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ゆきむら。
声と共に、少し不格好な足音が鳴り響く。
鏡に映るのは、僕一人だけだ。
全員が帰った中一人、練習を進める。
僕のせいで遅れてるから。
これ以上足を引っ張ったらいけないから。
ゆきむら。
右足首が痛む。今日の練習で痛めたらしい。
ゆきむら。
このままだと、ライブで失敗するかもしれない。
痛みを無視して練習を続けた。
ゆきむら。
分かってたけど、悪化した。
さっきの練習でもミスしたのが響いたのか、歩く度にズキズキとして上手く歩けない。
流石に辛くて、近くの椅子に座った。
タクシーを呼ぶ事は出来るけど、ここは3階の一番端だ。ここからエレベーターまではそれなりの距離がある。
いっそ、適当な部屋で一夜過ごした方が…
しゆん
しゆんさんの…声?
でも、メンバーはとっくの昔に帰ってるし…
まさか僕、疲れて幻聴まで…
しゆん
声と共に顔を上げられる。
透き通るような黒い瞳と目が合う。
ゆきむら。
しゆん
ゆきむら。
正直に答えて、いいんだろうか。
ただでさえ遅れて迷惑かけてるんだ。言わないほうが…
しゆん
ゆきむら。
しゆん
ちょっと怖いけど、靴と靴下を脱ぎ、言われた通りに足を見せる。
しゆん
そう言うとしゆんさんは近くにあるドリンクコーナーをいじりだした。 2、3分待っていると、氷の入った袋を僕のところに持ってきてくれた。
しゆん
ゆきむら。
しゆん
ゆきむら。
さっきからずっと疑問だった。
多分しゆんさんにはここに戻ってくる用事は無い。それに、忘れ物をしたってしゆんさんは明日とかにする人だ。
なんで戻ってきたんだろう。
しゆん
しゆん
しゆん
バレてたんだ。
でも、
…心配、してくれたんだ。
なんか…ちょっと嬉しい、かも。
しゆん
ゆきむら。
え、何。なんかすごく嫌な予感するんだけど…
しゆん
ゆきむら。
しゆん
ゆきむら。
しゆん
ゆきむら。
仕方なく、抵抗をやめてしゆんさんの腕に身を任せる。
また痩せたって言ってたのに、しゆんさんの腕はしっかりと僕を支えてくれている。
今なら、しゆんさんとどこへだって行けるような、そんな気がした。
しゆん
タクシーに乗せようとした所で、腕の中から静かな寝息が聞こえてきた。
練習ばっかりで疲れていただろう事は分かる。
だけど!!!
ゆきむの家ちゃんと知らないし、分かったとして今のゆきむは完全に寝てる時のそれだ。
勝手に入ったら俺の場合は不法侵入と言われなくない。
しかし、俺の家に連れ込むのも気が引ける。
だからってホテルなんかに置いて行ったらビジホだとしても人間性を疑われるだろう。
…まだ、俺の家に連れ帰った方がいい気がする。
多少の罪悪感を覚えながら、タクシーの運転手に俺の家を伝えた。
しゆん
当たり前だが返事は返って来ない。
完全に寝てる。
しゆん
なんとか鍵を開け、ベッド周辺を片付ける。
ゆきむの服そのままだけど…寝るのに邪魔になりそうなのはないし、多分大丈夫。
正直今起きたら、警戒心が無さすぎるとか家の位置くらい教えとけだ色々と言いたい所だが、なんとか飲み込んでゆきむを寝かせた。
そっと布団をかけると、ほんの少しだけ、ゆきむが微笑んだ。
…ああ、本当に
しゆん
言ったって、ゆきむには聞こえないけれど。
もうちょっとだけ寝顔を見てからソファで寝よう。
ソファで寝る時の体の痛みと明日のゆきむへの弁明を考えたら、これくらい安いものだ。
そう自分に言い訳をして、熱を持った頬を叩いた。
ゆきむら。
ゆきむら。