マサト
サナ
マサト
昨日話したことだけど、俺は本気でやりたいと思ってるから
サナ
ちょっと...あなたね...
サナ
パン屋開業なんて、始めるのにいくらかかると思ってるの?
サナ
無理に決まってるでしょ
マサト
金は、銀行から借りるのと、俺の貯金でなんとかするよ
マサト
サナと、ハナには絶対に迷惑かけないから
サナ
あなたの言うことは、信じられません
サナ
お金で迷惑かけない、って言ったって
サナ
どうせ上手くいかなくなったら、私とハナに八つ当たりするんでしょ?
サナ
そんなの、分かってるのよ
マサト
絶対に、そんなことしないよ
マサト
誓うから...だから頼むよ
サナ
あのね、無理なものは無理なの
サナ
それに、ハナは今年、大学受験なのよ?
サナ
これからお金だってかかってくるし...
サナ
あなたのことで、迷惑なんて受けさせたくないの
マサト
絶対に、2人には迷惑かけない
マサト
俺1人で、進めるよ
マサト
ずっと、若い時からの夢だったんだ
サナ
そうやって言うけど、なんで今さら...定年間際になって言うの?
サナ
若い時にやろうと思えば、チャンスはあったんじゃないの?
マサト
若い時は、昇進することで精一杯で、
マサト
とてもそんな時じゃなかったんだ
サナ
でも、例えば休日とかに、何か情報を集めることはできたんじゃないの?
サナ
個人でパン屋さんの開業を始める人は、学校に行かなくても、
サナ
パン屋さんの開くパン教室に行ったりして、パンの焼き方を勉強をしたりできるのよ
サナ
やり方なら、いくらでもあったんじゃないの?
マサト
そういうやり方もあることは、知ってるけど...
マサト
あの時、残業があるのは普通だったし...
マサト
体力的に相当、しんどかったんだ
サナ
ほら、やっぱり...
サナ
仕事を理由にして、始めれない理由にしようとしてるじゃん
サナ
そんなんだったら、今定年になって体力が少なくなってきてる時に、
サナ
始めることなんてできるわけないでしょ
マサト
今回は、俺マジなんだよ
マサト
その気持ちは、入れ替える
サナ
その言葉に何度、騙されてきたか...
サナ
仕事が休みの日でも、ハナの遊びには付き合ってくれなかったくせに
サナ
私が休日に家族で出かけよう、って言ったら、
サナ
決まって仕事で疲れてて、体がしんどい、
サナ
しか言わなかったじゃん
サナ
それを今さら...
マサト
自分勝手なのは、十分わかってるよ
マサト
でも、本当にこれが最後のチャンスだし、
サナ
じゃあ、そんなに本気なら、やってもいいよ
マサト
本当か!?
サナ
ただし、上手く軌道に乗らなくて、失敗したら...
サナ
私、あなたとは離婚するから
マサト
分かった...
マサト
俺、頑張るよ
サナ
あと、私は応援しないからね
サナ
お金の支援も、絶対にしないから
マサト
分かった
マサト
許してくれて、ありがとう
~2週間後~
サナ
あなた
サナ
家出て行くなんて、本気なの?
マサト
うん、本気だよ
マサト
とにかく、体力があるうちに、頑張って焼き方とか、
マサト
基本のパンの焼き方を勉強したいんだ
サナ
だからって...
サナ
なんで、ハナが大学受験真っ最中の時に、そんな家から離れるようなことするの?
サナ
いくら、自分のやることを叶えたいからって...
サナ
家族の支えは、子供にとって必要でしょ?
サナ
それくらい、考えてよ
マサト
ごめん...
マサト
今は、家にはいれない
サナ
あなたって人は...
サナ
やっぱり、いつまでたっても自分のことばっかり...
サナ
そんなんだから、ハナにも呆れられるんでしょ?
サナ
なんで、そんなことも分からないの?
マサト
本当に、父親らしいこと全くできなくて、申し訳ないと思ってる
マサト
でも、早く開業したいんだ
サナ
そんなに急ぐ理由なんて、なんかあるの?
サナ
急いだって、何も良いことないに決まってるんだから
マサト
俺、絶対に来年の春までには開業したいんだ
マサト
だから、今は1日でも早く、自分が成長できるように頑張りたい
サナ
来年の春!?
