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春人はゆっくりと食事をとっている。
目の前には、いつも通り鈴音が座っていて、
彼女の可愛らしい笑顔が広がっている。
鈴音
鈴音が幸せそうにいう。
春人はただ静かに頷いて、次の一口を口に運ぶ
いつも通りの、何の変哲もない食事風景。
それが、今はどこか不安に感じる。
気のせいだと思おうとした。
周りの目が気になるのも、
どうでもいいと思おうとした。
だけど
視線が背中に刺さるように感じた。
ちらりと振り向いてみても
周囲の人たちはただ
目を背けるだけ。
変わったことなんて
何もないはずだ。
だが
その静寂の中
何かが確かに違う気がしてならなかった。
鈴音の笑顔
声
そして暖かさが。
鈴音がいる。
春人の目にもしっかりと映っている。
まるで全てが当たり前のように、
鈴音はそこにいた。
けれど、春人はそのことを
どこかで確信できなかった。
食事が終わると、散歩に出かけることにした。
春の穏やかな風が、2人を包み込むように吹いていた。
鈴音
鈴音が先に歩き出した。
春人はそれに続く。
2人の足音が、交互に響いていた。
桜の花びらが春の暖かい風を軽く受けて、綺麗に揺れている。
だが、前を向いた瞬間、何かが変わった。
鈴音の姿が突然消えた。
まるで、元からなかったみたいに、 そこにはいなかった
春人の足が止まった。
春人
呼びかけてる声は虚しく響く。
その声が自分に返ってくる。
どこを見ても、鈴音は見当たらない。
周囲にはただ、歩く人々の姿と、 静かな風景だけが広がっていた。
春人の胸の中に広がるのはどこか空虚で
冷たいものだった。
鈴音がいないことを、どこかで感じていた。
でも、どうしてもそれを認めたくない。
周りの視線。
冷たい視線。
春人はその視線を受け止めることができなかった。
足が動かない。
心臓が激しく鼓動する。
その音が耳の中に響く。
鈴音は、どこにもいない。
今、目の前にあったはずの温もりは、
もう手のひらからこぼれ落ちてしまった。
だんだんと、周囲の空気が締め付けられてくる。
急に息ができなくなるような感覚。
春人
春人
春人
春人
そして記憶が蘇った。
そして記憶が蘇った。
あの日
鈴音が事故に遭った時のこと
あの日
あの時
鮮明に思い出す。
事故の知らせを受けて、春人はすぐに駆けつけた。
病院で鈴音の顔を見た瞬間、
全てが崩れた
鈴音はもう
息をしてなかった
でもその数ヶ月、
春人は、どうしてもその事実を受け入れられなかった
目を閉じれば、鈴音が笑っている顔が浮かぶ。
手を伸ばせば、鈴音の温もりを感じられる。
そんな気がして、何度も手を伸ばした。
春人
春人
春人
春人は目を閉じ、震える手で桜の花びらを
握りしめた。
その花びらは、鈴音が生きていた頃の証のようで、暖かさを感じた。
だけど、
現実は変わらない
鈴音は
もう
どこにもいない。
桜の花びらをひらひらと舞い落ちるのを見て、
春人はゆっくりと
膝をついた
頭の中で、全てのピースが繋がる。
彼女の死を、
ずっと
自分の中で無意識に否定していたことに
やっと、気づいた。
ふと、目の前に 風に吹かれる桜の花びらが舞い落ちてきた。
春人の目の前で、そっと地面に落ちる。
それを見つめながら、春人は言った。
春人
春人
春人
春人
その言葉が、ふと口をついて出た。
風の音だけが耳に届く中で、
春人は心の中で何度も
繰り返していた。
春人
何度も強く、震える声で。
だけど、もう振り返れない。
振り返ったら、鈴音がまたそこにいる気がする
でもそれが
どんなに偽りで
どんなに痛みを伴うことなのか
春人は分かっていた。
振り返ったって
鈴音はもういない。
目を閉じると
鈴音の声が耳に届く。
鈴音
鈴音
その言葉が無性に切なくて胸を締め付けた。
春人はゆっくりと歩き出す
足元に桜の花びらが舞い落ち
静かに街の中に溶け込んでいく。
振り返りたくなる。
鈴音がまだ
そこにいるんじゃないかと
思ってしまう
でも、もう振り返らない。
足音を踏みしめながら、
春人はそう誓う
鈴音はいないことを認めるために、
振り返ることなく、
前に進むしかない。
その時、背後から
足音が聞こえた
春人
振り返りたい。
その気持ちが込み上げる
振り返った先に、鈴音が
微笑んで待っている気がして。
でも、春人は
その足を止めなかった。
振り返ってはいけない。
鈴音がいないことを知っているのに、
振り返ったら壊れてしまうから。
春人
春人
春人
春人の言葉は、声にならず
喉を通り抜けていった。
振り返らなくたって
鈴音はこの世にいると信じたかった
だけど、
春人はただ前を見つめた
歩きながら、ふと足元を見ると
桜の花びらが足の間をすり抜けて
地面に静かに落ちていく。
歩いていると、その花びらさえも
消えて行くような気がした。
春人は
振り返らなければ
鈴音を失ってしまうことを知りながらも
その一歩を踏み出す
突如
涙で震えたその声は春人の心に
直接響いた。
鈴音
鈴音
鈴音
春人は背中ごしに鈴音の言葉を聞いて、
その場に立ち止まった。
涙が頬を伝い
震える声で
春人
春人
春人
と呟いた。
この声は鈴音に伝わっただろうか。
もっとはっきり喋ってよって
怒られてしまわないだろうか
そして目を閉じて
深呼吸をし、
涙を拭いながらもう一度、
前を向いて歩き出した。
こんなにも残酷で、切ないものが
この世にあるのだろうか。
神様は時に
愛する人の記憶すら試すのかもしれない。
これは、
忘れられない
痛みと共に
それでも前に進む者の物語。