まだ雪が降り始める前の冬
スタスタと歩く絵心さんの後ろを、俺はなるたけ音を立てないように慎重に着いて行った。
何も悪いことはしていないのに、周囲の目がやたら気になる。
ego
大きな扉の前で、絵心さんはくるりと振り返った。
俺は深呼吸をして、オメガ専用の隔離施設に足を踏み出した。
あの頃の俺はこんなことになるなんて夢にも思わなかった。
思いたくもなかった。
あの日の機械から伝わる無機質な絵心さんの声を、俺は鮮明に覚えている
指定された場所で俺を迎えたのは巨大なスクリーンひとつで、仕方がなく地べたに腰を下ろした。ひんやりとした床がやけに心細くて、俺はゆっくり膝を抱えた。
ego
俺は不思議と嫌な感じがした。
ego
スクリーンに、俺の健康診断の結果が表示される。つ、と文字を目でなぞった。俺は医学に明るくないから、検査項目に羅列されている文字や基準値の数字にはいまいちピンとこない。
"Ω"
その文字に俺は額からじわりと汗がでた。
ego
ego
reo
かろうじて出した声は掠れていた。
オメガ転換とはその名の通り、アルファやベータが後天的にオメガになることである。心から誰かに屈服したうえ、地震の身体に備わっているアルファ性を凌ぐ強いアルファフェロモンを受けることで、徐々に身体がオメガに変容していく。自分に縁があるとは思わず、詳しく知ろうともしていなかった状況に頭の中が空っぽになる。
ego
reo
絵心さんは想定内とばかりに頷いて、画面に資料を張り出した。
ego
差し当たり、俺は抑制剤と項を守る保護シートを支給された。廊下を歩きながら、一通り受けた説明をもう一度噛み砕く。
混乱しているときでも、優秀な脳味噌は絵心さんの理路整然とした説明をきちんと理解していた。
まず、発情期中は排便が出来なくなるため、ゆっくり食事量を減らす必要があるらしかった。
一、二日目は準備期間であり、腸の洗浄やグリセリンの分泌が始まる。三日目以降本格的な発情期、四日目でピークを迎えて、以後緩やかに症状が収まる。
二日目から四日目の受精率が最も高いが、排卵前後七日間は妊娠が可能である。
七日以降は抑制剤を飲んでしまえば日常生活を送れるくらいまで回復するが、可能性のことを考えて青い監獄では十日間が規定らしかった。
青い監獄にいるオメガは、普段抑制剤でヒートを抑えている。
休暇中に、オメガは十日間は専用のフロアに軟禁され、誘発剤で一斉に発情させられるらしい。
こうして、サッカーに影響がなるべく少ないようにしているのだ。十日というのは、多くのオメガが完全に発情期が終了する日数である。
廊下の端に人影が見えた気がして、慌てて渡された抑制剤や保護シートをポケットにねじ込んだ。部屋で薬を飲んだとはいえ、自分のフェロモンが上手く隠れているか不安になる。俺は無意識に項を摩った。
凪は多分アルファだし、斬鉄もオメガではないだろう。そもそも、ここにいる時点でオメガである可能性はかなり低い。
オメガでも凪の隣に立てるだろうか。オメガでも一緒にサッカーをできるだろうか。
元々オメガの人口は少ない上に、第二性はデリケートだ。故に、友人との話題にのぼることがほとんどなかった。
俺がオメガという性別に出会う時はすなわち、御影コーポレーションを狙った犯罪に出会うときである。自分があのように本性を剥き出しにすると言われても、酷く不自然に思えた。
あれから、毎日フェロモン安定剤を飲んでいる。性の不安定は心身に強い影響を与えるためだ。不安定食後に一粒、一日に三回、俺は白い錠剤を身体に入れる
hiori
中央ジョイントホールでの二次選考の結果発表及び三次選考の説明が終わり、各々が部屋に戻ろうとしたときだった。
はんなりとした京都弁が静かに響いて、俺は勢いよく振り返る。周囲に人がいないことをさっと確認して、経験上人好きのする笑顔を浮かべた。
reo
hiori
俺を安心させるように傾けた顔に、さらりと髪がひと房こぼれ落ちた。氷織をじっくり見るのは初めてだった。無機質なまろい肌に笑みを張りつけたような、人というより物質という感じがする氷織は、その髪色と相まってくらげを彷彿とさせる。その滑らかな肌に触れたら刺されてしまいそうで、俺は一歩後退った。
hiori
reo
間をおいて答えた俺に、氷織はふふと妖しく笑った。サッカーをやってきたとは思えないくらいの白に加えて、他の箇所よりも青みが強くなった喉仏が上下に揺れた。ぺたり、ぺたりとゆっくり氷織が近づいてくる。
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reo
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reo
