僕と亜紀さんとは、大阪の病院で出会った。僕がたまたま運び込まれた病院で看護婦をしていたのが亜紀さんだ。こう言うと、看護婦さんの優しさはな、とつまらない持論を説明し出す人がいるが、看護婦とか介護福祉士何て言うのは、患者や利用者を従わせることで自らの性癖を満たせる小さな世界の裸の王様だ。一般社会とは違う常識で動く会い面に、ほんとうの優しさなど鼻くそのかけらほどもありはしない。若い女の子もいるが、その中の、入りてホヤホヤの毒されていない若い女の子の数人だけがかろうじて女の子らしい優しさを残しているかどうか、といったところだ。他は、軽蔑すべき浅ましい自分らの非常識を守らせるための、警察官のでき損ないでありくだらない番人でしかない。僕は、元々病院みたいなところに興味がなく、検査すら受けたことがなかった。そのツケは、突然倒れて以降の人生を左半身( -_・)不随の身体障害者として生活するという絶望的な形で、重く支払わされることになってしまった。が、こんなことでもなければ、僕と亜紀さんが出会うことなど互いが今後何年生きたところでなかっただろうと思う。そういう意味だけでは、運命に感謝もしている。ペットホテルが、預かったペットのように患者を従わせようと陰に表に圧力を欠かさない女性看護師達の中にあって、ただ一人僕を人間として扱ってくれたのは、亜紀さんだけだった。恥ずかしがりで、好きな季節の話をしていて、僕が秋が一番好き、最高、というと、ネームプレートを見せながら「あの、私の名前もあきなんです…と、小さい身体をいっそう小さくして顔を真っ赤にしてしまう女の子だった」僕は、この件があってからいっそう亜紀さんのことが大好きになっていた。ブリっ子とは全く違う天然無加工の愛らしさに魅せられて、それ以来起床したら車椅子に乗ってまだ薄暗いナースステーションに向かい亜紀さんの姿を探すのが僕の朝の日課になっていた。今日バイタルを計りに来る(検温と血圧測定。)のが、亜紀さんだったらいいなあ、とか考えながら。
見舞いに来てくれた人達も言っていたが、この病院の看護婦は、顔で採用しているのかといぶかしむほど、亜紀さんは、その中でも一際小柄で、誰からも可愛がられている女の子だった。た。亜紀さんを悪く言う人は、患者、スタッフ、どちらの側にもいなかった
亜紀さんに限らず一般に可愛らしい女性ばかりだ…だが、いくら可愛い女性の集団であっても所詮は閉じられた狭い女社会、浅ましいルール作りや、いじめのターゲット探しに余念がない。病院では、患者はペットホテルに預けられたペットに過ぎない。患者や家族からの理不尽な要求に応え、24時間激務に耐えられるタフさがある、というより、患者でウサを晴らして心のバランスが取れている女たちだけが看護婦や介助士を続けていけるのだろう。おまけにご飯は恐ろしく不味い‼僕らは、食材への冒涜だと憤慨したりもした…だが、誰に何を言っても何も変わらずに、不思議なほど生臭い魚料理が、食卓に並び続けた栄養学的には良いのかもしれないが、ストレスは、マッハでたまっていった。奥手な僕が亜紀さんに告白して身体の関係になったのも、病院への反感や敵意があったからかもしれない。幸いなことに、亜紀さんは僕を許すどころか、僕に一目惚れしていて、接触できる機会を探していたそうだ。それも当然かもしれない。道理でぼくの入浴介助が必ず亜紀さんだったわけだ、この病院は、大規模な総合病院だが、脳神経外科で入院しているのは、若くてもせいぜい50代。僕のように脳血管障害だけの患者は一人もいなくて、入院しているのは看護師が何を言っても聞かないし、気にくわなければ暴れだす認知症と精神科が主だった。
大抵の患者は徘徊癖があり、会話もできなくなり、家族からも諦められた認知症の老人ばかりだだから僕のように、普通に話のできる、老人でない男性が来ることなどほとんどないらしい。亜紀さんは身体的にも、精神的にも男に飢えていたところに、僕に迫られ、空いている部屋で抱かれて欲求不満を解消したらしい。なるほど空き部屋だけでも、最低限師長の協力は必要だし、避妊具までベッド下に用意するとか、病棟の全員がよくよく協力してくれなければ不可能だろう。こんな些細な勝手でもなければ、看護師の仕事など、誰も、続きはしないだろう。加えて、僕と亜紀さんの場合は、お互いが好みのタイプだったのが幸いした。共に一目惚れだったのだから。普通に生活していても、お互いが一目惚れでお互いに夢中になってしまうことなど、ほとんどないだろう。まして、社会に出て生活していれば、雑誌のライターとしとて働いていた僕は当然だが、病院から出られるのは休憩時間くらい、という亜紀さんもまた、異性との出会いそのものが極めて少ない。日頃の激務だけでなく、僕は、看護婦の厳しい現実を初めて知った。つまり、亜紀さんは、異性と会話すらできないままに、女の子としてパートナーを選ぶために大切な女盛りを過ごしてしまったというわけだ。その分、と言うのは変だが、亜紀さんは、老若男女問わず誰からも、異常なほど好かれる愛されキャラで、先生であろうと、亜紀さんに接近しようとした瞬間に、看護婦軍団の鉄のカーテンが下ろされてしまう。だから、亜紀さんさんと会話を楽しむことができるのは、亜紀さんが多くの男性の中でも、僕だけに許した特権だった。だから僕は、先生方からも羨ましがられた。
亜紀
そう言えば、僕さんもバイクに乗っているんですよね?

