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まえがき
※カントリーヒューマンズ二次創作です。 静かで少し切ない雰囲気の短編になります。 解釈はご自由にどうぞ。
彼は、いつも同じ場所に立っていた。 その姿を、人々は日帝と呼ぶ。 それが名前なのか、役目なのかは、彼自身にも分からない。 立つ位置も、向く方向も、決められている。 背中の印は、彼の名前を必要としない。 それが何を意味するのかを、彼自身が考えることもない。 考えなくていいように、ずっとそう教えられてきた。 朝は早い。 空が完全に明るくなる前に、彼は帽子を被る。 布が額に触れる感触だけが、毎日少しずつ違う。 それ以外は、何も変わらない。 歩く速度。 姿勢。 視線の高さ。 誰かに見られていなくても、体は正確に動く。 それが「できる」ということなのか、 それとも「慣れてしまった」ということなのか、 彼には分からなかった。 昼の時間は、静かだ。 音はあるのに、意味のある会話はない。 必要な言葉だけが行き交い、不要なものは最初から置かれていない。 彼はそれを、不思議だとは思わない。 そういうものだ、と知っているから。 夕方になると、空の色が変わる。 その変化を、彼はいつも視界の端で見ている。 正面を向いたまま、少しだけ。 夜。 人の気配が遠のき、世界が狭くなる時間。 彼は帽子を外し、深く息を吐いた。 胸の奥に、何かが溜まっている気がする。 でも、それに名前をつけることはしない。 名前をつければ、形になってしまう。 形になれば、向き合わなければならなくなる。 それは、少し面倒だった。 鏡の前に立つ。 映っているのは、見慣れた姿だ。 変わっていない。 少なくとも、表から見れば。 目を凝らしても、違いは分からない。 だから彼は、それ以上見ようとしなかった。 昔のことを思い出そうとして、やめる。 思い出す理由がない。 思い出さなくても、明日は来る。 空が少しずつ明るくなる。 朝が近い。 彼は再び帽子を被る。 立ち位置に戻り、背筋を伸ばす。 世界は、何事もなかったように動き出す。 彼も、その中の一つとして、そこにいる。 特別なことは何もない。 変わったこともない。 ただ。 今日も。 それでも。 彼は、立っている。