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急に出された凪の名前に、カッと頭に血が上った。
reo
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何がしたいんだと言いかけた俺に、貼り付けた笑みを剥がしてだらんと腕を垂れ下げた氷織がぐいと顔を近づけた
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reo
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reo
両親は俺がアルファだと知ったとき、たいそう喜んだ。
アルファ性であることは、属する社会の上位数パーセントに存在することを裏付けるからである。
同時に、結婚できる年齢になったらすぐに番契約を結びなさと口酸っぱく言われた。どれだけ優秀なアルファでも番を持たないものは絶対に大成できないし、秘密義務のある職業にも就けない。
番を持たないアルファはすべてのオメガのフェロモンを感知するため、発情期のオメガを使った犯罪に圧倒的に遭いやすいからである。
趣味も国籍も関係なく、ただアルファというだけでターゲットになってしまう。
俺は小さい頃から漠然と自分のことをアルファだと思っていたから、御影姓と併せて常に周囲に目を向けていた。
そして、そういえば誰かに甘えるということをしたことがないなと思った。こうすれば喜ぶ、みたいな処世術を幼稚園の頃には身につけ、相手の要求する「御影玲王」を演じてきた。
ある時は物分りの良い聡い子どもを。
ある時は年相応の無邪気な子どもを。
物心ついた時から、ほしいものはなんでも与えられ、努力といった努力をしなくても成果が出て、それを発揮する環境があった。
それを不幸だと思ったことは無い。過度な期待はめんどくさいけれど、自分の技術を伸ばすのは純粋に楽しかった。
両親にビジネス書を買ってもらった帰り道、おもちゃ欲しさに地べたで泣き叫ぶ同年代の子どもを見て、心の中で軽蔑した。
そのとき、なぜか虚しくなったのをなんとなく覚えている。
布団を被って、電気を消したばかりの慣れない目で墨のような暗闇を見つめた。
氷織も、もしかしたらそういう感情が燻っているのかもしれない。
氷織の空っぽの顔を思い出した。ぐちゃぐちゃに塗りつぶされたようでいて、必死に何かを求めているようだった。
結局俺は、氷織が何をしたいのか掴めないまま二週間の休暇を迎えた。
「お前専用の部屋があるから」と渡された紙を見ながら、相変わらずだだっ広い隔離施設を歩いた。
発情期のための準備は全て向こうが担ってくれるらしく、手ぶらで来て良いと言われたときはとても驚いた。
専用の部屋がプロジェクトに参加しているオメガ全員に分け与えられてるとしたら、予算は相当なものになるだろう。
俺の部屋があるということは、バース転換を起こす人もいることも踏んで作っているはずである。
紙を見ながら突き当たりを右に曲がった。どうやらここから三つ目が俺の部屋らしい。
部屋番号を確認してから入ること、という赤い文字が紙に踊っていて、「隔離施設では部屋の間違いが致命的になる」という絵心さんの言葉を思い出した。誰でも自分の発情期の姿なんて人に見せたくない。
tigiri
扉が開く音がして、聞き慣れた声が耳朶をうった
シャワーを浴びた後なのだろう、桃色の髪の毛から水滴が滑り落ちてtシャツを濡らしており、前髪がぺたりと額に張り付いていた。
reo
tigiri
千切は頭をタオルでガシガシと雑に拭きながら、からりと笑った。
tigiri
個人差はあると言われていたがそこまで違うのか、と思いながら曖昧に受け流す。
オメガの中でも、より劣等感が強かったり自己価値感が低い人の方が発情期が重い傾向にあるという。俺はどっちなのだろうと一抹の不安を覚えた。
オメガは、何かしら抱えていることが多い。抱えているものに押しつぶされてオメガになったか、オメガの枠に閉じ込められて抱えるようになったかの違いはあれど、「オメガである」という自覚はよりオメガたらしめていく。
何事も無かったかのように話す千切を見て、いつか俺も凪に見捨てられたことを笑って話せるようになるのかと思った。
ベッドに寝転がりながら、検索バーに氷織と打ち込む。画面には、氷織によく似た顔が銀メダルをもって笑っている画像が沢山出てきた。
あのぱっちりした目は母親譲りなんだなとスクロールしていると、どうやら両親ともにトップアスリートだったことが分かった。
父は柔道の全日本銀メダリスト、母は走り幅跳び日本2位という輝かしい成績を収めている。
