コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ニルヴ・オブライエン、それが彼『女』の名前だった。
ニルヴ・オブライエン
東京都山口市ノースポイント自治区域の、イスラム教徒ゲットーに生まれる。
イスラム教徒の子女として厳格な教育を受け、ノースポイント区立第8中学校を卒業後、ただちに婚約者ケンザブロウ・ハキムと結婚し、今に至る。
ニルヴ・オブライエンは、睡眠回復槽から胎児のごとく捻り出された。
そして、思い出せたのが上記 の記憶だけであった。
ニルヴ・オブライエン
ニルヴ・オブライエン
ニルヴ・オブライエン
ニルヴ・オブライエン
混乱するニルヴの周囲には同じように、睡眠回復槽から胎児のごとく女達がひり出され続けている。
女達は目の前にも何人となく立ちすくんでいる。
皆一様に浮かべた表情は、困惑。
まったく何もない部屋に、ごろごろと産み出されてきたばかりだ。
ニルヴ・オブライエン
女たちは互いに自分を知らないかと問い合い、なぜ自分がここにいるのかと情報交換を始める。
証券会社勤務、大学職員、そして学生や教師、パン屋の職人など、様々な経歴を持っていた。
しかし、全員揃って具体的な記憶がまったく無い。 パン職人は、肝心のパンの作り方自体を知らなかった。
出身がアメリカのフィレンツェ州の教師は、そもそも母国語であるはずの英語がロクに喋れない。 なにより、フィレンツェ州などという出鱈目な地名はない。
室内に軽快なジングルが鳴り響き、正面の……女達がひり出された睡眠回復槽の反対側の壁に、巨大な徽章が映し出される。
国連外宇宙開発局
国連の男
国連の男
国連の男
画面の中央に映ったスーツの男が、軽いジョークのように言った。
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
ニルヴ・オブライエン
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
全裸の女達全員に、動揺が広がる。
なにせ全員、自分が罪を犯した記憶が無いのだ。
国連の男
国連の男
ニルヴ・オブライエン
皆口々に、自分の経歴を話し出す。
自分と同じく、イスラム教徒がほとんどいないはずの地域出身のイスラム教徒が何人もいた。
しかも、地名はぜんぶ出鱈目だ。
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
ニルヴ・オブライエン
ニルヴ・オブライエン
国連の男
国連の男
国連の男
ニルヴ・オブライエン
国連の男
国連の男
男は勿体ぶるかのように、テーブルの上の高価そうなグラスから水を飲む。
自分たちには衣類どころか、水すらない。
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
ニルヴ・オブライエン
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
最後に、記録日時は2045年3月27日という、328年前の日付を指してビデオは終了した。
ビデオの男が冗談のように言った最後の台詞はとてつもなく重く、誰一人として笑える者がいなかった。
シリコンとステンレスと豚の臓物 それが彼『女』らの肉体を構成するすべてだった。
328年前の動画が終わると同時に示された通路に、彼『女』らはぞろぞろと歩いてゆく。
そもそも裸を見て喜ぶ男は、まだここには1人もいなかった。
おそらく、女の裸を見て喜ぶ最初の世代が現れるまでには、あと13年ぐらいかかるだろう。
さっきのビデオで男が言ってたように、明らかにお腹が大きな女が混じっていた。妊婦のほぼ全員が、難儀そうにしている。
ニルヴ・オブライエン
自分……ニルヴは、妊婦たちを見ながら思う。
たぶん、ニルヴ達に与えられた記憶記憶は、記憶とも呼べないプロフィールの箇条書きでしかないだろう。 わざと雑に作られた偽モノの。
しかも、ビデオの男の言うとおりならば、ほぼ全員が元は男、しかもその全員がかなりの重大犯罪者だ。
そんな地球の選りすぐりの荒くれ者が、脳を加工されたとはいえ、いきなり臨月の妊婦となったのだ。
妊娠してないだけ……いや、臨月ではないだけまだマシなんじゃないかな、と思う。
ニルヴ・オブライエン
ニルヴは手近の妊婦に声をかけ、手助けする。
アリシア
妊婦は、にっこりと笑って応える。 妊婦の笑顔は、暴力衝動を抑えるホルモンと妊婦特有の脳内麻薬の相互作用で出来ていた。
ニルヴ・オブライエン
