テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
2,239
かぴばら
62
灼熱のちくわ
1,926
ゆるあ
91
バリ
しんと静まり返り、虫の音だけが響く玄関先。
バリはローファーを雑に脱ぎすてるとそっとリノリウム張りの廊下に上がった。
この島の夜には人と、それ以外の生き物の気配が複雑に入り混じっている。
部屋の中は薄暗く生暖かい夜に満たされていた。
開け放たれた窓からほのかな青白い月光と夜風が舞い込んでくる。
レースの蚊帳を捲り上げ、半ば倒れ込むようにしてベッドに横たわった。
うっかりと持って行き忘れた懐中時計が枕元で月明かりに照らされ、小さく鋭い光を放っていた。
手だけを伸ばし、そっと金色の蓋に触れる。
蓋の円形を取り囲むようにして、満ちては欠けてゆく十二の月が掘り込まれていた。
文字盤の如く配置された月の中央には可憐な花をつけた一本の木が細やかに彫られていた。
何やら枝に、どうやら光______らしい、放射状の線を放つ円が引っかかっている。
満月、だろうか。
蓋を開く乾いた音がして、文字盤がぼんやりと暖色の豆電球の下で浮かび上がった。
23時54分。
もうあの市場はお開きになってしまっただろう。
日付はあと少しで変わろうとしていた。
バリはそっと時計から手を離すと、自身の耳についていた白銀の鈴を外した。
しゃりん、と一度だけ涼しげな音を立てたそれを時計の横にそっと置く。
黒曜石のような深い黒の双眸を二、三度瞬かせ、でも程なく眠りに落ちていった。
バリ
目が覚めてしまった。
バリはゆっくりと起き上がって瞼を気だるげに擦ると、手探りで枕元の時計を引き寄せた。
この暗さなら、まだ朝はずっと先なのだろう。
そう思いながら蓋に手をかけ、ぼんやりと滲んだ視界が針の差す行方を見据えた______
バリ
今度はぐしぐしと目を強く擦り、もう一度文字盤に視線を落とす。
バリ
6時32分。
赤道の真下のここでは、午前午後の6時ほとんどぴったりに、日が上り、沈んでゆく。
それなのに。
視界は今だに夜のままなのだ。
バリはさっきまでの眠たげな様子はどこへやら、しゃっと素早くカーテンを引いた。
声にならない息がちいさく漏れた。
窓の外は明るかった、明るい夜だった。
それもそうだろう。
窓の外には12の月が、昇っていたのだから。
コメント
1件
さてさてなんかファンタジー味が強くなってきましたね… 最初は平和な夜散歩ストーリーのはずだったのに… 今回のエピソードの元ネタは、バリの神話である「ペジェンの月」です。 昔むかし、この島の空には13の月が輝いていたのですが、そのうちの一つが地へ落ちてしまいました。 それは一本の大木の枝に引っかかり、朝も夜も強い光を放ちます。 明るさのせいで盗み仕事ができなくなった泥棒は、月の光を消すためにお小水をひっかけました(!?) すると月は大爆発を起こし(!?!?)泥棒を吹き飛ばして地面へ落ちました。 こうして落ちた月はもう輝くことは無くなり、青銅でできた立派な太鼓になったのです。 …というお話でした。 ちなみにこの文は童話風にした私の完全アレンジなので原文(?)もぜひご覧ください。 頼むロマンチックな神話をしょんべん臭くせんでもろて…で○ぢゃらすじーさんかよ…