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友人でいい。 友人として隣にいることができるならそれ以上は望まないから。 「なぁなぁ工藤、黒羽。来週末にある米花町の花火大会行かへん?3人で!」 大学1年の夏休みに入る直前。 学食で昼飯を食べてる最中、突然服部からそんな提案をされた。 「俺んちベランダから花火見れるしわざわざ人混みに行きたくないし却下」 うどんを啜りながら即答する。 「工藤…相変わらずつれへんなぁ」 「ごめん服部。俺もパス」 「はあぁ?ちょお待て黒羽、お前まで…」 「俺、彼女できたから!その子と行く約束しちゃった、その花火大会」 「な、なんやて…か、彼女ぉ…!?」 ガタン! 服部が勢いよく立ち上がった拍子に大きな音を立てて椅子が後ろへ倒れた。 周囲の視線が一斉に向けられる。 我に返った服部は笑って誤魔化すと慌てて椅子を元の位置に戻して座り直した。 「お前のせいで大声出してしもたやないか」 声を潜めて黒羽に文句を垂れる。 「俺のせいかよ。お前の反応が大袈裟なだけだろ」 「説明せぇ。いつの間に出来たんや?聞いてへんで」 「先週の金曜かな。同じ学部のマドンナから呼び出されて告られてさ、付き合うことになったっつーか」 「なんやねんそれ!マドンナやとぉ?羨ましいやっちゃなぁ…楽しい夏休みの始まりっちゅーわけか」 「へへっまぁな」 「そりゃおめでとさん」 「ありがと服部。あれ?工藤からはねぇの?祝福の言葉」 2人の会話を半分放心状態で聞いていた時、黒羽から話を振られたことで思考が引き戻された。 「……黒羽もその子のこと好きなのか?」 なぜか口からそんな言葉が出た。 「へ?まぁ、好きかって言われるとよくわかんねぇけど可愛いし美人だし優しいし振る理由がねぇっつーの?告白された時嬉しかったし」 「なんだそれ。マドンナに告白されて浮かれてるだけじゃねぇか」 「うるせぇなぁ。羨ましいくせに」 「はぁ?んなわけあるか」 「あ。元好敵手に先越されて悔しいとか?」 「別になんとも思ってねぇっつの!」 「ま、そんなわけで夏休みはデートで忙しいんでお前らとは遊べないかも。まぁまた後日報告するからお楽しみに!」 「なんや腹立つなぁ。デートっちゅーても海や水族館行かれへんくせに。そのマドンナに教えたろかな黒羽の弱点」 「は、服部…それだけは…!」 「俺は今度目の前で魚定食食ってやろ」 「く、工藤…ごめんなさい調子に乗りすぎました!」 こいつらならやりかねないと思ったのか、余裕だった黒羽の表情が一転して青ざめる。 そんな黒羽の様子に服部が愉しげに笑い出す。 俺は全然笑えない。全然面白くない。祝福なんてできない。 冷え切って伸びて味の失せたうどんを黙々と啜った。 夏休みに入ると警視庁からの連絡が増え、それなりに忙しい日々を送っていた。 8月初週の週末。 朝から警視庁から呼び出され事件の捜査に協力し、解放された頃には陽が落ちかけていた。 家まで車で送るという高木刑事からの申し出を断り電車で帰路につく。 米花町へ向かう電車の車内は人で混み合ってた。 浴衣姿の子どもや女性の姿に今日が米花町で開催される花火大会の日であることを思い出す。 目的地に辿り着き降車すると改札口周辺には人の群れができていた。 屋台や提灯がずらりと並ぶ商店街の方は今頃賑わいを見せていることだろう。 人を避けながら駅から離れようとすると「工藤?」と名前を呼ぶ声がした。 声のした方へ振り向けば高校時代の同級生数名がいた。 「やっぱ工藤だ!久しぶり!」 「久しぶり。お前ら元気そうだな」 「工藤こそ。花火見ねぇの?そっち花火会場と逆だけど」 「ああ、家に帰るとこ」 「はぁ?