僕
?何でわかったんですか?

亜紀
見舞いに来られた方の中に雑誌で見たことがあるライダーの方が何人かいらっしゃいましたから、僕さんて、バイク関係のマスコミの方なのかなあって、なんとなく思ってました。何に乗っているんですか?

僕
亜紀さんは知らないかもですよ?大昔のバイクですから!

僕
ヨンフォア、なんて知ってます?大昔の、CB400Fourですけど、今時の女の子が知っているバイクじゃあないですから、知らなくて当然ですけどね。

亜紀
知ってますよ!藤沢の実家は古いバイク屋さんだから、たぶん、家を探したらお父さんが集めていた部品がまだ残ってると思います。もし良かったら、これからお父さんに電話して聞いてみますよ?ヨンフォアなんて、40年以上昔のバイクですから、改造どころか、きちんと完調を維持して乗っていくだけでも大変じゃないですか?壊れたって、部品がもう手に入らないでしょう?せっかくだから、もし使える部品があったらありったけ全部送ってもらうので、ぜひ使ってください、その方が、部品たちも喜んでくれると思います!ぜひ!

僕
ポイント(昔のエンジンには必要不可欠だった点火装置の一部。わりとこまめに隙間を調整してやらないとすぐにエンジンが不調になってしまうため、非常に面倒臭い。もっとも、面倒なだけで、別に難しくはないのだが…。また、使っているうちに摩耗してしまったり、電極部分が溶けてしまったりするのも、隙間が変わってしまう原因だ。つまり、典型的な消耗部品。近年のエンジンは、このポイント=コンタクトブレーカーの俗称。いずれにしても、昔のエンジン固有の部品で近年のエンジンにはまず備わっていない
ポイントのように動く機械的な接点ではなく、トランジスタで電子的に電流の断続を制御して点火する方式が現代の標準。ヨンフォアにも、古くからトランジスタ点火式に変更するパーツが販売されてきた。だが、その多くは現在絶版で、なかなか入手できない。もし、フルトラキットがあったら嬉しいなと、僕は思った。もしくは点火するための仕組みそのものが違ったりするので、ポイントというものは、現代のエンジンにはそもそもついてないのが普通)があったら助かります‼後、ブレーキパッドがそろそろ交換時期だったかな?

亜紀
お父さんが、いつか自分で使おうと思って集めていた部品がたくさんあるから、私の大切な人に使ってもらえるなら喜んで全部譲るって。湘南まで来るなら、組み込みもただでやるぞって言ってました
むしろ来いって!でも、僕さんは、…自分の愛車の作業は自分でやりたいタイプの人ですよね、なんとなくそんな感じがするぅ!だから、勝手に、部品全部まとめてウチに送ってくれるように頼んでおきました!きっと、僕さんは自分で組み込みたい人ですよね?

僕
ちなみに、どんな部品があるんですか?