青い監獄に来るのも全く反対されず、むしろ嬉々として送り出されたのだろう。今も氷織の活躍を首を長くして待っているのかもしれない。
はたと、氷織がオメガであることを俺は思い出した。両親は明らかにアルファである。
優秀な遺伝子と、用意された最高の環境でサッカーをしてきたのではないのだろうか。
青い監獄に招集されるくらいには実力もある。そうして生きてきたら、普通アルファになるような気がした。
そのまま記事を何個か漁っていると、スマホが震えて通知を知らせた。
指をスライドしてメッセージアプリを立ち上げる。氷織からのようだった。
「話したいことがあるから今から僕の部屋来れる?部屋番号は教えるから」
俺はスマホから目を離して天井を睨んだ。氷織の様子がおかしいことは気づいている。発情期中に他人の部屋に行くべきでないことも。
自分の腕に鼻を寄せて、匂いを吸い込んだ。自分のフェロモンがどのようなものなのか自分で確認できるのか分からないけれど、いつもと変わらないように思える。
今日の体調を省みても、まだ発情期に入っていないはずだ。ピークは三、四日目だと絵心さんも言っていたし、千切のように軽い可能性もある。
スマホのロックを再び解除して、「分かった」と送信してからスマホを置いた。
reo
呼ばれた氷織の部屋は俺と同じようなつくりで、入ったすぐ右手にシャワー室とトイレがあり、奥の部屋には簡素なベットと机、性行為をする為の道具が諸々収納されているサイドチェストが置いてあった。
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突然何を言い出したんだと思いながらもできるだけ顔に出ないように否定した。
reo
hiori
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reo
遮るように氷織が俺の身体を押して、無理矢理ベッドに腰かけさせられた。
ゆっくりと、自分を塗り込むかのように俺の頬を撫でる。
急な接触に動揺して動けない俺の手に、するりと氷織が指を絡めた。
詰められた距離に、緊張でごくりと喉がなった。
hiori
逆光で氷織の顔がよく見えないけれど、紡がれる言葉に合わせて動く唇が艶かしい。美しいけれどその奥には冷たい氷のようなものがある瞳で俺を見つめる。
hiori
言わなくても分かる。 氷織はその気だ。
仕方がないこと。氷織と話していると、段々そうなのかもしれないと思えてくる。
甘い匂いがした。
冬の苦いバニラにキャラメルがかかったような、焦がしたプリンのような甘ったるい匂い。理性が焼ききれるような、脳の芯がゆるくたわる。
視界が霞んできたことに危機感を覚えて、俺はポケットに入れた錠剤の中からアルファのフェロモン安定剤を取ろうと、空いている方の手を伸ばした。
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俺の手を、氷織が柔らかく制した。その声は聖母マリアのように優しくて、でもどこか強制力を孕んでいた。
hiori
氷織の目が蠱惑的に細められた。
繋いだ手がじっとりと湿っている。腹の奥が収縮して、目眩がする程の空腹感を覚えた。
吐いた息が熱くて、興奮のままに氷織の唇が噛み付いた。めちゃくちゃに口内をかき回される。口の端から唾液が伝っている
熱に浮かされた瞳が潤んで、目を閉じた拍子に涙が目尻からこぼれ落ちた。「最後まで一緒にいてよ」と言った凪を不意に思い出す。青い監獄に入ったときのことが随分昔に感じられた。
つう、とどちらのものか分からない銀の糸が引いて、弛んで切れた。
hiori
ゾクリと背中が粟立って、奥歯を噛み締めた。
________________________ (ここから氷織です)
玲王くんの孔に指を突っ込む。三本をバラバラと乱暴に指を動かせば、腰が淫らに蠢いた。
ぽたりと玲王くんの愛液がシーツに垂れた。僕は指を抜いて。入口に自分のものを当てがった。
慣らした玲王くんの蜜口は僕のものを抵抗気味に飲み込む。
最初はからかってみただけだった。 でも段々と自分の物にしたくなった。自分の性癖が変なところで分かってしまった。
気持ちがいい。繋がったところから溶けてしまうような、自分が自分でなくなる感覚。
気を抜いたら果てそうになって、僕は耐えるように目をきつく瞑った。
慣れてくるとなんとなく物足りなさを感じて、薄ら目を開けた。頬を蒸気させてしなやかな胸を上下させる玲王くんは綺麗で弱々しい、けれどもどこか醜い羽化したての蝶のようであった。
きゅんと疼いた身体の奥に気が付かないふりをして、激しく貫く。
快楽に溺れる玲王くんを見て、愛おしくて愛おしくて、自分が自分じゃなくなっていくのを無視してただひたすらに腰を振った。