花火も見ずに帰っちまうのかよ。よかったら一緒にどうだ?」 「いや、遠慮しとく。警察の捜査に協力した後で疲れてんだ」 「なんだよつれねぇなぁ。せっかく久々に会えたのに」 「俺らと違って工藤は忙しいし疲れてるなら仕方ねぇか」 「つーか相変わらず忙しいのな。夏休みだってのに」 「まぁな。むしろ夏休みの方が忙しい。わりぃな、せっかく誘ってくれたのに。楽しんで…」 会話の途中で言葉が止まる。 人が行き交う中、視界に入り込んできた光景に息を呑んだ。 俺の目に飛び込んできたのは浴衣を着た綺麗な女性と手を繋いで歩く、黒羽の姿だった。 「…工藤、どうした?ん?あれ、工藤にそっくりじゃんあの男」 俺の視線の先を目で追った友人が黒羽に気付く。 「ほんとだ!そっくりじゃん。めっちゃイケメン。それに隣の子もめっちゃ美女!え、あいつ工藤の親戚?」 「…知らねぇ」 「え?工藤?」 「…帰る」 友人たちに一言残し足早にその場を離れ自宅を目指した。 玄関のドアを開け自室に駆け込む。 バタンと激しい音を立てて扉を閉める。 抑えていた感情が込み上げてきてぎりぎりと胸を締め付けてくる。 どうして、なんでだよ 黒羽に彼女ができた。 手を繋ぎ並んで歩くその人は、水色の浴衣がよく似合う綺麗な女性だった。 黒羽が告白を快諾するのも無理はない。 それなのに頭のどこかで受け入れることの出来ない俺がいた。 ベッドに倒れ込み目を瞑る。 そのまま思考をシャットダウンして泥のように眠ってしまいたかった。 なのに脳内は壊れた映写機のように先程見た光景を何度も繰り返し上映する。 やっぱり高木刑事から自宅まで送ってもらえばよかった、そうすればあんな光景見ずに済んだのにと、申し出を断った自身を悔いた。 そのうちに、ドンッと響く音がした。 …花火、始まったのか 閉ざしていた瞼を開けのろのろとベッドから起き上がる。 辺りはすっかり陽が沈み暗くなっていた。 カラカラと窓を開けサンダルを履きベランダに出れば、夏の生温い夜風が頬を掠めた。 ベランダの柵に肘をついて空を見上げる。 薄暗い夜空に大きな白銀の花火がパッと花開き空を照らし、ドンッと大きな音が響き渡る。 その後様々な色と形の花火が空へ空へと昇っていき夜空を彩る。 金、銀、赤、緑、青、ピンク… 中には珍しい水色の花火もあった。 水色の、浴衣がよく似合っていた、黒羽の恋人。 黒羽は今頃綺麗なあの人と一緒にこの花火をーー… 羨ましいくせに、と言った黒羽の言葉が蘇る。 ああそうだよ羨ましいよ お前の隣にいるその女が、羨ましくて堪らねぇよ 夜空に向かって一筋の光が昇っていく光景をじっと見つめた。 パッと花開いた花火は赤から青へと変化した。 ドンッ 「黒羽…好き、だ」 一筋の想い。 花火に変えてこの空に打ち上げたなら、お前の目にも映るのだろうか じわりと目頭が熱くなるのを感じた。 友人として隣にいるだけでよかった。 その定位置を死守するため、零さぬよう気付かれぬようきつく蓋をして土をかけ胸の奥に埋めた想い。 なのに必死に守ろうとしてきた定位置はあっけなく掻っ攫われてく。 俺の隣にいたはずの黒羽が遠くなっていく。 馬鹿やって笑い合っていた日々は花火みたいに鮮やかに咲いた後儚く砕けてく。 「行くなよ、黒羽」 祈りのような呟きはドンッという大きな音で掻き消された。 最後の花火は涙で滲んで見えなかった。 辺りに静寂が訪れる。 花火が散った後の夜空には月だけが輝いていた。 「黒羽…」 月に手を伸ばす。 届くわけないのに 力無く手を下ろしベランダの縁に腰掛ける。 頬に零れた涙を夏の夜風が静かに攫っていった。 どのくらいそうしていたのだろう。 しんと静まり返った家に来客を告げるインターホンの音が響き渡った。 