アリシア
お互いに自己紹介してみて、あまりの違和感に噴き出す。絶対に違うという確信だけはあった。
ニルヴ・オブライエン
アリシア
ニルヴ・オブライエン
アリシア
ニルヴ・オブライエン
アリシア
彼『女』達は全員すべて同じステンレス内骨格であるため、全く同じ身長・手足の長さになっている。
それゆえに、身長は全員一律で165センチで統一され、服のサイズは1サイズのみしか存在しない。
空調が完全に行き届き、温度管理も内蔵と頭部だけに限定されるため、船外活動服以外の衣装は、まったく飾り気のない下着とジャージしか存在しなかった。
しかし、その骨格に盛り付けたシリコン筋繊維・皮膚は個々人で異なり、スタイルが異なっている。それゆえに、ブラだけはAからDまで4種類存在した。
ニルヴ・オブライエン
アリシア
ニルヴ・オブライエン
エレイン
短髪の東南アジア系美少女が、快活に答える。
エレイン
アリシア
ニルヴ・オブライエン
エレイン
エレイン
ニルヴ・オブライエン
アリシア
エレイン
ニルヴ・オブライエン
アリシア
アリシアは、軽く答える。
そういう他愛ない女子の会話をしている間に、ビデオ放送が開始する。
いい年をしたオバハンが欲望丸出しでふてぶてしく行きぬく、男が見たら胸やけがしそうなアメリカ発のコッテリドラマだ。
エレイン
ニルヴ・オブライエン
主役のファッション雑誌の敏腕編集長が新しい若い恋人とはじめてのセックスをエンジョイするところで、CMが入った。
国連の男
国連の男
国連の男
さっきの男は、ロシア系の人相の悪い少年のガムテープを多少の肉ごと引きちぎる。
アンドレイ
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
スーツの男としか言いようのない男が、溜息混じりにアンドレイ・マルチノフという凶悪な人相の若者を紹介する。
アンドレイ
アンドレイ
若者は歯をむき出しにして吠える。
国連の男
男は、アンドレイの肉体に長い注射針を突き刺す。 そして一気に、中身を体内に押し込む。
国連の男
国連の男
国連の男
アンドレイ
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
アンドレイも見える位置に、ビデオレターが再生される。
ミハエル
ミハエル
アンドレイは、何かをうめいている。
ミハエル
ミハエル
「いいえ、悪魔を産んだ私も悪いの」
そしてアンドレイの両親は、互いの頭を拳銃で撃ちぬいたところでビデオレターは終わった。
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
男は、ちらりとアンドレイを一瞥する。 不快な害虫にしか向けない視線だ。
アンドレイ
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
国連の男
アンドレイの獣のような悲鳴とともに精神の醜悪さとは正反対の壮健な身体に、一切の情け容赦なく医療用鋸が入る。
画面には、
国連の男
国連外宇宙開発局
そして悪趣味なCMが終了した。
ニルヴ・オブライエン
アリシア
ニルヴとアリシアは、ウンザリ顔でCMを見る。
ニルヴ・オブライエン
アリシア
ニルヴ・オブライエン
エレイン
エレインが得意顔で解説する。
ニルヴ・オブライエン
アリシア
エレイン
アリシア
あのCMを見てか見ずにか、それでも自分探しをした者は3名いた。
しかし記憶を回復した途端に発狂して、 人間の大脳を収められたヘッドソケットの永久再凍結処分を受けたものが2名。 1名は眼球に釘打ち銃(リベットガン)を打ち込んで、 自ら脳を破壊した。
エレイン
壊れたヘッドソケットお掃除係。
つまり釘打ち銃で室内に飛び散ったアリシアの脳を掃除する係に当たってしまったニルヴとエレインは、ブチブチと文句を言いながら生臭い破片を拭き集めた。
ニルヴ・オブライエン
エレイン
ニルヴ・オブライエン
エレイン
ニルヴ・オブライエン
アリシア・シルバーバーグ、それが彼『女』の名前だった。
インドネシアのムンバイ出身で、弁護士の娘として生まれる。
富裕層の子女として厳格な高等教育を受けアメリカに留学。 ペンシルバニア大学を卒業後、図書館司書として勤務し、今に至る。
アリシア・シルバーバーグは、義体調整用のメンテナンスルームで目覚めた。
そして、思い出せたのが上記の記憶だけであった。
アリシア
アリシア
……そもそも、横で産声を上げている血まみれの新生児と、剥き出しになった自分の内臓はどういうことだ?