亜紀
ヨシムラのピストンキットとか、カムシャフトとか、ヨシムラ管とか、当時のチューニングパーツですね私が聞いたのは!確か。

僕
さっそく、ピストン外していつでも組めるように準備しておかなきゃ!スゴイお宝ばっかりじゃないですか?日本のチューニングの歴史を語る歴史的な資料でもあるのに、本当に、いただいて僕が使ってもいいんですか?

亜紀
その代わり、お父さんからの伝言がありまあす!。私を守ってください。くれぐれも私をよろしくお願いします

僕
言われなくても僕は、亜紀さんが大好きですよ?僕にできることなら、何でもします。何なら、お父さんの代わりに亜紀さんのカブちゃんの面倒もみますよ?そこは、倒れるまで雑誌のライターをしていたので、カブのエンジンに関しては、伊達じゃないです。知識と情報はプロ中のプロですよ!作業するんも、二級整備士の資格あるから、そこらの素人小僧よりはマトモですよ!

亜紀
できますか?どんな部品でどう組んだのか、今までお父さんの他には誰も全くわからなかったんですよ?まあわかったところでどうせ部品は多分手に入らないでしょうし、無理しなくてもいいですよ?僕さんの気持ちは受け取っておきますから。それと、私のことが好きって、聞いちゃったあ!本当ですか?わ、た、しも、僕さんが、大好きですよ!しかもお父さん公認ですよ!恐いものナシです。早く僕さんとの子供産みたいです。今日からは、避妊具ナシで!子作り解禁ですね!早く敬語止めて、私のことを妹とでも思ってあ、きって呼んでください!そうしてくれたらもっと僕さんのことを好きになっちゃうと思います!

僕
ついでに、久し振りにいっしょに寝ませんか?でももう、抱き方をすっかり忘れてるから、大丈夫かなあ?頑張りますけど、満足できなくても怒らないでくださいよ?久し振りなんだから!

亜紀
ちょうど、カブの調子良くないんですよ、加速中に息つきしたり、白煙を吹いたりで、症状が軽い今のうちに調べておきたいんですよ?今夜行くから、診てみてください、そして、いっしょに寝ましょう、最近、昔見ていた変な夢をまた繰り返し見るようになって、一人で寝るの怖いんです!ごめんなさいね、子供みたいなことを言って…。でも、このところ毎晩なんです…。夢の中で、耳と鼻が切り落とされていて、口と眼が空洞になっている子供に追いかけられて、怖くて起きる、だから寝不足なんです。

僕
わかりました。では、今日、仕事終わったら、僕のアパートまでカブで来てください。その場でエンジン開けて、見てみます。

亜紀
明日、私シフト午後からなんですけど、そのまま朝帰りしてもいいですか?最近毎晩怖い夢を繰り返し見るから、今夜はぜひいっしょに寝ましょう🎵久し振りですね‼パーツ代と思って、朝までたっぷり気持ち良くしてください。こうなったら私、遠慮しませんよ!今までは猫を被っていましたが、本当は私、かなりエッチですよ?友達とかに見られても平気ですし、お口と手を使って、男の人をおもちゃにしたり攻めるの、昔からやってみたかったんです…だから、やります、今夜。僕さんは、仰向けに寝ているだけでいいですよ?私が勝手に僕さんの身体で朝まで楽しみますから。あ、聞いていいですか?私って、背ぇ小さいし見ての通り幼児体型のぺたんこで胸なんてほとんどないし、僕さんは、ロリコンでもないはずなのに、私に満足できてますか?なんか、いつも私だけ一方的にいい思いしているんじゃないかって怖くなるんです。私は僕さんを大好きなのに僕さんに飽きられて捨てられるんじゃないか、とか?僕さんの腕にくるまれて幸せを感じていると、スゴク不安になります。僕さん、わがまま言わないし怒ることもないし、私に優しすぎるんですよ、しかも好きとかほとんど言ってくれないから。

僕
友達とかに見られても平気?そのわりに、僕と初めての時は下着脱ぐまで一晩かかりましたよね?どこの誰がそんな大きな口をたたけるんですか?あの時、亜紀さんだから覚悟はしてましたが、亜紀さん、極度の恥ずかしがりだからなあ…。それと今夜は、入れる前に、手かお口で一回出させてください。もう、触られた瞬間に出ちゃいそう‼ちなみに、僕は、自分がロリコンではないと信じたいけど、亜紀さんの身体が最高に興奮します!たぶん、亜紀さんがグラマラスだったらグラマーが好きだったとおもいますよ?僕、恥ずかしいけど実は亜紀さん以外の女の子知らないし。今後もわからないと思いますが、亜紀さんは、もう少し自分の魅力を自覚した方が、良いと思うなー。アイドル並みの熱狂的な追っかけが大勢いるって聞いてますよ?