隣人の科学者だろうか。 今は誰とも話したくない気分だが仕方ない。 重たい足取りで階下へ向かい外に続く扉を開ける。 「よっ工藤」 そこに立っていたのは、予想していた人物ではなく今ここにいるはずのない人物だった。 「…黒羽、なんで」 「いや~花火すごかったなぁ」 そんなことを言いながら人の家にずかずかと上がり込んできてリビングのソファーに座る。 そんな黒羽を茫然と見下ろし問いかける。 「は…?お前、彼女は?まさか惚気に来やがったのかよ」 「聞いてくれる?」 「…何があったんだよ」 そんな話聞きたくもない。 それでも気になってしまう自分がいて気持ちとは裏腹にそんなことを聞いていた。 「水色の浴衣姿がめっちゃ似合っててさぁ、すげぇ綺麗だった!普段の私服姿とのギャップっつーの?やっぱ浴衣っていいよなぁ」 「……へぇ、それで?」 「屋台回ってたら『金魚すくいやりたい!』とか言われてどうにか興味を逸らすことに成功した。あれは焦ったぁ」 「冷や汗垂れ流してるお前が目に浮かぶぜ」 「ははは…。で、屋台でりんご飴やらわたあめやらタピオカミルクティーやら買ってあげたりしてたら花火の時間近付いてきたから穴場のスポットに向かって」 「よく穴場なんて知ってんな」 「あの辺りの地理には詳しいんで。空飛んでた頃よく上空から見下ろしてたから」 「なるほどな。そんで?」 「誰もいない静かな場所で2人きりっつー最高にロマンチックな状況なわけよ。そんな状況で芝生の上で花火見てたらすげぇいいムードになってさ」 「……」 「キス、した」 胸に激しい痛みが走る。 その言葉は鋭い刃物となり心の傷を深く抉ってきた。 「…それは、よかったな」 痛みに堪えなんとか振り絞った声はひどく掠れた。 もうこれ以上は聞いていられない。もう何も口にするな。そう思うのに、黒羽は再び口を開いた。 「キスした瞬間、工藤の顔が浮かんだ」 「は……?」 耳に入ってきた言葉に言葉を失い固まる。 黒羽が苦笑しながら肩を竦めた。 「なんでだろうな。そしたらなんか一気に冷めちゃって、何やってんだろう俺って気分になって、気付いたらここに来てた」 「…意味わかんね」 「俺も。わけわっかんねぇけど工藤に会いたくなった」 「彼女差し置いてかよ?何やってんだよお前…」 「謎だよなぁ。でもなんか今日一日相手に合わせてめっちゃ疲れたし。やっぱ工藤の隣の方が素の自分出せるし居心地良い」 俺を見上げ、ふわっと黒羽が柔らかく笑う。 「…そうかよ」 俺もだ、と思わず口から出そうになった言葉を喉奥に引っ込めた。 黒羽の言葉の意味はあくまでも友人に対してのものだから。 俺のとは違う。 「…つーか、工藤その目…もしかして泣いてた?」 「泣いてねぇよ」 「目、赤くなってる」 「だから泣いてねぇ」 「何があったんだよ?」 理由なんて言えるわけがない。 口にしたらこの関係が壊れてしまう。 「しつけぇな。泣いてねぇし何もねぇよ」 「そか…。それならいいけど」 こんな想い、打ち上げなくていい。 「そろそろ帰れよ。時間経ったし駅の方ももうそんな混んでねぇだろ」 俺の言葉に「ああそうだな」と黒羽がソファーから立ち上がる。 サンダルを突っかけ玄関外まで見送りに出ると別れ際に黒羽が何か思い出したように振り返ってきた。 「そういや、工藤にお土産」 何も持っていないはずの手をひらりと翻すと一瞬にして小さな丸い玉が黒羽の掌の上に出現した。 「…スーパーボール?」 「そ。金魚すくいの代わりにさ、スーパーボールすくいしたんだ」 「へぇ…」 青色の球体の中には銀色の粒が散りばめられていてまるで星空が閉じ込められているようだった。 「ほら、こうやって月の光に当てるとキラキラ透き通ってすげぇ綺麗」 ゆっくりとスーパーボールを持ち上げて月に翳す黒羽。 