アリシア
アリシアは、剥き出しになった自分の臓物を指して言う。
ミネルヴァ
サリー
医師は子宮断裂部をつまみあげ、プロテイン製の硬質素材で出来たホッチキス針でカチカチと止める。
そして、ホッチキスで止まった部分にチューブ入りの水分反応型のプロテイン製ゲルを塗りつけた。
回復促進のためにステロイドも入った弾力性ゲルは、見る間に血を吸い固まり同化して、子宮を止血する。
サリー
そして即席医師は腸詰の子宮付近に付いた水密ファスナーを上げ腹皮をボンドで封印し、手術は完了した。
ミネルヴァ
サリー
サリー
ミネルヴァ
頭部の方からの声が、そう請合った。
アリシア
ミネルヴァ
ベッドに横たわるアリシアに、包布にくるまれた生まれたての赤ちゃんが手渡される。
しかし、アリシアには何の感慨も沸かない。
強いて言えば、あるのは困惑だった。
ミネルヴァ
サリー
ヘッドソケット換装を担当したという助手が、モニタ画面を見ながら言う。
サリー
ミネルヴァ
この船の搭乗員はほぼ全員が元男という説明どおり、大脳の構造的に出産時に母親になる自覚が現れないものが想定されていた。
そのための出産時脳波モニタリングであり、緊急回避用の出産時専用脳内麻薬だった。
特に今回の新生アリシアは、ヘッドソケット換装自体は出産よりも優先順位が下だったので仕方がない。
男の科学者が母性本能かくあるべしと考えた液状の母性本能 『こんにちは、赤ちゃん』 がアリシアの脳幹内に注入される。
そもそも今のアリシアは出産そのものには立ち会っていなかったから、当然であった。
わずか数ナノミリグラム。 それによりもたらされたのは、全世界を手に入れたかのような幸福感と、今までどこにあったのかすら分からないところから断固として溢れ出る愛しさ。
その精神の根底を揺さぶる衝撃が血まみれの新生児という視覚情報を経て、我が子の誕生を本能レベルで認識される。
アリシア
ミネルヴァ
サリー
もうアリシアは、2秒前まで 『なんだこの血まみれのサルみたいな生き物は』 という認識でいたことすら、完全に遡って消去していた。
自分は、この赤ちゃんのために生まれてきたとの確信に至る。
アリシアのヘッドソケットが新品…… つまり、全く別の犯罪者の脳に換装されて、まだ10分と経過していなかった。
このアリシアは、厳密には新生児よりも後で生まれたのだった。
エレイン
ニルヴ・オブライエン
2人の女が、不細工なケーキを手に訪れる。
アリシア
ニルヴ・オブライエン
エレイン
アリシア
全く面識がない2人に謝る。 2人からは、魚でも料理してきたかのような生臭い匂いが漂っていた。
エレイン
ニルヴ・オブライエン
エレイン
ニルヴ・オブライエン
よく見れば、2人の飾り気の全くないジャージのあちこちに、痰のようでいて何か違う欠片がこびり付いていた。
アリシア
エレイン
サリー
ミネルヴァ
ニルヴとエレインは、不恰好なケーキを持ち上げる。
エレイン
ニルヴ・オブライエン
ニルヴとアリシア、それに医師のサリーと看護士のミネルヴァは明らかに失敗作の不恰好なケーキを差し出して言う。
「「「「お誕生おめでとう! 赤ちゃんとアリシア!」」」」
アリシア
アリシアは、赤ちゃんを抱きしめながら、強烈な脳内麻薬の余韻に浸っていた。
アリシア
「当艦は、まもなく惑星オーストラリア軌道上に到着します。先遣隊選抜メンバーは装備確認後、速やかにドロップシップに集合してください」
ニルヴ・オブライエン
エレイン
ニルヴ・オブライエン
