武道館という夢

お前の歌は俺らを置いていく

バンド仲間に言われたその言葉を俺は理解することが出来なかった

小さな会場に響くドラムやギターの音

それに合わせて歌う俺の声は観客を盛り上げ、ライブハウス全体を震わせた

楽しい

最高だ

どんどん気分が高まり、歌う声が張り上がる

まだ小さなバンドだけど、俺は今が

最高に楽しい

さっきまで高まっていた胸が急に冷たくなる

ごもっともだ

彼らの言うことは正しい

分かってる

分かってるよ

武道館なんて絶対無理やし

最近客が増えたと言っても、ごく数人で、今までと何ら変わりはない

その言葉は｢夢を諦めるのはお前のせいだ｣と言われているようで、俺の心の奥底に重たく沈んでいった

俺はバンドを辞めた

あいつらも諦めたんだ

俺もそろそろ現実を見なきゃ

10年も夢を見続けたんだ

そろそろ大人になろう

そう心に言い聞かせ、就職先を決めた俺は1社会人として働き始めた

職場は明るくて、優しい人たちばかりですぐ馴染めた

しかし、心のどこかには必ず「歌」があった

まろが寂しそうに笑う

そんな顔しないでくれ

彼は俺の歌を好いてくれていた

カラオケに一緒に行くたびに、兄貴はほんとに上手いとべた褒めしてくれた

1番そばで応援してくれたファンだった。

そんな彼を裏切るようなことをしてしまった

彼の寂しそうな顔が頭から離れない

ごめんな、まろ

土曜日の朝、リンリンとなるアラームを止め、スマホを見る

そこには知らない人からの通知が来ていた

歌い手グループ？？

youtubeで活動するやつだよな

それに俺が？？

いやでも、俺はもう歌はしないと決めたんだ

もう、現実を見なきゃ行けない

アイツらもそうしてる

短く断りの返信を打ったスマホを閉じ、ため息を着く

リビングでテレビを見ていると、スマホの通知音がなる

指定された場所で座っていると、背の高いイケメンがやってきた

すごく丁寧な話し方をする人だな

きっと大企業に務めているエリートだ

そんな人がどうして歌い手になろうと思ったんだろう

武道館

誰もが夢見る舞台

そして、俺らが目指し諦めた道

次こそは行けるのかな

次こそは夢を叶えられるのかな

俺は

小さくこぼれたその言葉と共に、目から水が溢れる

彼は優しくそう言うと、俺の手を握る

夢を諦めなくていい

俺はその言葉を望んでいたのかもしれない

その言葉を聞き、彼はニヤリと笑う

それからの日々は、俺にとってかけがえのないものへと変わっていった

リスナーがどんどん増え、今最も勢いのあるグループとまで言われた

夏には、パシフィコ横浜に立ち、冬には幕張メッセに立つ

俺はその度に最高に幸せを感じる

これも全て、ないこのおかげ

ないこ、ほんまにありがとう

武道館、絶対立とうな