僕
今夜は久し振りなんで、亜紀さんの裸を見ただけで暴発しちゃいそう‼あ、わかった!亜紀さんは、僕のが入っている間は中を動かしたらダメね!そしたら僕も頑張れる‼そのくらい、亜紀さんも協力してくれたら、また一日中イチャイチャに挑戦してもいいですよ?

その日の夜、僕はアパートの前で、亜紀さんのカブの作業を始めた。キックペダルはなんとなく普通に下りたけど、何か摺っているような嫌な音がした。この感じは、シリンダーとピストンが焼き付いているかも知れない。なんだこれ?カブのエンジンが焼き付くって、まあまああり得ないし。よほどおかしなことをしない限り。オイルを入れ忘れて走り回るとか、組間違いをするとか、相当なことじゃないと。カブの88㏄で焼き付きなんてあり得ないんですけど‼珍しいこともあるんだなあ。まあ、どうせシリンダーとピストンはもう使えないかなあ?新品、あるかなあ?ただ、どうしようもないから、、じっくり中を見てから判断するしかないかなあ?マフラーからたまに白煙を吹いていたらしいから、まずは原因究明だけど、オイル上がりかオイル下がりか、なんにせよ、どこかに故障があるのは間違いない‼オイル入れすぎなんて女の子にありがちな可愛いミスだと助かるんだけどなあ、亜紀さんは最低限以上に知識ありそうだから、きっと重大なトラブルなんだろうなあ…ピストンが割れてるとか、穴が開いてたり?ピストンリングの固着くらいだとまだ即日復旧ができて助かるんだけどなあ。亜紀さんのカブを見て気が付いたのは、昔制作されたマシンだからか、キャブレターは大昔のタイプのPC20だし、マフラーはよくわからない鉄のショート管。現代のレース対応フルチタン管とは言わないけど、昔でも、もっとこのエンジンに合った気の利いたマフラーは選べたと思うんだよなあ?どうも、、わざとパワーを抑える感じ…にしか思えないんだよなあ?壊れないようにするためか、ライダーの腕とか安全を考えてショボイのが選ばれたんじゃないかな、という推測。それも、エンジンを開けずに簡単に後からパワーアップできるようにしてあるのがすごい今時のマフラーに変えて24とか26Φくらいのちょっと大きなキャブレターにしたら、すぐ120キロくらい越えるカブにできるんだけどなあ?亜紀さんには危ないかなあ?いや、亜紀さんは、小さい頃からCRF50でレースをしていたくらいだから、この手のチューニングエンジンの扱いや乗り方は、少なくとも僕以上に巧いだろうから、もっともっとパワーを上げたところで、危ないってことはないだろう!亜紀さんに相談してみるか、ちょっと、スペックというか、ダックス70ヘッドの88㏄だと、そこそこ速くてタフなのが組めるから、もったいないんだよなあ!もったいない!しかもキャブレターとマフラーの交換、つまり、パワーアップするのにエンジンを開ける必要がないように創られているのかな、もしかして?可能性が高いな。さすがに、わかっている人間が、大切な娘に乗せるために組んだ車両だなあ、感心するわあ、敢えてパワーを抑える部品設定なんか、見事!後から簡単にパワーと特性が変えられるようにつくっておくなんて、普通、マフラーだけでパワーを抑えると、排熱がこもってオーバーヒートしちゃうんだけどなあ。勉強になるなあ‼
僕