ニルヴとエレインは、脳の飛沫がかかったままの服でお祝いに来て、そのまま先遣隊として惑星オーストラリアへと降り立つ準備に飛び出していく。
アリシア
アリシアは赤ちゃんを抱いて、二人を見つめる。
エレイン
ニルヴ・オブライエン
2人は他の先遣隊護衛要員とともに装備を確認しながら話す。
エレイン
ニルヴ・オブライエン
たとえ何人死のうがそんなこと関係ないぐらいにね。 ……という言葉を続ける必要は、2人にはなかった。
ニルヴはグレネードランチャー付きアサルトライフル、 エレインはサブマシンガンと大口径ハンドガンを担ぐ。
女性ホルモンの分泌信号は、ここで終了。
その代わり、男性ホルモンのテストステロンと興奮物質のアドレナリンがゆっくりと脳内を燃やす。
『ヘルダイバー、ドロップします』
先遣隊を積んだドロップシップが、地表に向けて投げ落とされる。
「「「「ヒャーッ! ハー!」」」」
12名の先遣隊全員が、 恐怖とも興奮ともつかない、 がさつで荒くれた叫び声をあげた。
ニルヴ:オーストラリア(惑星)の大気圏なう
エレイン:酸素濃度も気圧も高くて、大気圏が分厚いお ヘルダイバー内大騒ぎ
オードリー:早めにパラシュートを開く。このままだと地表到着までに腸詰がモツ煮込みになるよねぇ。
シンシア:マジデスカ。 おれ妊娠してんだからそれ勘弁。 そもそも妊婦を降下部隊に抜擢すんな。
ニルヴ:まあまあ、妊婦には神様の祝福があるって言うじゃない
エレイン:赤ちゃんありがたやー、ありがたやー
大気圏突入用ドロップカプセル『ヘルダイバー』内のテキストメッセージの応酬が、 船内全員に向けて公開されている。
もちろんキーボード等の入力装置は使わず、 思考入力形式になっていて、 眼球の視覚情報に直接インポーズされる形でテキストデータは表示されている。
ミネルヴァ
看護士のミネルヴァが、 船内からリアルタイムに更新されるメッセージを確認する。
サリー
アリシア
アリシアは、赤ちゃんを抱きながら問う。
サリー
サリーは全く意識せず、自然に同性愛者のことを『腐れトランス』と呼んでいた。
トランスの訳語は『カマ野郎』ではあるが、 実際はその10倍ぐらいキツい言葉で、 日本語では正確に表現不可能な語彙だった。
それに無意識に『腐れ』と付けていた。
サリーは男だったときは、 当初は性的な多様性を意味した。
……が、すぐに相当強烈な悪口と化した『LGBTQs』差別主義者だったようだ。
もうLGBTQsは、単なる使用禁止用語になってからのほうが長い。
ミネルヴァ
サリー
だからバカでも出来る医者しか仕事なかったんだよね…… ということだった。
船内では、医師や看護士は掃除人の次ぐらいにIQが低い者の通常勤務となっている。
そしてクルーの平均IQは、80台の後半だった。
偏差で言えば、地球人類で知能が低いほうから、およそ20%以内にいる知的水準の犯罪者がメインの編成となっている。
サリー
サリーは、シンシアの脳内ホルモンバランスを調整しながらメッセージを送る。
サリー:シンシアは、腸詰をパージする事態はできるだけ避けて。
オードリー:通訳します。 『ジェンダーフリーの手先のおフェラ豚ども! 他の糞袋は死んでも構わんが、お宝入りだけは残しとけ!』 ……だってさ。
豚の内臓1匹分をまるまるシリコンゴム製の袋に詰め込んだ消耗品の内臓、通称『腸詰(ソーセージ)』が、初めて『糞袋』と呼ばれた瞬間だった。
シンシア:だったら、最初ッから斥候(リーコン)チームから外してくれよ……ねー、赤ちゃん。 ママ死ぬの怖いよう!
