
悔しいがやはりあにきには勝てない
1人で小さく唸る
眠過ぎて無理
しかし俺は学費免除の推薦枠生
寝る訳にいかない
軽く手の甲をつねってなんとか時間を耐えた
どうしてこんなに眠いのだろうか
誰に話しかけられても
歩いていても
気を抜くと寝そうになる
熱があるのではと言われるとそんな気がしてくる
元々いた教室は三階
保健室は一階にある
しかし今俺は一階と二階を繋ぐ階段の踊り場で力尽きている
視界が回る
目を閉じても症状は改善しない
今は絶対動かない方がいい
…一旦休憩、
目眩が治まってきた
もう歩ける
どのくらいここにいたのだろう
転ばないようにゆっくりと立ち上がる
この子は家庭の事情でバイトを許可されている子だと聞いている
推薦で高校に上がってきて学費免除だとか
…でも
顔色が悪いし微熱もあった
体調から見てあまり寝られていないのかもしれない
ここは、
…そうだ、保健室…
急に起き上がった俺に先生が驚いて小さく叫ぶ
嘘だろ
そんなに寝ていたのか
そう叫び教室まで走る
午後の授業を殆どサボった様なものじゃないか
それはまずい
教室の前に辿り着いた瞬間
…キーン…コーン…カーン…コーン…
授業終了のチャイムが鳴る
思わず頭を抱える
…今度の授業で先生に謝ろう、
学校が終わったあとはバイトに行き
今度は家に向かって歩く
今日の学校は散々だった
体調を崩すのは自分のせいだ
しっかりしなくては
暗い玄関に声をかける
そこまでは
いつもと同じだったのに
誰からも返事がない
もう寝てしまったのだろうか
…俺も一回寝たい
目眩に加え頭痛もしてきた
外が明るくなっていることに気がつき慌てて体を起こす
スマホを見るともう7時を回っている
今日は休日とはいえやることは多い
寝坊している暇はないのに…っ
どたどたと階段を下り
リビングのドアを開け放つ
謝罪を口にした俺の前には
誰もいなかった
みんな…どこに、…
必死に思考を巡らせていると後ろで玄関の開く音がした
昨日は余裕がなくて
スマホで画面酔いするのも嫌だな、なんて思って
だから
こんなことが起こっているなんて
知らなかった
家族が
あにきが
倒れただなんて
病室に飛び込む
寝ているりうらを膝に乗せるほとけと
あにきの手を握っている初兎
2人とも疲れているように見えた
そして
あにき
白い顔をしてベッドに沈んで
目を閉じていた
怒鳴るでも
殴るでもなく
淡々と
それでいてはっきりと
ないこは怒っていて
初兎もほとけも
俺を睨んでいるように見えて
俺は
謝ることしか出来なかった
あの日から
俺はバイトを増やした
あの後少ししてあにきの目は覚めて
"ごめんな"って
そう言ったあにきに全員で
"謝ることなんかない"って伝えて
険悪なムードはあにきに心配かけるだろうから
なんとなく全員で隠して
あにきは暫く入院になって
その間の生活費は俺が稼がないといけないから
弟達に不自由はさせたくないから
朝は学校
終わったらすぐファミレス
夜は居酒屋
治験のバイトまでしてみたり
家族には避けられている
でも
俺が頑張らなきゃ
弟にはあれ以上迷惑かけられない
俺は絶対倒れられない
毎朝
酷い頭痛と戦いながら起き上がる
授業中
ぼーっとする事が増えてしまった
テストの点も若干下がってきている
勉強時間増やさな…、
俺が声をかけると
あにきがこちらを見る
そして怪訝そうな顔をする
あー、どうしよう
あにきにはバレるか
…でも
そう言って軽く流す
全然頭に入ってこない
家に帰ってきてからもう3時間
殆ど勉強は進んでいない
…あー
眠いなぁ、
…なにか眠気が覚めるもの、ないかな
ふと目に入った
ペンケースの中のカッター
痛みがあれば寝ることもないだろ
そう思って
俺は静かにそれに手をのばした
痛くない
痛くないけど
気持ちいい
俺は今生きている
自分から溢れ出る赤い血をみていると
そう思える
窓の外を見る
空が段々と明るくなってきていた
一旦終わりにしないと
包帯…つけた方がいいよな
真っ赤に染まった自分の腕を見てそう思う
