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雨の音だけが静かに響いていた
薄暗い店内には、古い紙と微かな珈琲の香りが漂っている。
店の奥、カウンター越しに1冊の本を閉じながら、私は小さく息を吐いた。
夜霧雫
そう呟いた所で、返事をする者はいない。
当たり前だ。この店に必要以上の会話はない。
ここは夜話堂。
表向きは古書店。
けれど実際は、金や対価と引替えに情報を扱う場所。
人はよく秘密を持ち込む。
知られたくないこと。 探したいもの。 消したい過去。
そういうものほど、ひどく価値がある。
私はそれを売るだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
人と深く関わる理由なんてないし、必要だとも思わない。
どうせ人は簡単に失うものだから。
だからこそ、信じるのは情報だけでいい。
情報は裏切らない。
少なくとも、人間よりはずっと誠実だ。
不意に、扉上部のベルが小さく鳴った。
夜霧雫
顔を上げた先に立っていた人物を見て、ほんの僅かに目を細める。
その姿は、あまりにも見覚えがあった。
夜霧雫
霧のように遠かった過去が、静かに音を立てて揺れた。
太宰