シンシアの脳内にアリシアに与えられた『こんにちは、赤ちゃん』の千分の1程度の妊婦用脳内麻薬カクテル・『真珠貝』が投与される。
え『真珠貝』のもたらすセロトニンの沈静作用が、怒りと恐怖に熱くなったシンシアの脳を即座に蕩けさせる。
ようは、完全にキマっていた。
ニルヴ:アハハハ! だったら、生きて帰ろうよ!
エレイン:そうそう、生きて帰るんだよ! 生きて帰って、アリシアみたいに赤ちゃんを産もう!
オードリー:そっか、あなたたちアリシアのベビーちゃん見てきたんだよね。
ミネルヴァ:ええ、旧アリシアの脳髄を掃除したご褒美で、赤ちゃんを見る権利が貰えたんだ。
先遣隊に選ばれた彼女たちは囀(さえず)りを残しながら、 対惑星用強襲揚陸艇(ドロップシップ)・ヘルダイバーは、
地球より濃密な大気圏と低い重力を持つ惑星オーストラリアへと降下していった。
ヘルダイバーは、惑星オーストラリアの地表に突き刺さるように降着する。
予定ポイントからは大きく離れたものの、降着地点が地表であったのは幸いだった。
シンシア以外の先遣隊は、 そろそろ本格的に男性ホルモンであるテストステロンの効果が顕(あらわ)れはじめ、 視野が狭窄(きょうさく)し皮膚感覚が鈍磨(どんま)していく。
闘争ホルモンのドーパミンが、じりじりと心をシリコン色からステンレス色に塗り替えていく。
オードリー
オードリー
オードリー
エレイン
オードリー
続いて調査班のリーダーのシンシアが、説明を始める。
シンシア
シンシア
シンシア
シンシア
オードリー
厳重に機密されたハッチが開き、完全装備の気密服を装備した2人とともに、『ポテト』が外気に晒(さら)される。
ジャガイモの名を持つジャガイモ状の肌色の生き物は、無菌状態で飼育されている。
ほぼ生存環境が人間と同一の、ネズミ起源の人造生命体だ。
人間よりも早く毒素の影響を受けやすく、また死ぬと体表が紫をはじめとした様々な模様になることで危険の種類を知らせる。
この地球の悪を寄せ集めた移民団の中で先遣隊に選ばれた12人の誰よりも、ただ死ぬためだけに生まれてきた生物だった。
ニルヴとエレインは、周辺哨戒のために『クリーパー』に乗り込み着陸地点周囲を走り出す。
1人乗りの超ミニ軽トラックに銃座を付けただけの低コスト軽威力偵察車両であるクリーパー。
その脇に置かれたポテトは、30分以上が経過しても弱る兆候を見せなかった。
ニルヴは意を決して、ヘルメットの気密を解除する。
エレイン
ニルヴ・オブライエン
銃座のニルヴは地球人類として初めて、オーストラリアの大気を大きく吸い込んだ。
ニルヴ・オブライエン
高濃度の酸素と低重力の環境下で500メートル超級の樹木が高層ビル群のような規模の太さで粗雑に乱立し、その下には地球の樹木クラスの下生えが茂っている。
あちこちに、その下生えを生きる食物連鎖の底辺を占める甲殻類が生息していた。
そしてそれは、時には彼『女』たちどころかクリーパーとほぼ同レベルのサイズのものさえあった。
運転席のエレインも、マスクを外す。
エレイン
オードリー
ニルヴとエレインの運転するクリーパーの背後に、クリーパーよりも大型のセンチネル多脚自走砲に良く似た生物が轟音を立てながら接近していた。
砲塔をこちらに向けて、クリーパーを超える速度で接近してくる。
ニルヴ・オブライエン
ニルヴは、砲塔に向けてチタン弾頭の徹甲弾を叩き込む。
センチネルモドキは、甲殻のあちこちが割れて内部が露出する。
しかし、その程度では死ぬことすらなく逃亡した。
オードリー
ニルヴ・オブライエン
オードリー