そう、小さく呟いた
リビングに下りるともうないこが起きていた
また無視
…でも、もういいか
俺のせいで家族が死ぬ事がなければ
俺の存在は俺だけが知っていればいい
誰にも認知されずとも
迷惑をかけてまで認識されようとしない
その生き方が
きっと俺の正解なんだ
学校へ行き
バイトをこなし
家に帰ってノートを広げ
苦しくなったら腕を赤く染める
自分の存在をひた隠すように
そんな生活を続けた
バイトの休憩中
ふと鏡に映る自分を見る
随分と痩せてしまった
食べても吐いてしまうんだから当たり前か
最近は殆ど何も食べていない
久々に頭が痛い
吐き気がする
視界が回って思わず座り込む
ここはどこだ
ただ白い視界に
動かない体
俺は死んだのだろうか
まぁそれでもいいか
俺の事知ってるの俺だけだし
ふと隣からか細い声が聞こえた気がした
久々に見る弟の顔
随分目元が腫れている
何かあったのだろうか
段々とないこの目に涙が溜まっていく
何を言っているのだろう
俺がしていたのは"当たり前"のことで
誰に強要された訳でもない
だからないこに非がある筈もないのに
そんなこと、気にしてたのか
みんなが俺を見てくれなくたって
別に俺は気にしないのに
"家族"
その言葉が俺の鼓膜に強く響いた
俺が守ろうとしたもので
俺が
目を背けたもの
息の詰まる感覚
苦しい
息が…
ごめん、ないこ
ちゃんと最後まで話聞いてやれんくて
僕らに親はいない
弟を産んですぐにお母さんは交通事故で死んだ
お父さんはお母さんが居なくなって
おかしくなって、自殺した
当時あにきでも高校に上がったばかで
凄く大変だったのを覚えている
高校を卒業してすぐあにきは働き始めた
いふ兄も高校に上がってバイトを始めた
僕は絶賛反抗期
きついことも沢山言った
それでも僕に笑って接してくれた
そんな兄が
あにきが倒れたというのに病院に来なかった
みんな何かあったんじゃないかって心配してた
でも
ないちゃんが帰ったらいふ兄はちゃんと家にいて
しかもあにきが倒れたことを知らなかった
あの時
いふ兄が病院に来た時に
変化に気がつけていれば
なにか違ったのかもしれない
病室に入った時
兄を見て驚いた
僕が前にあった時よりずっと痩せて
と言うより痩せこけていて
顔色はもう白を通り越して青
そして腕には点滴を打っていた
なにより一番目をひいたのは
血の滲んだ包帯
それに収まりきらない所にも無数の傷があって
少し怖いくらいだった
傷が見えない位置まで弟を抱き上げる
兄が膝をつき
ベッドに顔を埋め動かなくなる
肩をふるわせて
声を押し殺して泣く背中は
見ていて苦しかった
膝に抱えた弟を強く抱きしめる
この景色
2度目の起床
違ったのは口元
酸素マスクが付いていた
俺まで入院している場合じゃないのに
弟たちは大丈夫だろうか
ないこの話も聞いてやらなきゃ
俺にはまだ
まだやることが…
多分
僕らが兄を壊した
虚ろな目で笑う兄は
怖かった
目を、背けたかった
でも
そうだ
謝るより
泣くより
先にやることがある
烏滸がましく聞こえるかもしれない
けど
僕らが追い詰めたこと人を
救わなきゃ
ごめん
勝手に拒絶したのに
勝手に心をこじ開けて
でも
ちゃんと話したい
全部吐き出してほしい
俺は
辛くない
辛くないはずなんだ
だって俺が悪い
だって俺が…っ
…俺が、
…疲れた
"辛かった"
感情のない
苦しそうな笑顔より
感情が溢れた涙の方が
よっぽど安心する
俺たちはたくさん間違えた
けど
家族の笑い声が響くこの部屋に
明るく差し込む陽の光が
この先、何があっても
大丈夫だと
そう言っている気がした
コメント
4件
今回の話ほんとうに大好きです! 感動して涙が出そうになりました 初コメ失礼します🙇♀️
こんかいもさいこうでした^ ^
今回もめっちゃえぐすぎます...✨もう心臓バクバク口角上がりまくりでした✨ 好きすぎる...てかもうすごすぎて...ありがとうございます🙇((((((👊 ॑꒳ ॑ )