その仕草がかつての白い怪盗の姿と重なり、何か神聖な儀式かのように映り思わず息を呑み目が奪われた。 「…綺麗だな」 「だろ?工藤の目の色に似てたから」 「…へ?」 「ぜってぇ取ってやるって思ったんだよな!」 子どもみたいな無邪気な笑みを浮かべながら人の気持ちも知らずにそんな言葉を吐くからタチが悪い。 その言葉に深い意味などないと知りながらも頬がじわりと火照っていくのを感じた。 「ほい」と差し出されたスーパーボールを受け取る。 「じゃあな!おやすみ」 「ああ…おやすみ」 颯爽と走り去っていく後ろ姿を見送った後、手の中のスーパーボールを見つめた。 初めて黒羽から貰ったもの。 言われた言葉を頭の中で反芻しながら喜びを噛みしめた。 [newpage] それから数日経過したお盆前。 黒羽から連絡が入り「飯でも行こうぜ」と俺と服部は呼び出された。 予約した居酒屋で落ち合い適当に肴を頼みビールで乾杯する。 「で、今日はどないしたん?夏休みは彼女との予定で忙しいんとちゃうかったか?惚気話なら遠慮するで」 お通しの枝豆を食べつつ嫌味な口調で服部が黒羽に問いかけると、頬を指先で掻きながら黒羽が苦笑いを浮かべた。 「彼女とは別れました」 「「……え?」」 「そういうわけなんで残りの夏休み暇になったから遊んで」 「はあぁ?どないこっちゃねん!?まだ付き合うて二週間しか経ってへんやんか!何があったんや?」 「うーん…何か違ったんだよな。やっぱ工藤に指摘された通りマドンナに告られて浮かれてただけみてぇ。気持ちがないのにこのまま付き合い続けても相手に失礼だからお別れしました」 「黒羽…お前なんちゅう男や。最低やな!」 「仰る通りです。こんな最低な人間だけど友達でいてくれる?」 「…どうする工藤?縁切るか?」 「切る」 「えぇ!そんな…!」 「ふ…仕方ねぇな。友達でいてやるよ」 「工藤がそう言うんならしゃーないな」 「よかった!やっぱ恋とか愛とかよくわかんねぇしめんどくせぇし、友情に勝るもんはねぇよなぁ!」 ビールを煽りながら黒羽がからりと笑う。 友情、という言葉に心はどこか複雑でどこか安堵していた。 再び黒羽の隣という定位置が戻ってきたことが嬉しかった。 他に何もいらないからこれだけは奪わないでくれないか。 終電前に解散して家に着いた後、階段を上がり自室のドアを開ける。 机の上に大切に飾っていたスーパーボールを手にするとベランダに出た。 黒羽の真似事をするように大きな月にそっと翳す。 月明かりを浴びた球体は透明感を増し中の粒が星のように煌めいて眩しかった。 「俺の目、こんな綺麗じゃねぇし…」 ぼそりと吐き出す。 お前を見つめるこの目は、キラキラ透き通ってなどいない。嫉妬に満ち溢れひどく濁っていて汚い。 お前は知らないだろうけど。 知らなくていい。 この先もずっと黒羽の隣で笑って過ごす日々を重ねていきたいから。 だから俺はこれからも友達の仮面を被り続ける。 誓うようにぎゅっとスーパーボールを包み込んだ。 ◇ 「工藤、こっちこっち!」 「あ、おい。どこ行くんだよ黒羽!服部たちとはぐれるって」 「せっかく大阪から彼女が来てるんだから2人っきりにさせてあげた方がいいだろ?」 「あ…そりゃそうか」 あれから一年後。 大学2年になった俺らは相変わらず連んでいる。 今日の花火大会は服部からの誘いで3人で行く予定だった。 そこに夏休みを利用して大阪から遊びに来た和葉ちゃんが加わった。 ちなみにどこからどう見ても長年両想いの服部と和葉ちゃんは、今年の夏前に服部から想いを告げようやく結ばれた。 「服部の奴、可愛い彼女できやがって!」 「去年のお前と形勢逆転だな」 「全く。