粉末状にされた柘榴の実で顔を洗い、10年程経っても未だ苦手な紅を引く。願うなら、誰か此処から連れ出してくれないだろうか。否、駄目だ。彼が、未だ此処に居るから___
芥川
敦
そう、彼が僕の兄分である芥川龍之介。主人を含め、此処の人は皆、彼を龍と呼ぶ。本名は基本明かすものじゃないから。__僕等は陰間。歌舞伎役者の見習い、と言えば聞こえはいいが此処は少し違う。主人の趣味で連れてこられた少年達が陰間として客を取っている。
僕も龍も幼い頃は確かに歌舞伎役者の見習いとして稽古をしていた。然し、二人で買い出しに行ったその日、僕等は誘拐され、気がついたら此処に居た。龍は体が弱い為、中々客を取れない。主人はそんな龍を追い出そうとするが、そんな事はさせない。僕が、龍を守らないと__
芥川
敦
芥川
そっと優しく、龍が僕の事を抱き締める。もう20歳になりそろそろ追い出されてしまう龍からは、客を惹きつけるための香油の匂いがしない。思わず服を掴んでしまう。
敦
芥川
敦
くるりと踵を返して僕は部屋へ向かう。幾ら昔から回復力が高い僕でも、栄養をまともに取れない中だからか、数日前にできた傷がよく痛んだ。
敦
客
敦
震えながらお客さんに跨り、ゆっくりと腰を落とす。体の中になにか入ってくる感覚が気持ち悪い。これが、龍だったらいいのに。
敦
客
敦
客
敦
客は下から腰を打ちつけながら僕の首を絞めてくる。ただでさえ気持ち悪いのに、脳に酸素が回らなくて苦しい……。
客
敦
客
敦
客
敦
客
敦
客
敦
客
敦
客
敦
それからはあまり覚えていない。乱暴に動かれ、中で出されて、ほぼ意識を失っていたところで時間が来て、客は帰っていった。これで終わればいいんだけど__
主人
主人の声にはっとさせられ、中のものを掻き出し服を整えてできる限り元通りにする。緩くなってしまった後ろはどうしようも無いが、先程まで客はいなかった、と錯覚させなければいけない。ここの掟だ。
その後、三切れと一切れの客を相手にして、幾度か記憶を飛ばして朝を迎えた。最初の客の様に、何故か僕は指名が取れても痛客が多い。故に、暴力を振るわれることもしばしば。
主人
朦朧としている中、誰かが部屋に入ってきた。龍か?否、この足音は主人だろう。今日も、来たのか。
主人
敦
戸惑いながらも服を脱ぎ、“稽古”と称して主人に体を貸す。龍の症状が悪化し始めた頃から主人は龍を追い出さない代わりに僕を使うようになった。
主人
敦
主人
敦
主人
敦
主人は僕をモノの様に扱って、満足したのかすたすたと部屋を出ていく。以前、主人が望む様に振る舞えなかった時は酷く殴られた。その傷は今でも痛む。今日は殴られなかっただけまし、か。
芥川
前の晩に客の相手をしなかった幾度目かの朝を迎えた。敦は隠している心算だろうが、とうの昔に知っている。僕が客を取れないせいで、敦は主人に虐げられていると。然し、僕も同じ。使われる事は減ったが、食事を与えられないのだ。三日程食べない事は最早常となった。
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
眉を下げて悲しい顔をする敦を引き寄せ抱き締める。幼い頃からよくこうしていたからか、敦は無抵抗で僕の腕の中に入る。今となっては敦の方が背も高くなってしまった。傍から見たら僕が抱き締められているように見えるだろう。
芥川
敦
芥川
敦
芥川
敦
余程疲れていたのか安心しきった顔ですやすやと寝始めた。全く、相変わらず間抜けな顔をしている。
手元に置かれた無花果を手に取り、口にする。……矢張り客が置いていった、というのは嘘だな。中で蠅が死んでいる。僕の身を案じるなど、愚かな事を……。
敦
出会った時から此奴は僕を妙に慕ってきた。役者の稽古に着いていけず、買い出しすら満足に出来ない僕を。確か、僕が11の時だったか__
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
敦
其れが敦との出会いだった。肺を病んでいる故、長時間の稽古が出来ない僕は、一度も褒められた事が無かった。然し、敦は僕に尊敬の眼差しを向けてきた、所謂変わり者だった。
何度言っても聞かなかったので仕方無く弟分にした時は何とも間抜けな面をして喜んでいた。
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
敦
芥川
其の日を境に、敦は本当の弟の様に甘えてくる事が増えた。抱きしめてやるのも、時折不安定になる敦が落ち着くからだ。他人に甘える、という事を上手くできない僕等は、不器用に互いを慰めていたのかもしれない。
芥川
敦
今日は久しぶりに長時間稽古が出来た様で嬉しげに話に来た。そして其の儘眠くなって寝てしまった様だ。龍と出会ってから、そろそろ3年の時が経つ。僕は12、龍は14。ずっと高く見えていた龍の背と、気がつけば並んでいる。そして、気付いてしまった事がある。
芥川
敦
間違いじゃない筈なんだ。だって、そうじゃなきゃ……。初めて芽生えた恋心が嘘って事になる。
恐らく、初めて龍を見た時から好きだったのかもしれない。然し、当時9つの僕に恋心など判る訳もなく、憧れとしか思えなかった。陰間として体を売っている内に、龍への思いが恋心だと確信した。でも、告げられない。だって__
芥川
敦
芥川
敦
惘乎していると腕を引かれ龍に抱き締められた。いつもは厭な筈の香油の匂いが心地好くて、思わず泣いてしまいそうになる。
芥川
敦
芥川
敦
芥川
先を歩く龍の耳が赤かったからか、僕が莫迦なのかは分からない。浮かれた足取りで追いかけて後ろから抱きついたら、
芥川
敦
芥川
敦
其の日は僕等の中に兄弟では無い、何か別の関係が芽生えた日だった。浮き足立っていた僕には翌日、誘拐されるだなんて思ってもいなかった。
コメント
1件
凄い良かったです!!😆🫶