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神社の長い長い階段を駆け上がると、街が一望できる。
肩で息を整えながらゆっくりと腰を下ろし、下駄をぬぐと、 ちょうど夕日の沈むのが見えてきた。
透き通った赤い光が、雨上がりの石段をきらきらと輝かせる。
「君は毎日これを眺めてるの?」
「綺麗だね」
背後から、野性の息遣いが聞こえてくる。
足音を消しながらこちらに近づいてくるそれは、 明らかに人のものではない。
「ごめんね。 もう村にはキミにあげられそうなモノはないんだ。」
「もう、僕だけ。 食料もないし、お父様もお母様も姉様も、みんないないから。」
背後から近づくソレの殺気を、 背中にありありとかんじながら どこまでも透き通った光を浴びて、 少年の瞳は凛としたしずけさをたたえていた。
暖かな明るい光が1人と1匹を優しくてらしている。
「僕が キミをここへ呼び出したのにね」
「辛い思い、させてごめんね」
ふいに少年の顔が歪み、 うっすらたたえていた笑みがくしゃくしゃに崩れる。
泣き笑いのようなその顔は、背後の獣からは見ることができない。
「どこか遠くへお行き。」
「お前の望むところへお行き 」
でも。
少年は長い髪を揺らして顔を上げる。
「そこには、必ず僕も連れて行っておくれ」
「僕からの最後の願いだ。聞いてくれるね」
白銀の毛皮を纏う獣は、ぴたりと動きを止めた。
首を揺らし、逡巡しているようにも見える。
「さあ。」
少年の促す声に、ゆっくりと歩み寄った獣は、愛おしげに顔を寄せる。
「遠慮するな。もう何日も食っておらぬのだろう?」
それでも獣の手が動くことはない。
「まったく…仕方のない子だね。」
そう笑うと、
水よ風よ木よ 今大いなる流れとなり遠き日の契約を我が前に示せ 我が身を持って命じる
獣は打ち震えた。 次の瞬間、雷に打たれたように獣は悶え、咆哮を上げた。
野生にもどった獣に一心にその身を喰らわれながら、少年は獣の幸せを願った。
「お前の役目は終わりだ。どこへでもお行き」
「愛していたよ」
その言葉が獣の耳に届いたのかはわからない。
最後の一片の光は木の影に隠れようとしている。
田畑は荒れ果て、 家々は倒壊し埃を被っている。
闇に包まれた村の方を一度だけ振り返った獣は、
すぐにその血に染まった真っ白い体躯を閃かせて闇へと消えた。
彼らの行方は誰にも分からない。