僕
ふーん、カブ70って聞いていたけど、シリンダーヘッドはダックス70と同じか。これなら、なんとでもなるわ、今でもこの系統のシリンダーヘッドがチューニングパーツとして人気だからなあ!けど、なんだこのピストン?見たことないぞ?ヘッド周りは、補修もチューニングも、アップデートも、なんとでもなる!けど、なんだこのピストン?88㏄って聞いていたから、直径はΦ52㎜なんだろうけど、見たことないぞ?なんで、専用品があるのに、こんな不細工な加工流用品を入れてるんだろ?ん?ピストン裏に文字が彫ってある?読めない‼こんな場所に細かい文字を彫るなんて、何を考えてるのか!この文字=傷を起点にピストンが割れたらどうすんだ!組んだアホは誰だ!でも、いろいろな不明点の意図がわからないと、大変な間違いをしでかすかもしれないから、なんか怖いなあ!もしかしたら難しいかも?うかつに部品が変更できない…このピストンも、理由があって、わざとこんな風にいつ壊れるか知れない時限爆弾みたいにしてるのかもしれないし。もっと情報が欲しいなあ!難易度がはね上がった感じがする。ん?これ、何用を加工したピストンだ?加工した痕跡があっても、これは素人がやりがちな手作業じゃなくて、きっちり機械で加工されてる、こんなこと、今どきやる人はまずいない。なんだこれ?市販されてる88㏄用ピストンを使わなかった理由がわからない、6ボルト系の古い88㏄だからって、今でもレギュラーヘッド用とかスタンダードヘッド用とか、市販のピストンは撰べるはずだけどなあ?なんで、こんな不細工な加工品をわざわざ使ってるんだろう?おや、またまたよくわからない特徴があるぞ。このフライホイールから判断すると、このカブ自体はCDI点火車だよなあ?けど、ピストンが古い6ボルト用だなんて、そんな新旧折衷なカブのエンジンがあり得るのかなあ?聞いたことがない‼簡単だなんてとんでもない?これは、一見わからないけど、強烈で見事なカスタムカブだ!ポイントじゃなくてCDI点火車だし!え?でもピストンは6ボルト系の古いやつ!そんなカブのエンジンがあるのかよ!?聞いたことがない‼ヤバイ、亜紀さんのお父さんヤバい‼

僕
手に負えないかもしれないです。ん、ピストンはやはり焼き付いてるな、軽いから、ペーパーで均したら使えそうだけど、ここはぜひとも僕のピストンを使って直したい!困った。このピストンの正体を突き止めないと、話にな困った。

僕


僕
あれ?亜紀さんのカブから取り出したこのピストン、再利用しても問題なさそうだなあ?機械としてはいろいろおかしいので、好んで使いたくはないけど、使えないことはないなあ。上の部分は相当加工されて削られていて頭の形はだいぶ違うけど、HONDA
のマーキングとか、なんか見覚えがあるぞ?もしかして?マジかよ、これヨンフォア用のピストン?だとしたら、なんとかなる……亜紀さんのお父さんらしいというか、もしかしてこのピストン、ヨンフォアの、僕が入れていた、補修用純正オーバーサイズを加工したものじゃね?今まで僕が使っていたのが、今なら取り外してうちにあるぜ?これをそのまま組んでもいいけど、せっかくだから、僕が使ってきたピストンに交換したいなあ‼僕のピストンで亜紀さんのカブが甦るってのにドラマを感じるから。ピストンを加工してくれる業者がいれば、すぐにでも組み直せるんだけどなあ。ともあれ、ピストンのベースは、今ここにある!そのままじゃ組めないけど。亜紀さんのお父さんに送って頼るしかないかなあ?今ならウチにあるこのピストンを加工してもらえたらいいんだ!?亜紀さんの愛車に、僕の愛車から取り出したピストンが入るなんて運命的だなあ!僕の使っていた部品で亜紀さんのカブが甦るって、不思議な縁を感じるなあ!

僕
さすがに、加工は亜紀さんのお父さんに頼まないと不可能だなあ…。こんなムチャな加工流用、今じゃあ誰もやらん罠!まあ、部品の正体を突き止めることができただけでも良かったかな?加工前だけど、元になる部品は手もとにあるし!

その頃、亜紀の部屋のベランダに、ガラス戸をのぞき込む影があった。
ストーカー男
ったく、俺の誕生日だってのに、まだ帰ってこねえのかよ、あの娘!チキンがスッカリ冷めちまったじゃあねえか!これは、あの娘に、ただ祝ってもらうだけじゃ済まないな?プレゼントはぜひとも身体をもらわんとなあ!
俺の怒りは収まらんよ!