羨ましい限りだ」 久々の再会でどこかまだぎこちなさの残る2人を残して奥へ進んで行く。 「ま、俺らは俺らで男2人楽しむか。なんか食おーぜ!」 「たい焼き」 「以外でお願いします」 「じゃあたこ焼き」 「たこならセーフ…。俺は甘いもんがいいな。あちぃしかき氷でも食うかな」 屋台で食べ物を購入した後たこ焼きのパックを開け一つ楊枝に刺し口に放り込んだ。 「あっつ…!」 「そりゃそうなるわ!まるごと食うから」 けらけらと黒羽が笑いながらかき氷を差し出してくる。 「これで口ん中冷やせよ」 「さんきゅ…。あめぇ…」 「文句言うな」 コツンと頭を小突かれる。 そんな何でもないことにドクリと鳴った心臓の音に呼応するように、ドンッと花火が上がった。 「やべっ花火始まっちまった。急ごう」 商店街を抜け黒羽おすすめの花火が見れる穴場スポットの高台の土手へ慌てて移動し、芝生の上に並んで腰を下ろした。 隣の黒羽を変に意識しないように花火に全神経を集中させる。 ドンッと赤い蝶々の花火が上がった。 「お、蝶ネクタイ型変声機」 と呟けば隣で「げ」と声がした。 「あのおっそろしい眼鏡の探偵坊主のこと思い出しちまったじゃねーか」 「お、今度はサッカーボール型の花火」 「やめてくれ」 顔を引きつらせる黒羽の反応が可笑しくて声を上げて笑えば、つられたように黒羽が目を細めた。 「工藤と花火っつーと出会ったエイプリルフールを思い出すぜ。まさかこんな風にお前と並んで花火見る日が来るなんてな。あの日の俺が聞いたら驚くぜ」 シャリシャリとかき氷を食べながらしみじみと黒羽が呟く。 「そりゃこっちの台詞だ」 まさかあのいけ好かない気障で嫌味なコソ泥野郎にまんまと心を奪われて、こんな友情以上の感情を持つ日が来るなんて。 あの日の俺に知らせてやれるなら、そいつにそれ以上近付くなと忠告してやりたい。 不意にかき氷をプラスチックのスプーンで口に運んでいた黒羽の手の動きが止まる。 「でもさ、工藤と出会えてよかった」 「……」 「工藤といると毎日が楽しい。幸せ!」 それもこっちの台詞だっつの。 黒羽といると楽しくて日々があっという間に過ぎていく。 俺も、幸せだ こいつと友人になれて 胸が柔らかく締め付けられる。 口元に弧を描く。 うまく笑えているだろうか。 黒羽は眉を寄せ、何故か俺の顔を凝視したまま動かなかった。 「…かき氷溶けるぞ」 「くどう」 「何だよ?」 「一年前の今日さ、花火の後にお前んち行ったじゃん?あの時泣いてた理由、教えてよ」 内面を見透かすかのようにじっと見つめてくる瞳。 予期せぬ質問に動揺する心を悟られないよう必死に平静を装う。 「…泣いてねぇ」 「泣いてた」 「だから、ちげぇって。もしそう見えたとしたらお前の勘違いじゃね…」 「泣いてた。…今も」 「は……?」 「泣いてる」 ハッとして目元を触る。 しかし濡れた感触はなかった。 「てめぇ…騙したな。泣いてなんか、」 「笑ってるのに泣いてる」 涙なんて流れてないのに、黒羽の手が俺の顔に触れ、頬や目元を拭う。 その慰めるような優しい手付きに目頭が熱くなった。 なんだよふざけんな ずっと我慢してきたのに ギリギリの状態でなんとか繋ぎ止めていた心の糸がぷつりと切れる音がした。 「うるせぇ…。あの時泣いてたのは…っーー好きだったからだよ、お前のことが」 そしてついに長年の想いを打ち上げた。 「好きだったんだ…お前が。口にしたら友人という関係が壊れてしまうから言えなかった。お前が隣にいるならそれでよかった。なのにあの日、駅で手を繋いで歩くお前と彼女の姿を見掛けて頭が真っ白になって…隣にいたはずのお前が遠くへ行ってしまうような気がして、悔しくて悲しくて…」 黒羽は静かに俺の話に耳を傾けていた。 