口無
……お前はなにも知らないんだな。

十二村
…え?

口無
… こ こ で は こ れ が 日 常 だ 。

十二村
なっ…流石救薬と言えど従業員が死んだら不味いんじゃないっすか!?
…きっと、きっと助けは来るっす。
それまで…耐えましょ……ね?

口無
助けが来るかはわからない。
けど…そうだな…一縷の希望に賭けて助けを待ってみるか。

助けを待つ。
来ることのないそれを。
頭のどこかでは分かっていた。
でもそれに希望を見出してしまった。
なにより…あの後輩を傷つけるのが怖くて。
すぐに壊れそうで。
俺の予想は大体合っていた、温度が氷点下まで下がったころ、若干のパニックを起こしているように見えた。
ここはなにか話して宥めようか。
口無
…なぁ、その…お前好きなもの…とかあったりするのか?

十二村
なんすかその主人公のこと嫌ってるのかと思いきや口下手なだけだった父みたいな台詞は…
…そうっすね、ゲーム以外だと恥ずかしいんですけど…ラノベ、が好きっす。
アニメも漫画も禁止されて、図書館で出会った唯一の楽しみだったっす。

口無
…そうか

十二村
やっぱパイセン口下手だっただけな父親っすね!?
てかパイセンはなんかあるんすか?

甘党なことを言ったら馬鹿にされる気がするので言うのはやめておこう。
口無
……煙草…とか?

十二村
うわっパイセンその見た目で喫煙者なんすね!?
…子供みたいな顔してんのに意外〜
てかパイセン何歳なんっすか?

口無
…あー助けを持ってるだけじゃ駄目だな、出る方法を探そう。

十二村
パイセンめっっちゃ話そらしたっすね!?
…まぁ別にいいっすけど…

口無
…あの冷風機、なんとかして止められないか?

十二村
止める…あ、なんか挟んで止めるとかどうっすか?
今おれが持ってるのはボールペンとメモ帳と…ポチ…

口無
…ポチ?犬か?

十二村
いや、3■Sっす

口無
…まあいい、それを挟んでみよう。

十二村
…もったいないっすけど…そっすね!やってみましょ!

十二村
パイセン意外と力強いんすね…

口無
い、いから…!早くやれ…!

十二村
はーい、ボールペン行くっす〜

冷風機の勢いが強くてボールペンが粉砕されてしまった。
十二村
…メモ帳行くっす〜

当然、ボールペンが駄目だったのだからメモ帳も粉々になってしまった。
十二村
ポチ…壊れないで欲しいっすね…
行くっす…

粉砕はされなかったものの、部屋中を跳ね返って地面に落ちた。
…壊れていなくてもフィルムやデータが駄目になってそうだ。
十二村
…止まらない…っすね…
あー…ドア!ドア開けないっすか!?

口無
…開いてたらとっくに外に出てる。

十二村
うぐっ…それは…と、とりあえず物は試し!っすよ!

扉のハンドル手をかける。
固く閉ざされた厚い鉄の扉。
触れたところから体温が奪われていく。
冷たい。
力ずくで開けようとハンドルを右に回したり左に回したりしようとするがびくともしない。
十二村
…やっぱ…開かないっすよね…

口無
開いたら良かったんだけどな…

十二村
やっぱ、出られないんすね
内側からじゃ、助けを待つしかないのかぁ…
ここから出れなかったら、おれの親泣いてくれるかな…

口無
…親と、なんかあったのか

十二村
なんかあったってほどしゃないっすけど
あんまり仲良くなくて…へへ、こんな話するつもりなかったのにな…
あー寒い!寒いっす!パイセンなんか暖かくなる話してくださいっす!!!

口無
…は…急にそんなこと言われてもな……
あー…夢、夢とかあるか

十二村
…夢、一応弁護士っす

口無
…一応?

十二村
「将来の夢は弁護士」って言うと親がよく褒めてくれたっす。
でも、理由がそれだけで本当に夢なのかはわからなかったっす。
…本当はもっとやりたかったことがあったはずなのに…

口無
…じゃあ簡単なものでいい、あれが食べたい、とか一日中寝たい、とかそんなくだらないことでもいいから

十二村
…キムチ鍋食べたいっす、この世のものは辛ければ辛いほど美味いっすから
好きなものは食べれるときに食べといたほうがいいっすよ…ほんと、

口無
…他には?

十二村
…ないっす。それだけ。

口無
恋人を作りたいとか…

十二村
恋愛に興味ないし誰かを好きになれる気がしないっす。

口無
ペット飼いたい…とか…

十二村
大金払ってまで好きな動物なんていないっす。

十二村
…おれ、学校で高熱を出して保健室の先生に家まで送ってもらったことがあるっす。親は来なかった。
家の鍵を忘れて5時間ぐらい、親が帰ってくるまで外に閉め出された状態だったことがあるっす。
一人暮らしの家のフローリングは冷たくて汚かったっす。

十二村
…家に誰か居てほしかった…。

口無
…誰かに…友達とかと一緒の家に住むとかしたらいいんじゃないか?

十二村
大学中退後に連絡をくれた友達は誰もいなかったっす。

口無
なら…俺が一緒に住んでやるから…な…?

あぁ、この子供は純粋で無垢で、聡明で賢くて…なによりも寂しかったんだな…。
結局、叶えられるはずもない。
ただのないものねだり。
吐く息が白く薄く視界を覆っては消えていく。
静かな、冷風機の唸る音しか聞こえない、冷凍庫。