サナ
今、夏よ...?
サナ
いくら何でも、初心者なのにあと半年くらいで開業なんて...
サナ
無理にもほどがあるんじゃないの?
マサト
あのなぁ、なんでいつも、やる前から決めつけるんだよ?
サナ
あなたのことだもん
サナ
途中であきらめることになるに決まってる
マサト
またそうやって...
マサト
いい加減にしてくれよ
マサト
俺って、そんなに頼りないかよ?
サナ
うん、頼りないよ
サナ
怠けもので、全然私のことは助けてくれなくて...
サナ
仕事してるときも、子育てのことは一切目も向けてくれない
サナ
そうでしょ?
マサト
だから、それはこの前謝っただろ
サナ
謝ればいい、ってものじゃないでしょ?
サナ
そんな状況が何十年も続いて...
サナ
その時の悪いイメージなんて、簡単に消えるものじゃないの
サナ
分かってよ、それくらい
マサト
怠けものって...
マサト
俺が退職して、最近寝不足になってまで開業準備のために、
マサト
パンを焼いてるのに...
マサト
まだ、認めてくれないの?
サナ
私が簡単に認めるとでも思ってる?
サナ
そんなこと、できるわけないじゃん
サナ
怠けものは、いつまでたっても怠けものなの
マサト
あっそうかよ
マサト
いつまでも、俺のことそうやってバカにして...
マサト
絶対に、成功させてみせるんだからな
~3か月後~
サナ
ちょっと!あなた!
マサト
なんだよ?
サナ
今、融資を受ける予定の銀行から連絡があったの
サナ
うちには融資はできない、って...
マサト
えっ...!?
サナ
銀行の経営難が原因で、約束していた融資はキャンセルさせて頂きますって...
サナ
あなた、すでに設備の購入のローンも立てたんでしょ!?
サナ
どうするの!?
マサト
どうする、ってそんな急に言われても...
マサト
頭回んねーよ...
サナ
だから、言ったのよ...
サナ
こんな無茶なこと、できるわけない
マサト
でも、こんなこと起きるなんて、分からなかったじゃん
サナ
あなたの周りにいると、嫌なことばかりしか起きないのよ!
サナ
疫病神に取りつかれてるみたい...
マサト
そんな言い方することないだろ...
サナ
もう、私方向性変える
マサト
は?何?
サナ
ハナの側にいてほしい、と思ったけど...
サナ
かえって、あなたのことで心配かけるから、今は私たちから距離を置いて
マサト
あんなに、俺が家出て行くことに反対したくせに...
マサト
今度は邪魔者呼ばわりか...
マサト
そっちだって、勝手すぎるんじゃないのか?
サナ
これが今は一番いい方法だと思うの
サナ
だから、ハナと連絡取るのも、控えてよ
サナ
いいね?
マサト
分かったよ
~翌年3月~
ハナ
お父さん
マサト
ハナ
マサト
久しぶりだな、元気にしてたか?
ハナ
元気だよ
ハナ
お父さんこそ、元気?
ハナ
無理してない?
マサト
ああ、大丈夫だよ
ハナ
あのね、お父さんに伝えたいことがあって...
ハナ
第一志望の大学、受かったよ
マサト
本当か...?おめでとう、ハナ
ハナ
ありがとう、お父さん
ハナ
それで、パン屋さんの開業は、どうなの?
ハナ
順調に進んでる?
マサト
母さんから聞いてるかもしれないけど、
マサト
父さん、銀行からもらう融資を、断られちゃってな...
マサト
そのあとから、知り合いとか、友人に頭下げて回って...
マサト
合計で150万の借金してるんだ
マサト
足りない分は、コンビニの深夜バイトで賄ってるよ
ハナ
そうなんだ
ハナ
大変じゃないの?
マサト
大変だけど、でも...
マサト
父さん、何とか頑張って、開業するからさ
ハナ
あのさ、なんでそんなに開業急ぐの?
マサト
実は...ハナの大学進学と関係してて
マサト
ハナ、県外の大学に行くだろ?
ハナ
えっ...
ハナ
お父さん、私が受ける大学、知ってたの?
マサト
いや、前に机の上に置いてあった進路調査書を、見ちゃってな...
マサト
ごめん、その時に知っちゃったんだ
マサト
それで、ハナが家を出る前に、俺も夢を叶えて、
マサト
気持ちよく送り出したいな、と思って...