一度は部屋に侵入した影だが、箱を持って再びベランダに出てきた。影は、壁に箱を投げつけた。何かがくっしゃりと潰れる音がして、再び近所のガラス戸が一斉に開く音がした。
影は、台所に行くと、焼き網を持って戻ってきた。男は、網にチキンを載せた。すると、テーブル上の本や服に火をつけた。男は網を火にかざした。悦に入っている様子だったが、焼けたチキンから出た脂が火に落ちて巨大な炎が立ち上ぼり、火災報知器のベルが深夜の静かさを引き裂くと、とたんに室内に水が撒かれ、少し焦げたチキンも何もかもが水浸しになってしまった。その頃亜紀さんは、自分の部屋が見知らぬ男にバーベキューされていることなど想像すらしてなかったろう。僕の作業を見守っていた。
これは幸い
だったかもしれない。もし亜紀さんがストーカー男と夜の部屋で鉢合わせしていたら、命がなくなっていたかもしれないのだから。火であぶったチキンを乱暴に頬張った男は、洗濯機の側にあった、洗濯籠に頭を突っ込んで、首を振って籠の中を漁りはじめた。すぐに、小さな袋を口でくわえて顔をあげた。男は、袋の口を広げると、中身を取り出して自分の顔に押し当てた。いずれも、亜紀が一昨日身に付けていた下着であった。男は両手で持って、広げてみた。汚れらしい汚れも、染みもなく、男は興味をなくしたようで床に放った。すると男は洗面所に行き、鏡を外し始めた。男は、自分のスマホで何やら動画を観ていたようだが、鏡の裏にあったカメラの向きをわずかに動かして、また再びスマホで何やら観ていた。
ストーカー男
本当に小さいな、あの娘は!カメラ位置が合わないだろうが!脱ぐ時はこれから、台の上で脱げ!カメラにきちんと全身を見せろ!表情がほとんど見えてねえじゃねえか!恥ずかしがる様を俺にもっと見せろ!電車代がどれ程かかってるか知らないんだろうな、あいつは。わざわざ苦労して忍び込んで設置してやったのに、こんな映像じゃ誰も買ってくれねえだろうが!お前の裸は、未成年で通じるから、そういう変態連中が、高く買って、くれ(’-’*)♪だ。それで俺は家を建て、家族を養う。いいだろう?世の中巧く回ってるよなあ‼小学三年生の次男は、お前を見て性器をもじもじさせてるんだぜぇ?正しい性教育ってやつだあ!今度は、息子の相手をしてくれやあ!また録画してやるからよお!いいだろお?お前も、子供の相手なんかしたことないだろお!それが、親である俺公認でできるんだ、良かったなあ、俺のような男に好かれて‼

僕
亜紀さん、カブ、パワーアップできるけど、どうしよう?そのままでもいけるけど?速くしたい?このままでもいい?

亜紀
たぶん僕さんは、マフラーとキャブレターの変更を考えたんだと思いますけど、このままでいいです。私のカブは、一次側自動遠心クラッチだから、このくらいが、許される限度の最高出力なんです。今が、クランクシャフトが折れないギリギリのパワーとトルクだと思うんです。だから、パワーはこのままでお願いします。むしろ上げないでくださいね!

僕
今さら疑問なんですが、亜紀さんは、僕なんかのどこが良かったんですか?左腕が普通に動く男との方が、寝ていても刺激が多くて亜紀さんも気持ちいいでしょう?

亜紀
笑わないでくださいね!担架で運ばれてきた僕さんを見た瞬間に一目惚れです。後、たまたまなんですけど、脳神経外科の手術に立ち合って、頭蓋骨に穴を開けたり、人の脳ミソなんて見たの、僕さんが初めてだったんです。死なないで~って祈ってました。あとは、格好悪くないし、優しいし、話は合うし、いっしょにいて楽だし、話しているだけで癒されます!逆に、僕さんは、私なんかの何が良かったんですか?私、見た目も中身も子供っぽくて、もっと大人で可愛い女の人は看護婦にも大勢いたのに、なんで僕さんは私を選んでくれたんですか?、私、性的な魅力には乏しいし、あっちの技術も経験も僕さんだけしかないし。本当に私で良いんですか?僕さんなら、もっと面白くて可愛いい女の子がいくらでも選べたと思うんですけど?人気なんですよ?優しいし、相手のことを大切にしてくれるし!女の子って、相手の見た目とか身体がどうだとか、全然気にしませんよ?そんなことどうでもいいんですよ?私、僕さんの車イスを押しながら年を重ねて、可愛いお婆ちゃんになります!僕さんは素敵ですよ。私には、他の誰より僕さんがいいんです‼だから、不安がらないでください!