「聞かない方がよかっただろ…こんな答え…」 返ってくる反応が怖くて俯いた。 「ううん。聞けてよかった。あの日からずっと気になってたから」 なのに俺の予想を裏切り、穏やかな声が鼓膜に響いた。 ハッと俯いていた顔を上げると真っ直ぐにこちらを見つめる優しい眼差しとかち合った。 口にしたら最後、この関係は壊れると思っていたのに。 こいつは一体どこまで慈悲深い人間なのだろう。 同性の友人から想われていた事実を知っても尚変わらぬ態度で接してくれる。 偏見を持ったり、差別をしたりしない奴。 好きになったのが黒羽でよかった 心からそう思った。 「つーか過去形なんだ?もう俺のことは好きじゃなくなった?」 「ーーー」 不意にそう問いかけられ言葉に詰まる。 過去形にできる想いならどんなに楽だっただろう。 それはまだお前が怪盗で俺が小さな探偵だった時から、現在進行形で続いてる想い。 嫌味なコソ泥の優しさに触れる毎に、小さかった胸の炎はだんだん大きくなっていき、素顔を知った今では赤から青へ温度を上げてゆらゆらと燃えている。 答えることができずにいると、ゆっくりと黒羽の顔が近付いてきた。 唇に触れる、柔らかでひやりとした感触。 口に広がる、レモンの味 「…てめぇ、今、何をーー」 「工藤にキスした」 「ーーっ!!」 「キスした瞬間気付いた。俺、お前のこと好きみてぇ」 「は…?」 「だからさ、やっと気付いたんだ。なんで一年前、彼女とキスした時お前が浮かんだのか…なんであの日泣いたように見えたお前のことがずっと気になってたのか…なんでさっきお前の口から好きだという言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなったのか…。その理由に、やっと…」 「……!」 こいつが、俺のことを、好き…? 信じられない言葉に絶句していると、こちらを窺い見るように黒羽が尋ねてきた。 「もう手遅れ…かな」 不安げに黒羽の瞳が揺れている。 「手遅れなわけ、ねぇだろ…」 黒羽はへにゃりと眉毛を下げて「よかった」と情けない顔で笑った。 こんな、ありえないことが現実になる日が来るなんて。 頭が追いつかない。 都合の良い夢でも見ているようだった。 「てかさぁキスってこんなにドキドキすんだな」 「…何を今更。黒羽にとってはファーストキスじゃねぇだろ」 「ううん。ほんとに好きな人とは初めて。その証拠にレモンの味がした」 「そりゃかき氷シロップは砂糖とレモン果汁でできてるからな」 「…ほんとお前って夢ねぇな。つーか、黒羽にとっては…ってことは工藤はファーストキスだったとか?」 「……!わ、わりぃかよ」 「すげぇ嬉しい」 「…っ」 黒羽から蕩けるような笑顔を向けられ、直視できなくてぱっと視線を空に移した。 花火大会も終盤に近付き、色とりどりの大小の花火たちが夜空に咲き乱れている。 集中したいのに隣からの視線が痛い。 「おい…オメー俺じゃなくて花火見ろよ」 「見てるぜ?工藤の瞳の中の綺麗な花火」 「…テメーなぁ」 「工藤こそ俺を映してよ。花火ばかりじゃなくて」 「うっせ…。ずっと映してきたっての。3年間もな!」 「…っえ!まじで…?」 「オメーこそやっと俺のこと映してくれたくせに。…おせぇんだよ」 「…工藤。3年分のキスしてもいい?」 「夜が明けるっつーの」 見つめ合い、どちらからともなく顔を寄せる。 黒羽の瞳のど真ん中に俺がいる。 その事実が胸を熱くする。 再び触れた唇に心臓が痛いほどに高鳴った。 ドンッドンッ… 沢山の花火が盛大に打ち上がる音を聴きながら幾度となく唇を交わす。 ドンッ… パラパラパラ…… 最後の花火は見えなかった。 .