玲王くんの痙攣が段々大きくなった。中がうねって精を絞ろうとしている。ぱちゅ、と腰を押し付けて玲王くんの中で射精した。
玲王くんも大きく仰け反って嬌声を上げた。再び強くなる締め付けに奥歯を噛み締める。たらりと自分の後ろから蜜が溢れた。
鱗粉が舞っている。眠っていた香りの粒子は空気よりずっと密度が高くて、ゆったりと僕や玲王くんベッドの上に積もっていった。それを玲王くんに練り込むように、何度も何度も取り憑かれたように肌を撫でさする。玲王くんはそんな俺を、恍惚として受け入れた。
無音の中に荒い息だけが響く。汗が頬を伝ってシーツにシミを作った。心も身体もぐちゃぐちゃだった。
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ボソッと呟いた玲王くんがふらふらと立ち窓を開けると今年の初雪が降っていた。
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reo
後ろの初雪と馴染むくらいの儚い笑みを浮かべた玲王くんは、結晶のように繊細で、手で触れたら壊れてしまいそうだった
もう初めて見た時の太陽のような笑顔を見れないと思うと虚しくなるが、玲王くんを自分のものにできたと思うとその虚しさも消えていくような気がした。
__________________ (ここから玲王です)
目を覚ますと、白い天井がぼやけて見えた。頭がぼうっとして、熱っぽい。重い身体をにムチを打って上半身だけ起こそうとすると、おでこからはらりと生ぬるいシートが落ちた。
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reo
自分のものとは思えない掠れた声に驚く。氷織は「酷い声やな」と笑って、見ていた動画を止めた。スマホを置いて立ち上がると、冷蔵庫からスポーツ飲料を取って俺に放り投げた。綺麗な放物線を描いてぽすんとベッドの上に着地する。
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落ちた熱さまシートを拾ってストンとにゴミ箱に捨てた氷織は、新しいものを俺の額に張りつけた。
冷たくて気持ちが良い。
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氷織は冷蔵庫から飲み物をとって俺にそっと渡した。
少し甘みのある冷たいスポーツドリンクを喉に入れると、乾いていた喉が一瞬で潤った。
hiori
そういった氷織は1枚の写真を机の上に置いた。
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_______________ (ここから氷織です)
ピンポーン
静かな住宅街にチャイムが鳴る
氷織母
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氷織母
いつもお客さんが来たら一番に駆けつける母が目から鱗が出たように驚いた。
氷織父
氷織母
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氷織父
氷織母
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氷織母
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氷織父
氷織母
氷織父
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さっきまで満面の笑みだった親の顔は内側から崩れていく。
氷織母
hiori
氷織母
_________________ (ここから玲王です)
hiori
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物凄く軽く言われたのでポカンとしてしまった。
reo
hiori
reo
自分でも考えていなかった声が5畳程の部屋に鳴り響いた。まだ自分にこんな声が残っていたとは。
reo
hiori
hiori
あまりにも速いテンポに頭が全く追いつかない。
reo
hiori
reo
hiori
未だ妖の様にふふと笑みを浮かべた氷織は早々に準備しだした。
ぬしお
ぬしお
ぬしお
ぬしお
ぬしお
ぬしお
ぬしお
コメント
10件
文章の天才過ぎますよ、 氷玲少ないのでクソ嬉しいです🙏💘
なんかいつもと違う感じでもう、好きです、、 ほんといつも主様の作品で生きてます(??
もうなんかもう、とにかく大好きです…! 氷玲少ないし、めちゃ嬉しいです!