結局、外したピストンを組み直し、僕のピストンは、次回交換用に亜紀さんのお父さんに送って加工してもらうことにした。これが、今後のことも考えたら、これがベストな選択だったと思う。この時は、今組んでも早々に交換時期になってしまってもったいない、という程度の、消極的な選択だったけど、あとから考えたら大正解だった
。つまり、元のピストンは、使い続ける必要があったのだ。まあ、僕にしてみれば、そんなこと知るか!という理由だったのだけど、この時の僕は知る由もなく、たまたま再利用したに過ぎなかった。ピストンとピストンリングは、次回交換すればいいや、っていう程度の軽い気持ちだったそれが大正解だったなんて、世の中何がどう転ぶかわからないものだ。
僕
亜紀さんのお父さんですか?実は、亜紀さんのカブなんですけど、次のオーバーホールでピストンを交換しようと思いまして、シリンダーヘッドに合わせたピストンヘッドの加工をお願いしようと思いまして、ヨンフォア用のオーバーサイズピストンを送らせていただきました。よろしくお願いします。他にできる人がいないんです。ぜひ!

亜紀の父
おや?僕君と亜紀は、今大阪だよね?そのピストンは、昔あった大阪のメーカーが販売していた、モンキー用のボアアップキットだから、加工してくれる人を探すなら、本当はそっちが本場なんだよ?私がやったことは、文字を刻んだことくらいだからね。そのカブはね、うちの血筋を守るための、走る封印なんだよ?

僕
うちの家系は因縁持ちらしくてねえ、ピストンは、うちを呪っている相手の形代みたいなモンだ!それを、冷厳あらたかなシリンダーで封じている、と。亜紀は、最近変な夢を見る、とか言ってないかな?実は私も長年同じ夢に悩まされているからね。

僕
そういえば、このカブのクランクシャフトは、本当にホンダ純正なんですか?CDI点火なのに、こんなピストンが使えるなんて、もしかして、このピストンを使うためにわざわざ作ったスペシャルクランクシャフトですか?

亜紀の父
それは、カブ70とシャリー70のごく一部だけに、一時的に採用されたレア品なんだよ。だから、僕君に限らず、中身を見た人は全員混乱するんだけど、私はたいした改造なんて、一切してないんだ、実は。カブ70を当時一般にあったボアアップキットで88㏄にしただけだからね。マフラーとキャブレターも、昔はありきたりだったパーツだから、全然普通、なんだ。時が経って、勝手に物事が複雑になって普通が普通じゃなくなってわからなくなっているだけなんだ。そもそも、カブみたいなバイクに、特別にあつらえた、交換ができない特別な部品を組むなんて、本末転倒だと思うよ?でも、もうあのクランクシャフトは、注文しても新品でメーカーから買えなくなっちゃったから、スペシャル、と言えばそうかもしれないね、でも決して、当時はこれが特別になるなんて、考えてもなかったよ。だって、単に、ホンダの新型カブの新車、だったからね。おかげで、このクランクシャフトだけは交換できず、ウェブが弛もうがベアリングがガタガタになろうが、内燃機屋さんに出して修理しながら使っていくしかなくなっちゃったのが悩み所だけどね!ただ新車の時から使い続けてるだけのパーツなんだけどね。こいつのおかげで、このカブは、誰に見せても随分なスペシャルマシンになっちまった。おかしなもんだ。今時のカスタムなら、自分だけの特別ってやつを大切にするんだろうが、カブみたいな究極の汎用製品なんざ、誰でも修理できてこそ価値があるてのに、部品がわかりません、部品が手に入らないから誰も修理できません、なんてマシンはもはやカブじゃねえ!こちとら、カブを新車で買って、乗り続けてきて、どこにでもあったボアアップキットを組んだだけだっての!ありきたりの平凡以外は望んでないっての!特別なんかいらねーっての!カブなんだからよ!