ガソリンエンジンの排気ガスとよく似た成分を砲塔から発散しながら、 センチネルモドキはクリーパーの背後を追跡していた。 逃走時には、その砲塔とともに類似成分の揮発が収まっている。
エレイン
オードリー
エレイン
シンシア
ニルヴ・オブライエン
エレイン
背後から、硬い何かを砕く轟音が響く。
ニルヴ・オブライエン
エレイン
クリーパーは下生えの巨草の茎を旋回し、音の元凶に迫る。 重機関銃からチタン弾頭の徹甲弾を撃ち込まれ、 体液を漏らすセンチネルモドキが。
カマキリ……ただし重量は5倍を越える『斧』が鎌の位置に付いている。 斧カマキリに絡め取られ、その大質量巨大斧を振り下ろされていた。
オードリー
ニルヴ・オブライエン
エレイン
銃座の弾頭は純ナトリウム散弾に換装され、 照準は斧カマキリの薄い腹膜に重なる。
ニルヴは、重機関銃の引き金を引いた。
水より軽いナトリウム弾頭でも、斧カマキリの薄い腹膜は切り裂いた。
ナトリウム粒は斧カマキリの腹の中で体液と激烈な反応を起こし、 水素を発生させながら爆発的に燃える。
そして、その爆発的に発生した水素自体が周囲の高濃度酸素により加速度的に酸化し、 さらに巨大な無色透明の炎を噴き上げながら爆発した。
柔らかい腹部をすべて失った斧カマキリは攻撃を感知し、こちらに殺到する。
クリーパーを停車したエレインは、 大口径ハンドガンから 1発100グラムの劣化ウラン弾 を叩き込んだ。
そうして斧カマキリは、頑丈な巨大斧と足と胴を残して完全に沈黙した。
クリーパーは、チタン弾頭と巨大斧と水素爆発でボロボロになった センチネルモドキに近づく。
センチネルモドキは、折れた砲塔を再び出して排気ガスに似た匂いを大気に充満させ、体側にスリットを開く。
ニルヴ・オブライエン
ニルヴは、センチネルモドキがたぶん交尾用に開いたスリットに、ナトリウム弾を撃ち込んだ。
いまわの際に愛を表現したセンチネルモドキは、 甲殻を残して焼滅した。
オードリー
オードリーは、無線越しに2人に話しかける。
「「は、はひ! あの、その……ゴメンなさい!」」
2人は同時に謝った。
威力偵察を無視して、意味が全くない戦闘行為を行ったのだ。 最低でも叱責、下手をすれば何らかの懲罰を受ける可能性がある。
最悪の場合、ヘッドシェルの永久凍結もしくは破棄刑も有り得た。
オードリー
オードリーは、呆れたように笑う。
シンシア
シンシアは、陶酔したように自分自身の肩を抱いていた。
アリシア:今度はアナタたちの赤ちゃん産みたいな!
サリー:アタシ等みたいな知能の低い凶悪犯罪者のDNAなんて、 この船に乗ってるわけないじゃん(笑)
ミネルヴァ:そもそも、どさくさまぎれにもう一回妊娠しようだなんて、 ふてえ野郎だ(怒)
アリシア:わたしの脳は妊娠も出産もしてないのに!
サリー:じゃあ、ベビーちゃんをアタシにくれよん。
アリシア:斧カマキリとかにヘッドシェル装着するぞテメエ。
秒間300バイトしか送受信できない母船との通信は、 結局ヘルダイバー内で見ていた皆によるテキストデータでの実況となって、 送られていたようだった。
前にシンシアがつぶやいた通り、 惑星オーストラリアの生物は巨大すぎて、 人間が生態系の頂点に立つのはほぼ不可能という結論が出た。
陸上には確認されているだけで60メートル級の生物が、 空には40メートル級の生物が、 海中に至っては200メートル級の生物が存在していることが確認されている。
でも、生態系の頂点に立てなくても、 この惑星の生態系の一部に溶け込むことは出来るのだ。
彼『女』たちは、惑星オーストラリアへの入植を決断した。