ハナ
そう、だったんだ...
マサト
父さん、ハナの大学受験にはお金のことで迷惑はかけたくなかったから
マサト
途中で家出たりしたけど、本当は受験のことは応援してたよ
ハナ
私は、お父さんのこと、信じてたよ
ハナ
小さい頃は、仕事に一生懸命なパパで、
ハナ
あんまり一緒に遊べたことはなかったけど、
ハナ
実は、仕事に一生懸命なところは、すごく尊敬してた
マサト
そんな...
マサト
ありがとう、ハナ
ハナ
それでね、
ハナ
私も、お父さんのパン屋さんの開業を応援したいな、って思ってね
ハナ
クラウドファンディングをしたの
マサト
えっ?
マサト
ハナが...?
ハナ
うん、
ハナ
定年退職間際の父が、人生最後の挑戦をしようとしてます、
ハナ
って投稿したんだよね
ハナ
そしたら、合計で50万円も集まったよ
マサト
え!?
マサト
そんなに!?
ハナ
うん、私もね、すごいビックリ
ハナ
メッセージもね、沢山もらってる
ハナ
募金してくれたのは、主にパパと同じ年代の人で、
ハナ
過去に手に職をつけたかったけど、途中で諦めちゃった人たちからだよ
ハナ
体力があるうちに、こんなに挑戦しているなんて尊敬します
ハナ
っていうメッセージばっかり
ハナ
すごいね、お父さん
マサト
ありがとう、ハナ...
マサト
でも、どうしてこんなこと...
マサト
父さんは、ハナに今まで父親らしいこと、全くできなかったのに
ハナ
私、お父さんが私と、お母さんのために一生懸命仕事してくれたこと、
ハナ
知ってるもん
ハナ
私が奨学金を借りずに、大学に行けるのも、
ハナ
お父さんのおかげだから
マサト
ありがとう
マサト
そんな、大学費用なんて、大したことじゃないよ...
ハナ
でもね、私にとってはすごく嬉しいことだよ
ハナ
お父さんは、私の自慢のお父さんだから
ハナ
私、お父さんなら必ず成功してくれる、
ハナ
って信じてたもん
マサト
ハナ...
マサト
本当に、ありがとう
ハナ
いいんだよ
ハナ
私ね、県外に行っても、お父さんのこと応援してるよ
ハナ
たまに、帰ってくるから
マサト
うん、いつでも帰っておいで
マサト
待ってるから
ハナ
うん!
ハナ
あっ!あとね...
ハナ
原材料の小麦粉とか、牛乳を、
ハナ
全部じゃないけど低価格で提供してくれる農家さんを見つけたの
ハナ
だから、これからはそこから、納品したらいいよ
ハナ
コストは抑えられると思う
マサト
ハナは、本当に自慢の娘だよ
マサト
ここまでしてくれて...本当にありがとう
ハナ
私ね、お父さんがお母さんから開業のことを前向きに思われてないことは、知ってたの
ハナ
でもね、本当はお父さんのことが心配で、きつい言い方してただけだから
ハナ
だから、あんまり恨まないであげて
マサト
うん、そうだよな...
マサト
夫なんだから、信じてあげないとな...
ハナ
だから、お父さんも家に帰ってきてよ
ハナ
私が出て行ったら、お母さん1人になっちゃうからさ
マサト
でも、母さんは多分、俺のこと許してくれてないと思うから
ハナ
2人とも、素直になれてないだけだって
ハナ
お母さんなら、お父さんのこと受け入れてくれるよ
マサト
分かった
マサト
母さんに、心配かけたこと謝ってみるよ
ハナ
うん、
ハナ
仲直りしてくれたら、私も嬉しいから
ハナ
じゃあ、お母さんと私、待ってるからね
~後日談~
マサト
僕は、娘のハナが妻との懸け橋をしてくれたおかげで、長期的な夫婦喧嘩を解消できました
マサト
さらには、妻のサナが、パン屋営業の手伝いをしてくれることになりました
マサト
大学で経済学を勉強しているハナは、卒業後は学んだことを活かして、
マサト
店の営業を手伝ってくれる予定です
マサト
こんなにも、家族の助けを受けて自分の最後の夢を叶えられるなんて思ってもいなかったので、
マサト
すごく幸せです