僕
よし、試乗行くかな!

僕は、クローゼットに吊るしてあったレーシングスーツを着た。脊椎パッドを着けたと言っても、下着やシャツに直接なので、まとわりついて着にくいまあ、アンダースーツが見当たらないので、今は仕方ない。こんな深夜に家捜しするまでもない、と、諦めた。愛用の、オフロード用のヘルメットを被り、あごひもを締めると、グローブを着けた。そして、下駄箱の側に置いていた、オフロードレース用の黒いブーツを履いた。これはスキーブーツのように固いので、足首がほとんど動かなくなる、一見不便だが、こんなもので足首を完全に固定しておかないと、些細な転倒で致命傷になったり、走行中に左足がプラプラしてしまって路肩のブロックに接触、転倒なんてことにもなりかねない。だから、面倒だけど不用意な事故を防ぐには仕方ない。何しろ、今の僕は左足と左手に全く力が入らないのだから。左膝は動かせないけど、左の股関節は動かせる。だから、足首が固定してあればシフトチェンジもできる。ただ、できるだけ、不可能ではない、というレベルだ。近所を一回りして試乗するだけ、にしては、真夜中にえらい重装備である。世間一般の常識からしたら、警察に通報されても仕方ないレベルだ。僕のレーシングスーツは、色こそ全身真っ黒だが、以前、耐久レースに出る時に背中や腕の部分に特殊な反射素材が縫い込まれており、夜間の視認性は、普通の服を遥かに上回るから、一見真っ黒だが実は目立つから安全、という代物だ。
僕
さて、と。亜紀さんのカブに乗るのは、初めてだけど、あのお父さんの組んだマシン、どんなものかな?

僕は、シフトペダルを2回踏み込んだ。一回で1速、二回で2速。発進するには高すぎて、エンストしてもおかしくないギヤだ。このままアクセルを明け続けても、止まってしまうかもしれない。しかもこのカブは、自動遠心クラッチだから、クラッチのつなぎ具合でエンストしないようコントロールすることはできない。(実はできるんだけど、それは、左足首の、無意識に近い繊細な動きができて、初めてできるテクニックで、昔の僕ならできたけど今の僕にはできない。)。当然ながらキャブレターのセッティングは完璧でないといけない、しかも低回転からきちんとトルクが出ていないエンジンだと簡単にエンストしてしまう。万が一発進はできても、加速できず失速してしまうだろう。しかしながら、現代のレース用124㏄みたいにトルクがありすぎるエンジンでは、アクセルを開けた瞬間にクラッチが猛烈に回転上昇し、その重さによる強力な遠心力でクランクシャフトをもいでしまう。だから、一次側自動遠心クラッチというのは難しい。亜紀さんのカブはその中で、遅くない、壊れない、のギリギリのバランスを保っているのだった。決して遅くはない
けど、壊れない。そんなこんなも、二速発進すれば、ただの無知ゆえのでき損ないなのか、制作者が悩みに悩んだ末の選択なのか、僕にはだいたいわかってしまう。かなり意地の悪い乗り方だと言えるし、現行の、インジェクション仕様のスーパーカブなら排気量や改造内容を問わず何速発進でも余裕の朝飯前だが、古いキャブレター仕様の一次側遠心クラッチ車ではエンジンの完成度が一発でわかってしまう難テストだったりする。
真夜中とはいえ、それなりに赤信号には引っ掛かる。そのたびにブレーキを使いシフトダウンするが、本来スーパーカブは、トップギヤのままで停止して、赤信号で止まっている間に一回踏み込むだけでニュートラルになるし、さらに踏み込んで一速だから、発進までが楽だけど、今はテストだ!僕は、停止前にぶぉん、ぶぉんとアクセルを煽ってシフトダウンして、じゅうぶんなエンブレを使って減速した。普通のマニュアルミッション車のように。実は、これがキレイに決まるのは、僕の場合、良くできた車両であるのは当然、さらにアクセル開度とパワーの出方が、自分と相性がいい証だったりする。