章太郎
章太郎が冷たい水のペットボトルを、顔に押し当てて頭上から見下ろしている。
一瞬心臓が止まりそうな感覚が自分の全身を貫いた。
優也
章太郎
優也
一つ大きく、息を吐いて章太郎が手にしているペットボトルを受けとる。
章太郎
優也
章太郎
章太郎は、自分の分の缶コーヒーをプチッと音を発てて開けると、ごくりと喉を鳴らして一口飲んだ。
そのわざとらしい音が章太郎の存在をアピールしているようで、何となく ホッとする。
数秒の沈黙の後、章太郎はドカッと目の前のソファーに座り大袈裟に長い足を組んで大きく伸びをした。
章太郎
章太郎が、わざとらしく空気を代えるように、そう切り出した。
母とさくらが死んで、優也は章太郎の家に世話になっていた。
叔母夫婦は、優也の事を本当の子供のように、温かく育ててくれた。
章太郎と優也は兄弟のように、いつも一緒だった。
二人で同じ部屋に寝て、優也がいつも夢にうなされる時には、章太郎が夢の淵から現実に引き戻してくれていたのだ。
高校を卒業してからは、二人で叔父のやっていた、縫製工場を手伝った。
そして、二年後に叔父は引退すると宣言して、工場を優也と章太郎に譲った。
章太郎は、自分は社長には向かないと言い優也を社長の椅子に座らせ、自分は、優也のアイデアを形にする! と現実を駆けずり 回っている。
そうして3年、工場は、格段に大きく成長して今ではアパレル業界では、優也と章太郎は有名人になった。
縫製だけでなく、自社のブランドを立ち上げ海外にも店舗を進出させた。
あの日から、ずっと優也の事を支えてくれた叔母夫婦や章太郎に何としても恩返しがしたかったのだ。
章太郎
優也
章太郎は、昔からとぼけた性格だが、それは表向きで、いつも周りの事をよく観察して相手の心を掴むのが、得意だ。
優也が、独りで居るときも絶妙なタイミングで、まるで空気のように心を抱き締める。
だから、勿論女性にも モテた。
章太郎
優也
優也は、この手の飲み会が本当に苦手だった。
章太郎は、優也が女性と付き合えば、何かが変わると思っているらしいが、いつも上手く行った 試しがなかった。
章太郎
中途半端な所で言葉を止めたので気になって章太郎の顔をチラリと見ると
章太郎
章太郎のようなモデル以上に華やかなカッコ良さはそれ程持ち合わせて居ないが優也には、違った美しさが有った。
ほっそりした輪郭に陶器のような肌。 硝子細工のように繊細な瞳に整った唇。 まるで、全てが作り物ではないかと思うほど、整っていて美しかった。
優也
ポツリと、小さく反論した所に、咳払いと共にドアをノックする音が遠慮がちに響いた。
山本
そう言って、秘書の山本が入ってくる。
優也と章太郎が会社を受け継いで、この会社はラフで自由な社風に成ったが、この山本だけは、マジメで几帳面な性格上、周りからは少し浮いた存在感を かもし出していた。
山本
マジメな顔で、チラッとイヤミを言う所も章太郎の お気に入りだ。
山本
この辺りの小学校では、地元の店や会社での職場見学が恒例になっている。
優也
優也の返事がまだ終わらないうちに、山本はタブレットでメールを打ち始めた。
山本
それだけ伝えると、軽く頭を下げてサッサと自分の仕事に戻って行った。
章太郎
章太郎は、そんな事を言いながら最後のコーヒーをグッと飲み干し、苦笑いを見せた。
優也
章太郎
ソファーから立ち上がると、章太郎は軽く手を上げて出て行く。
章太郎
一瞬立ち止まって振り向くと、最後のだめ押しをして今度こそ部屋を 出て行った。
章太郎
章太郎は、合コンで会った女子二人を両脇に侍らせて、上機嫌になっていた。
スラリと伸びた長い手足に、軽くフワフワした髪。 上質なジャケットに 高級腕時計。
雑誌から抜け出たような章太郎の存在は、女子達の注目の的だった。
優也
優也は、上機嫌な章太郎を受け流して、軽く手を上げて独り先を歩き出した。
そこに、章太郎の左側を占めていた合コン相手の奈美江が駆け寄り、優也の腕を捕まえた。
奈美江
優也は、大袈裟にため息を付き、自分の腕をガッツリ掴み上目遣いで見上げる奈美江をチラッと横目で威嚇するように見て腕を 引き抜いた。
優也
そう一言投げ捨て 又歩きだす。
奈美江
奈美江は、ポカンと口を開けて固まっている。
章太郎
そう言った章太郎の呆れた声をかき消すように声が割って入った。
コンビニ店長
4人の足がふと止まり、声の方にいっせいに視線を走らせる。
声の主は、通りのコンビニの店主のようだ。
小学校に上がるか上がらないか位の年頃の少女の腕を掴み、店の前のゴミ箱の中のゴミを拾って大声で怒鳴っている。
少女は、ゴミ箱の中から引っ張り出したのか、何かの食べ物の残りを掴んで放さないでいる。
店の回りには、野次馬がポツポツと集まり、スマホで写真や動画を撮る連中までいた。
もう一人の、合コン相手の瑠璃が又、高い声でわざとらしく一言発した。
瑠璃
そんな言葉を背中に、優也は少女と店主の方に歩き出していた。
章太郎
章太郎が慌てて止めに追ってきたが、優也が店主に辿り付いた方が僅に 早かった。
優也
コンビニの店主に後ろから声をかけた。
コンビニ店長
ふいに、話しかけられた店主が優也に気を取られて、振り替えった瞬間に少女は、店主の手を振り切って走り去ってしまった。
コンビニ店長
店主は、走り去る小さな背中を恨めしそうに睨みながら、散らばったゴミを拾い始めた。
優也は、スマホ撮影人達を、チラッと横目で睨み、自分も店主と一緒にゴミを片付け始めた。
背中には、取り巻き女子二人が、ポカンと優也の背中を眺めていたが章太郎だけは呆れ気味に近寄って来てゴミの片付けを手伝い始めた。
章太郎
ぼそりと、呟いた章太郎の横顔が軽く笑っているように見えて優也は何故かホットした。
優也
章太郎は、いつでも優也の考えや気持ちを風がそよぐように、自然に掬ってくれた。
コンビニ店長
コンビニの店主は、申し訳なさそうに、優也達に声をかけたが結局最後までゴミを片付けて、終わった頃には野次馬達と共に奈美恵と瑠璃の姿は、跡形もなく消えていた。
章太郎
章太郎は、恨めしそうに一言漏らすとガシッと優也の肩に腕を回し、グッと顔を近づけてきた。
章太郎
アレ、とは章太郎の好物のアイスだ。
子供の頃から章太郎にはお気に入りのアイスが あった。
その頃の優也達には、高級で子供の小遣いでは、しょっちゅう食べられる物ではなかったが、大人になってからは章太郎の家の冷蔵庫には、大抵常備してある位の好物なのだ。
優也
そんなやり取りをしながら、コンビニでアイスを買い、良い大人がそれを歩きながら食べる。
章太郎の、こんな子供っぽい所も又、人を引き付けるのだろうと、優也は勝手に納得するのだ。